糖鎖解析において、世界最高レベルの高処理能力を実現 抗がん剤などのバイオ医薬品の開発を加速させる技術として期待

2021-06-04 15:00
開発した糖鎖解析システムの概要を示した図

近畿大学薬学部(大阪府東大阪市)創薬科学科 薬品分析学研究室教授の鈴木 茂生、准教授の木下 充弘らの研究グループは、タンパク質の機能制御にかかわる「糖鎖」※1 を、これまでにない速さで、しかも4試料を同時に解析する方法を開発しました。これまでは1試料の解析に1時間かかっていましたが、この技術によって96試料を3時間で解析することに成功し、世界最高レベルの高処理能力を実現しました。
糖鎖は、抗がん剤や抗リウマチ薬などのバイオ医薬品※2 (抗体医薬品)を製造する際の品質管理の指標となっており、糖鎖解析の速度と処理能力が飛躍的に向上することで、新たな医薬品開発を加速させ、製造時の品質安定にもつながると期待されます。また、本研究成果は、多検体解析を必要とするバイオマーカー※3 探索のための基盤技術としても有効であると考えられます。
本件に関する論文が、令和3年(2021年)6月3日(木)に、ドイツ・シュプリンガー社発行の学術誌"Analytcatical and Bioanalytical Chemistry"に掲載されました。

【本件のポイント】
●マイクロチップ電気泳動装置※4 を用い、96試料を3時間で完了する糖鎖解析法を開発
●糖鎖を指標とするバイオ医薬品製造工程の評価に利用でき、新たな医薬品開発を加速させる技術として期待
●多検体解析が求められるバイオマーカー探索においても有効な技術

【本件の背景】
細胞内でつくられるタンパク質の多くは、グルコースやグルコサミンなどの単糖類がいくつも結合した「糖鎖」で修飾を受けており、結合する糖鎖の種類によってタンパク質の機能が制御されています。特に、抗がん剤や抗リウマチ薬などのバイオ医薬品(抗体医薬品)の糖鎖は、抗体医薬品の活性や体内動態と密接にかかわるため、重要品質特性※5 の一つとして様々な分析法を組み合わせて解析が行われてきました。
近年、医薬品の製造においても、「クオリティ・バイ・デザイン(QbD)」※6 、つまり製造工程を絶えずモニタリングして製造プロセスの最適化を図りながら品質をデザインする、という考え方が重要になっています。製造している医薬品の品質を糖鎖解析によってその場で分析し、結果を即時に製造ラインにフィードバックすることが求められているのです。
しかし、それを可能にするようなスピード感のある糖鎖解析法はこれまでになく、さらに既存の方法では1回に1つの試料しか分析できないため、単位時間あたりの処理能力にも限界がありました。

【本件の内容】
近畿大学薬学部創薬科学科 薬品分析学研究室の研究グループは、藤田医科大の中嶋 和紀准教授らとともに、糖鎖解析の速度と処理能力の向上を実現するための方法を研究しました。
遺伝子解析に用いられる全自動型マイクロチップ電気泳動装置を改良し、糖鎖分離用の緩衝液の種類と電気泳動時の電圧プログラム等を最適化することで、これまでにない速度で、しかも4試料を同時に解析する方法を開発しました。この方法を用いれば、96試料の解析を3時間で完了することができます。
本研究成果は、糖鎖を指標とするバイオ医薬品の製造工程における品質評価に利用でき、抗体医薬品の開発を加速化させる技術として期待されます。また、この分析速度と処理能力は、多検体解析を必要とするバイオマーカー探索のための基盤技術としても威力を発揮することは間違いなく、有効かつ精度の高い診断法が存在しない疾患を早期発見するための技術としての応用展開にも期待が持たれます。

【論文掲載】
雑誌名 :
"Analytical and Bioanalytical Chemistry"
(インパクトファクター:3.637)
論文名 :
High-throughput N-glycan screening method for therapeutic antibodies using a microchip-based DNA analyzer:a promising methodology for monitoring monoclonal antibody N-glycosylation
(マイクロチップDNAアナライザーを用いた抗体医薬品の高スループットN-結合型糖鎖スクリーニング法:モノクローナル抗体のN-結合型糖鎖修飾モニタリングための有望な分析法)
著者名 :木下 充弘(近畿大学薬学部創薬科学科准教授)、
     山本 佐知雄(同講師)、
     鈴木 茂生(同教授)、
     中嶋 和紀(藤田医科大学研究支援推進本部准教授)
責任著者:木下 充弘
※ 本論文は、同誌に今回掲載される論文のなかでも特に優れたものとして、エディターが選ぶ"Paper in Forefront"に選出されました。

【研究の詳細】
本研究では、DNAの高速/高スループット※7 解析に用いられてきた全自動型マイクロチップ電気泳動装置を改良して用い、糖タンパク質糖鎖の高スループット解析を実現するための技術の確立をめざしました。糖鎖分離用の緩衝液の種類と、電気泳動時の電圧プログラム等を最適化することで、バイオ医薬品中の代表的な糖鎖の完全分離と異性体糖鎖の識別を、わずか100秒で実現できる分析条件を確立することに成功しました。
本技術の優れた点は、1分析あたりのスピードアップだけでなく、4つの分離場(マイクロチップ)を併行して用いることで単位時間あたりの処理能力を向上させることにあり、これにより96試料の解析を3時間で完了できるようになります。

【今後の展開】
本研究で開発した分析法に用いるマイクロチップ電気泳動装置は、他の糖鎖解析システムに比べ安価で導入し易いうえ、電気泳動用の緩衝液と分析試料を装置にセットするだけで、短時間かつ全自動で多量の糖鎖試料の解析が可能であるなど、従来の糖鎖解析システムを上回る利点が多くあります。
近畿大学薬学部創薬科学科 薬品分析学研究室は、分析計測機器メーカーである株式会社島津製作所(京都府京都市)、糖鎖試料の供給メーカーである株式会社アクロスケール(宮城県仙台市)との間で共同研究契約「マイクロチップ電気泳動装置による糖鎖分析システムの開発」を締結し、装置、解析プログラムおよび試薬キットを含めた糖鎖解析システムの上市をめざしています。

【用語解説】
※1 糖鎖:グルコースやグルコサミンなどの単糖類がいくつも繋がった生体分子の1種。糖鎖はタンパク質や脂質などと結合することで、多彩な機能を発揮することが知られている。

※2 バイオ医薬品:培養細胞などの生物を用いて製造される医薬品であり、その大部分は高分子量のタンパク質であり糖鎖による修飾を受けている。バイオ医薬品の主流である抗体医薬品は、創薬標的となる抗原分子が特定されていくことで、その可能性が拡大していくことが期待されている。

※3 バイオマーカー:ある疾患の有無や、生活習慣病のリスクなどを予測するための生理学的指標。現在、検診等において用いられているバイオマーカー検査の多くは、糖鎖の異常を検出している。

※4 マイクロチップ電気泳動装置:数センチ角の石英製チップ上に形成させた50~100μmの流路にゲルを含む緩衝液を充填し試料を導入した後、高電圧を印加し試料成分を分子サイズに基づき分離する装置。

※5 重要品質特性(CQAs):求められる製品品質を保証するために、適切な限度内、範囲内、分布内であるべき物理学的、化学的、生物学的特性又は性質を指す。

※6 クオリティ・バイ・デザイン(QbD):医薬品等の製造の各工程において、重要品質特性(CQAs)をモニタリングし、工程の最適化や微調整を行いながら製造する手法。従来の製造法に比べ、高い品質保証と柔軟性のある製造管理が可能となる。

※7 スループット:一般に、単位時間当たりの作業処理能を指す。特に、分析作業を伴う解析において、1分析あたりに要する時間が短くかつ1回の分析作業で、多くの試料を並列して処理できる場合、スループット性が高い、などという。

【関連リンク】
薬学部 創薬科学科 教授 鈴木 茂生(スズキ シゲオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/392-suzuki-shigeo.html
薬学部 創薬科学科 准教授 木下 充弘(キノシタ ミツヒロ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/810-kinoshita-mitsuhiro.html
薬学部 創薬科学科 講師 山本 佐知雄(ヤマモト サチオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/428-yamamoto-sachio.html

薬学部
https://www.kindai.ac.jp/pharmacy/

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