世界初!命の始まりである受精卵に新たな核構造を発見 動物発生の謎に迫る研究成果

2020-07-01 01:00
今回発見した、受精卵の特殊な核内構造。繊維状の構造が2つの核内にみられる

近畿大学生物理工学部(和歌山県紀の川市)遺伝子工学科准教授の宮本 圭を中心とする、近畿大学とドイツ・フライブルク大学との共同研究グループは、生命の源となる受精卵が動物へと発生するために、通常の細胞核には存在しない特殊な核構造が、アクチンというタンパク質※1 によってつくり出されていることを世界で初めて発見しました。
これは、動物発生の謎に迫る研究成果であり、同時に、核に存在するアクチンタンパク質の、胚発生における役割を初めて証明した重要な発見といえます。
本件に関する論文が、令和2年(2020年)7月1日(水)午前1:00(日本時間)に、米国の学術雑誌「Cell Reports」オンライン版に掲載されました。

【本件のポイント】
●マウス受精卵のDNAを収める核内には、通常の細胞核には存在しない特殊な核構造が、アクチンタンパク質によってつくり出されていることを発見
●アクチンタンパク質がDNAを収める核の形態維持や機能維持を通じて、動物の発生にも関与していることを発見
●本研究で発見した受精卵の特性を利用し、ヒトの不妊治療を含む生殖医療や動物繁殖技術の発展が期待される

【本件の内容】
私たち人間を含めた哺乳動物は、精子と卵子の受精によって新たな命が誕生します。精子と卵子は遺伝情報をDNAに含み、それぞれのDNAは受精後に「前核※2」とよばれる細胞内小器官※3 に収められます。この前核が正しくつくられ、機能することは受精卵の発生に必須であり、動物発生において最初の重要なステップともいえます。しかし、前核内の構造に関する研究は進んでおらず、他の細胞核構造との違いについてはあまり知られていませんでした。
近畿大学生物理工学部准教授の宮本 圭を中心とした、近畿大学とドイツ・フライブルク大学の共同研究グループは、マウス受精卵の前核内にはアクチンタンパク質がつらなった重合化状態で存在し、この重合化アクチンによって、核の形態維持や受精卵DNAに加わった傷の修復などが行われることを発見しました。また、受精卵が分裂を経て次の発生ステージに進むためには、この核内重合化アクチンがバラバラに脱重合する必要があることも同時にわかりました。
本研究は、生命の始まりである受精卵が特殊な核内構造を有し、アクチンタンパク質の働きによって、個体発生にまでつながる胚発生が正常に進行することを示しました。本研究で発見した受精卵の特性を利用し、今後の新たな生殖医療や動物繁殖技術の発展が期待されます。

【論文掲載】
雑誌名:“Cell Reports”(インパクトファクター:7.815/2018-2019, 8.6525/5-Year)
論文名:Zygotic nuclear F-actin safeguards embryonic development
    (受精卵特異的核内重合化アクチンによって胚発生が守られている)
著 者:
Tomomi Okuno
(奥野 智美/近畿大学生物理工学研究科 生物工学専攻 2020年卒),
Wayne Yang Li
(リー・ヤン/近畿大学生物理工学部 博士研究員),
Yu Hatano
(波多野 裕/近畿大学生物理工学研究科 生物工学専攻 博士後期課程2年),
Atsushi Takasu
(鷹巣 篤志/近畿大学生物理工学部 遺伝子工学科 2018年卒),
Yuko Sakamoto
(坂本 裕子/近畿大学生物理工学研究科 生物工学専攻 博士前期課程2年),
Mari Yamamoto
(山本 真理/近畿大学生物理工学研究科 生物工学専攻 博士後期課程1年),
Zenki Ikeda
(池田 善貴/近畿大学生物理工学研究科 生物工学専攻 2020年卒),
Taiki Shindo
(眞銅 大暉/近畿大学生物理工学研究科 生物工学専攻 博士前期課程1年),
Matthias Plessner,
Kohtaro Morita
(守田 昂太郎/近畿大学生物理工学研究科 生物工学専攻 2018年卒),
Kazuya Matsumoto
(松本 和也/近畿大学生物理工学部 教授),
Kazuo Yamagata
(山縣 一夫/近畿大学生物理工学部 准教授),
Robert Grosse
(フライブルク大学 教授),
Kei Miyamoto
(宮本 圭/近畿大学生物理工学部 准教授)

※ 責任著者=宮本 圭 共同筆頭著者=奥野 智美、リー・ヤン

【研究の背景】
ヒトを含めた全ての動物の体は、受精卵という一つの細胞が無数に分裂を繰り返すことによってつくりあげられます。受精卵は体内のどの細胞にも分化※4 できる能力である全能性を有しています。この全能性の理解は、ヒトの不妊治療を含む各種生殖技術の発展にとても重要となります。近年、全能性の解明に向けて、精子、卵子がどのように受精卵の状態へと変化するのか、分子レベルで様々な研究が行われています。特に、受精卵のDNAやクロマチン※5 状態を詳細に解析する研究に注目が集まっています。しかし、DNA・クロマチンを格納する前核の構造自体についての知見は乏しく、その全容解明が望まれています。

【研究の詳細】
近畿大学生物理工学部准教授 宮本 圭らの共同研究グループは、受精卵においてあまり研究が進んでいない「核骨格構造※6」に着目し、核骨格タンパク質であるアクチンタンパク質の挙動を受精卵核内で観察したところ、他の分化した細胞には見られない、特殊な重合化したアクチンの核骨格構造を発見しました(図1)。
同研究グループは以前、アクチンタンパク質が細胞分裂後の培養細胞核において、分裂直後の数時間のみ重合化し、核が正常の大きさにまで膨れ上がる工程を担っていることを報告しました(Baarlink et al., A transient pool of nuclear F-actin at mitotic exit controls chromatin organization. Nat Cell Biol 2017)。受精後の精子ゲノム、卵子ゲノムからつくられる前核は、この核が膨れ上がる過程が長時間継続し、他の分化細胞では見られないほど大きなサイズまで発達します。そこで、アクチンタンパク質の挙動を、生きたマウス受精卵で観察したところ、前核が形成される受精直後から細胞分裂までの10時間以上もの間、アクチンタンパク質が重合化した状態で存在することがわかりました。このアクチンタンパク質の重合化を阻害したところ、前核サイズの減少が観察されました。さらに、核アクチン重合化を阻害した受精卵は、産子までの発生率が低下したことから、受精卵特異的に形成される重合化核アクチンの核骨格構造が発生に重要であることがわかりました。
さらに、受精卵特異的重合化核アクチンの機能を探るため、遺伝子発現※7 に及ぼす影響を調べたところ、核アクチン重合化を阻害した胚ではDNA損傷に関わる遺伝子の発現に異常がみられました。そこで、受精卵におけるDNA損傷の度合いを調査した結果、核内アクチン重合化を阻害した受精卵ではDNA損傷の増加が確認されました。さらに、DNA損傷に応答して胚発生を一旦停止させるチェックポイント機構※8 が働き、受精卵の発生遅延もみられました。このように、重合化核アクチンは、受精卵におけるDNA損傷の修復を促すことによって、発生遅延することなく正常に胚が発生するために機能していることがわかりました。
最後に、受精卵の重合化核アクチンの消失時期についても検討したところ、受精卵が分裂期に入る直前に、核アクチンが急激に脱重合することがわかりました。この脱重合を阻害したところ、胚の遺伝子発現に異常が見られ、胚発生が停止することから、核アクチンが適切な発生時期に脱重合することもまた、重要であることがわかりました。
以上の研究成果は、受精卵における新たな核内構造を明らかにするものです。さらに、核内に存在するアクチンタンパク質が動物の胚発生に重要であることを初めて示したものです。受精卵特異的重合化核アクチンの役割は(図2)にまとめています。

【今後の展望】
本研究により、受精卵の前核内には、アクチンタンパク質によって構成させる特殊な核骨格構造が存在することがわかりました。そして、この受精卵特異的な核骨格構造は、受精卵が産子へと正常に発生するために必要なものであることも明らかにしました。即ち、核骨格構造を調べることにより、受精卵が後に産子へと発生する能力を調べることが可能となるかもしれません。このように、本研究は基礎生物学における新発見であるとともに、新たな生殖医療技術や動物繁殖技術の開発に関わる可能性があるものです。

【用語解説】
※1 アクチンタンパク質……単体は球状タンパク質(Gアクチン,G actin)であるが、重合して直鎖繊維(Fアクチン,F actin)を形成する。細胞骨格の主要な構成成分であるが、近年の研究により、核内にもアクチンタンパク質が存在し、様々な核内現象に関与していることがわかってきた。

※2 前核……受精卵の核。精子由来の雄性前核と卵子由来の雌性前核が存在する。

※3 細胞内小器官……細胞の内部を構成する構造体の総称。

※4 分化……発生の過程で、細胞が特殊化していくこと。胚発生の過程で分化が進み、体の様々な細胞がつくられる。

※5 クロマチン……DNAとヒストンなどのタンパク質複合体のこと。

※6 核骨格構造……細胞全体には、その形状を保つために細胞骨格というものが存在し、核にも同様に核の構造を維持するために重要なラミンやアクチンなどの骨格タンパク質が存在すると考えられている。その核内部の骨格構造のこと。

※7 遺伝子発現……細胞内で遺伝子のスイッチが入りRNAやタンパク質が合成される過程のこと。

※8 チェックポイント機構……細胞が正しく細胞周期を進行するかはチェックポイントで監視されている。受精卵においても、DNA損傷が増加するとチェックポイントが働き、細胞周期の停止が誘導される。

【関連リンク】
生物理工学部 遺伝子工学科 教授 松本 和也(マツモト カズヤ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/488-matsumoto-kazuya.html
生物理工学部 遺伝子工学科 准教授 山縣 一夫(ヤマガタ カズオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1365-yamagata-kazuo.html
生物理工学部 遺伝子工学科 准教授 宮本 圭(ミヤモト ケイ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1353-miyamoto-kei.html

関連URL:https://www.kindai.ac.jp/bost/

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