キャベツの開花が強力に抑制されるメカニズムを解明 −45年前に発見された、花が咲かないキャベツの解析を通して−

(図1) 秋に定植した非開花性キャベツ変異体‘不抽苔’と商業キャベツ品種の5月における様子 (Kinoshita et al. 2019より)。(左) (図2) 本研究で明らかにされた、非開花性キャベツ変異体‘不抽苔’における開花制御メカニズムの概略図。(右)
(図1) 秋に定植した非開花性キャベツ変異体‘不抽苔’と商業キャベツ品種の5月における様子 (Kinoshita et al. 2019より)。(左) (図2) 本研究で明らかにされた、非開花性キャベツ変異体‘不抽苔’における開花制御メカニズムの概略図。(右)

【概要】
キャベツ‘不抽苔(ふちゅうだい)’(英語ではnon-flowering cabbageの略で‘nfc’)は、1978年に発見された非開花性の自然突然変異体です。‘不抽苔’は通常のキャベツが開花する条件下でほとんど開花せず、45年間にわたって栄養繁殖で維持されてきました。‘不抽苔’では開花が強力に抑制されていると推察される一方で、その分子メカニズムはこれまで長らく不明でした。
京都大学大学院農学研究科 木下 有羽 博士課程学生、元木 航 同助教、近畿大学農学部農業生産科学科 細川 宗孝 教授の研究グループは、接ぎ木開花誘導法を利用した交雑集団の育成、QTL-seq解析※1、RNA-seq解析※2 を組み合わせ、タンデム重複※3 した2つのBoFLC1遺伝子(花成抑制遺伝子FLOWERING LOCUS C[FLC]のホモログ)の恒常的な高発現が、‘不抽苔’の非開花性に関与していることを明らかにしました。
キャベツをはじめとするアブラナ科葉菜類は、花芽をつけると商品価値が著しく低下することから、花芽分化しにくい晩抽性品種の育成が求められています。本研究成果は、キャベツの端境期を埋めるような新品種の開発に応用可能です。
本研究成果は、2023年3月10日に、国際学術誌「Theoretical and Applied Genetics」にオンライン掲載されました。

【背景】
キャベツ(Brassica oleracea)は世界中で広く生産されているアブラナ科の野菜です。アブラナ科植物の多くは、長期間の低温にさらされると花芽分化が促進されます。このプロセスは春化(vernalization)と呼ばれます。根や葉などの栄養成長器官を収穫するアブラナ科野菜では、花芽分化とそれに伴う茎の伸長(抽苔)が起こると、商品価値が大きく損なわれます。そのため、花芽分化しにくい晩抽性品種の育成が求められています。一方で、晩抽性形質は交雑育種や種子生産の効率とはトレードオフの関係にあるため、晩抽性に関する育種材料や知見は限られています。
キャベツ‘不抽苔’は、1978年に京都大学名誉教授 矢澤 進 博士によって発見された、非開花性の自然突然変異体です(図1:Kinoshita et al. 2019)。‘不抽苔’は通常のキャベツが開花する条件下でほとんど開花せず、種子を取ることができないため、これまで45年間にわたって挿し木で維持されてきました。‘不抽苔’では開花が強力に抑制されていると推察される一方で、その分子メカニズムはこれまで長らく不明でした。種子繁殖性の植物では、ある特定の形質を担う遺伝子を特定するために、交雑分離集団を用いたQTLマッピング法がよく用いられます。しかし、‘不抽苔’はほとんど開花しないため、これまでこの方法を用いることは困難でした。

【研究手法・成果】
本研究では、ダイコンのFT高発現系統にキャベツを接ぎ木することで、キャベツを春化なしで強制的に開花させる方法に着目しました(Motoki et al. 2019, 2022, 2023)。接ぎ木開花誘導法を‘不抽苔’に適用して開花させ、3種類のF2集団を作成することに成功しました。開花調査の結果、いずれのF2集団でも開花日が連続的に幅広く分離したため、それぞれQTL-seq解析を行ったところ、2つのF2集団において第9染色体の50Mb付近に有意なQTLが検出されました。続いてQTL解析を行い、QTL領域をリファレンスゲノムの第9染色体50.2–51.5 Mbの約1.3 Mbに絞り込みました。このQTL領域には241遺伝子が座乗しており、モデル植物シロイヌナズナの開花時期関連遺伝子のホモログが4つ存在しました。さらに、野生型‘T15’と‘不抽苔’においてRNA-seq解析を行ったところ、これら4遺伝子のうち2遺伝子が葉および茎頂の両方で有意に発現変動(‘不抽苔’で高発現)していました。したがって、これら2遺伝子を非開花性の原因候補遺伝子として特定しました。
2遺伝子はともに春化経路を統御する花成抑制遺伝子として知られるFLOWERING LOCUS C(FLC)のホモログであるBoFLC1であり、リファレンスゲノムでは17.5kb離れてタンデムに並んでいたことから、それぞれBoFLC1a,BoFLC1bと命名しました。詳細な発現解析を行ったところ、通常のキャベツ品種ではBoFLC1a,BoFLC1bの発現量が10月から1月にかけて徐々に低下し、FLCに抑制される花成促進遺伝子FTのホモログが4月(開花期)に発現上昇していました。その一方で、‘不抽苔’ではBoFLC1a,BoFLC1bの発現量が恒常的に高発現しており、FTホモログの発現が上昇しなかったことから、このことが‘不抽苔’の非開花性を引き起こしていると考えられました(図2)。

【波及効果、今後の予定】
Brassica oleraceaは4つのFLCホモログ(BoFLC1/2/3/5)を持っていますが、これまでBoFLC2が開花制御において主要な役割を果たすと考えられており、BoFLC1およびそのタンデム重複はほとんど着目されてきませんでした。本研究の成果は、タンデム重複した2つのBoFLC1遺伝子が共にキャベツの開花制御に重要な役割を担っていることを示唆しています。本研究で得られた知見は、キャベツが花芽をつけやすい春先にも安定生産が可能な新品種の開発に応用可能です。今後は、開花の抑制と促進を自在に制御できる品種・技術の開発に向けて、まずは‘不抽苔’においてBoFLC1a,BoFLC1bが共に高発現するメカニズムを解明したいと考えています。

【研究プロジェクトについて】
本研究は、日本学術振興会 特別研究員奨励費 20J23812(木下 有羽)の支援を受けて実施しました。

【用語解説】
※1 QTL-seq解析:交雑分離集団において目的の量的形質について最も高い値を示すグループと最も低い値を示すグループから各々DNAを抽出しバルク化して次世代シーケンスを行い、アレル頻度の歪みをもとに目的形質を制御するQTL領域を特定する方法。
※2 RNA-seq解析:全転写産物の塩基配列を次世代シークエンサーにより決定する方法。
※3 タンデム重複:相同性の高い遺伝子が同じ向きに重複して並んでいること。

【研究者のコメント】
本研究で解析した花の咲かないキャベツ‘不抽苔’は、45年前に京都大学名誉教授 矢澤進 博士によって発見され、以来挿し木によって維持されてきた独自の植物材料です。これまで謎に包まれてきた‘不抽苔’の強力な開花抑制メカニズムを、今回初めて明らかにできたことを非常に嬉しく思っています。(木下 有羽)

【論文タイトルと著者】
タイトル:
Upregulation of tandem duplicated BoFLC1 genes is associated with the non-flowering trait in Brassica oleracea var. capitata
(タンデム重複したBoFLC1遺伝子の恒常的な高発現がキャベツの非開花形質に関与する)
著者  :Yu Kinoshita, Ko Motoki, Munetaka Hosokawa
掲載誌 :Theoretical and Applied Genetics
DOI  :https://doi.org/10.1007/s00122-023-04311-3

【関連リンク】
農学部 農業生産科学科 教授 細川 宗孝(ホソカワ ムネタカ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2167-hosokawa-munetaka.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/


AIが記事を作成しています