教育DXを“導入して終わり”にしないために EdTech設計原理レポジトリ「EDPR」β版の開発を開始
DBRからDBIRへ――成功事例や製品情報ではなく、 文脈・根拠・限界・移植条件を含む「設計原理」として教育DXの実装知を蓄積
笹埜健斗(岡山大学特定教授)は、教育DXを「導入して終わる改革」ではなく、現場で改善され、他地域にも移植可能な実装知へと発展させるため、EdTech設計原理プラットフォーム「EDPR(EdTech Design Principles Registry)」β版の開発に着手しました。

EDPRは、EdTech製品や成功事例を並べるためのデータベースではなく、教育委員会・学校・大学・研究者・企業・地域団体が得た実装知を、「文脈」「設計原理」「根拠」「限界」「移植条件」とともに蓄積・共有することを目指す、公共性を重視したEdTechプラットフォームです。

教育DXでは、良い授業案、良いツール、良い実践事例が生まれても、それだけでは十分ではありません。実際の学校現場では、校内体制、教師研修、管理職の意思決定、教育委員会の方針、契約・データ可搬性、導入後の運用、地域差への適応など、複数の条件が絡み合います。
そのため、教育DXの知見は「何を使ったか」「何がうまくいったか」だけでなく、「どの文脈で、どの条件がそろったから機能したのか」「どの条件では機能しにくいのか」「他校・他地域へ移すには何を変更すべきか」まで整理される必要があります。
この問題意識は、教育研究におけるDBR(Design-Based Research)からDBIR(Design-Based Implementation Research)への展開とも対応します。DBRは、学習環境や教材、授業デザインを現場で設計・改善しながら、実践と理論を往復する研究アプローチとして発展してきました。DBRは、教育実践の中で「どのように、いつ、なぜ教育的イノベーションが機能するのか」を理解するための方法として位置づけられています(Design-Based Research Collective, 2003)。
一方で、教育DXの課題は、授業や教材の設計だけでは完結しません。実際には、誰が意思決定するのか、どのように教師を支援するのか、導入後90日をどう回すのか、データや契約をどう扱うのか、成果をどう他校・他地域へ広げるのかが問われます。DBIRは、こうした実装上の課題を含め、複数の関係者から見た持続的な実践課題、反復的・協働的な設計、学習と実装の双方に関する知識生成、そして教育システムの変化を持続させる能力形成を重視するアプローチです(Penuel, Fishman, Cheng, & Sabelli, 2011; Fishman, Penuel, Allen, Cheng, & Sabelli, 2013)。
EDPRは、このDBIR的な知見生成を教育DXの実務に接続するためのプラットフォームを目指します。成功事例をそのまま紹介するのではなく、そこから再利用可能な設計原理を抽出し、他の学校・自治体・地域でも参照できる形へ変換します。つまり、EDPRが目指すのは、教育DXを「導入事例の競争」から「設計原理の共有」へ転換することです。
本構想では、N-E.X.T.ハイスクール構想をEDPRの重要な初期ユースケースの一つとして位置づけています。ただし、EDPRが扱う課題は高校改革に限定されません。生成AIの授業活用、校務DX、教師支援、教育データ活用、多様な学習ニーズへの対応、地域連携、外部人材活用、導入後90日運用、データ可搬性や継続運用など、教育DX全般に共通する実装課題を対象とします。
EDPRに登録するのは、製品名ではなく設計原理です。たとえば、「生成AIツールを導入したら英作文が改善した」という事例そのものではなく、「英作文支援では、AIの生成文をそのまま提出させるのではなく、学習者の表現意図、AIからのフィードバック、辞書・文法書による確認を往復させることで、表現の自己決定と修正過程を可視化する」といった、他校でも参照可能な原理として整理します。
笹埜健斗がこれまで整理してきたPICRAT-AI、AI-CE、FRATC 2.0、踊り場、90日パイロット運用パックなどの枠組みは、EDPRにおける初期登録候補の設計基盤となります。特にPICRAT-AIは、テクノロジー統合を学習者の関わりと教師実践への影響から捉えるPICRATモデル(Kimmons, Graham, & West, 2020)をもとに、笹埜健斗がAI時代の授業・課題設計に向けて拡張・整理している枠組みです。AI活用を「使ったかどうか」ではなく、学習者の関わり、教師実践への影響、AIとの関わり方から診断するモデルとして、AI活用・授業設計領域の初期カテゴリに接続されます。
今回の募集では、専用フォームを通じて、教育委員会、学校、大学、研究者、企業、NPO、地域団体、メディア等から、EDPR β版に向けた初期登録候補、設計原理案、実装知、失敗事例、運用上の注意点、登録様式への意見を広く受け付ける予定です。EDPRは、特定ベンダーの宣伝や製品ランキングではなく、教育DXをよりよく実装するための公共的な設計知を蓄積する場として開発を進めます。
EDPRとは
EDPR(EdTech Design Principles Registry)は、教育実践・教育DX・EdTech実装に関する知見を、「文脈」「設計原理」「根拠」「限界」「移植条件」の5要素で蓄積・共有することを目指すEdTech設計原理プラットフォームです。
EDPRは、次の3つを目的とします。
(1)一校の工夫を、再利用可能な設計原理へ変えること
(2)ベンダー依存や担当者依存ではない実装知を残すこと
(3)教育委員会・学校・研究者・企業・地域団体の共通言語をつくること


EDPR β版の初期カテゴリ
(1)AI活用・授業設計
生成AIやAI教材を、学習目標に沿ってどう使うか。AIを使う場面だけでなく、使わない方がよい場面も含めて整理します。
(2)教師支援・校内研修
ツール操作研修ではなく、授業設計力、見取り、校内対話、継続的な改善を支える仕組みを扱います。
(3)校務DX・学校運営
会議、文書、情報共有、校務支援、働き方改革など、教職員の負担軽減と教育の質向上を両立する設計を扱います。
(4)教育データ活用・学習者理解
学習ログ、校務データ、アンケート、ポートフォリオ等を、学習者理解と教師の見取りにどうつなげるかを扱います。
(5)多様な学習ニーズ・包摂
不登校、遠隔地、小規模校、特別支援、多様な進路・関心に応じた教育DXの設計を扱います。
(6)地域連携・外部協働
自治体、大学、企業、NPO、地域人材を、学びの質と持続可能性につなげる設計を扱います。
(7)調達・継続運用・ガバナンス
ベンダーロックイン、データ可搬性、契約終了時の継続性、情報セキュリティ、AI倫理、説明責任を扱います。

EDPRに登録する「設計原理」の基本様式
EDPRでは、登録候補を次の形式で整理します。
(1)原理名
例:AI活用は「初発の思考」を奪わない形で設計する
(2)対象領域
AI活用・授業設計、校務DX、教師支援、教育データ活用など
(3)文脈
どの学校種、教科、学年、地域、導入段階、制約条件で生まれた知見か
(4)解決したい課題
どのような困りごと、失敗、持続的課題に対応するか
(5)設計原理
他校・他地域でも参照できる形に抽象化した設計上の考え方
(6)根拠・実践知
実践記録、観察、レビュー、データ、関係者コメント、論文・記事・書籍・政策資料など
(7)限界・注意点
どの場面では機能しにくいか、何に注意すべきか
(8)移植条件
他校・他自治体で使う場合に必要な条件や変更点
(9)関連ツール・資料
ルーブリック、チェックシート、研修資料、運用テンプレートなど
今回募集するもの
・EDPR β版の初期登録候補
・教育DXの設計原理案
・AI活用やEdTech導入の成功事例・失敗事例
・導入後90日の運用知
・校内研修・教師支援の実践知
・論文・記事・書籍・政策資料など、設計原理を支える参考情報
・データ可搬性、継続運用、安全性に関する注意点
・EDPRのカテゴリ設計や登録様式への意見
・共同開発・研究実装パートナー
登録候補の提案方法
EDPR β版に向けた設計原理候補は、専用フォームにて受け付ける予定です。
提案時には、以下の5点を中心に記入していただきます。
(1)どのような文脈で生まれた知見か
(2)どのような課題に対応する設計原理か
(3)どのような実践・観察・文献・データが根拠となるか
(4)どのような限界や注意点があるか
(5)他校・他地域へ移す場合に、どのような条件が必要か
論文・記事・書籍・政策資料等がある場合は、原則として書誌情報、URL、DOI、要約、設計原理との関係を共有していただく形を想定しています。著作権上問題のあるPDF全文や書籍本文の提出は求めません。
今後の予定
・2026年夏:EDPR準備会を開催、登録様式・公開範囲・カテゴリ設計を検討
・2026年秋:EDPR β版の初期登録原理を公開予定
・2026年度内:教育DX全般に関する設計原理を継続的に登録・更新することを目指す
笹埜健斗コメント
「教育DXで本当に必要なのは、ツールや成功事例を並べることではなく、なぜそれが機能したのかを、他の学校や地域でも使える設計原理に変えることです。教育研究も、授業や教材の設計を中心としたDBRから、実装の条件、関係者の役割、持続可能性まで含むDBIRへと射程を広げてきました。EDPRは、この流れを教育DXの実務に接続するためのプラットフォームを目指します。N-E.X.T.ハイスクール構想を含むさまざまな教育DXの実装知を、公共的な設計原理として蓄積し、次の学校や地域の出発点に変えていきたいと考えています。」
参考文献
・Design-Based Research Collective. (2003). Design-based research: An emerging paradigm for educational inquiry. Educational Researcher, 32(1), 5-8. doi:10.3102/0013189X032001005
・Penuel, W. R., Fishman, B. J., Cheng, B. H., & Sabelli, N. (2011). Organizing research and development at the intersection of learning, implementation, and design. Educational Researcher, 40(7), 331-337. doi:10.3102/0013189X11421826
・Fishman, B. J., Penuel, W. R., Allen, A.-R., Cheng, B. H., & Sabelli, N. (2013). Design-Based Implementation Research: An emerging model for transforming the relationship of research and practice. National Society for the Study of Education Yearbook, 112(2), 136-156.
・Kimmons, R., Graham, C. R., & West, R. E. (2020). The PICRAT model for technology integration in teacher preparation. Contemporary Issues in Technology and Teacher Education, 20(1).
プロフィール
笹埜健斗(ささの・けんと)
岡山大学特定教授。慶應義塾大学SFC研究所上席所員、一般社団法人日本教育DX推進協会理事長。専門はAIによる個別最適かつ協働的な学習体験デザイン。教育DX、探究学習、学習設計に関する研究と社会実装を進めている。フジテレビ『ホンマでっか!?TV』などメディア出演・情報発信も行う。
注記
※EDPRは、特定の製品・サービスを推奨・格付けするものではありません。
※登録候補の提案をもって、EDPRへの掲載・採択・公開を保証するものではありません。
問い合わせ先
笹埜健斗研究室(Kento Sasano Lab.)
公開ページ : https://sasano.org/
取材申し込み: https://sasano.org/#contact/
EDPR β版登録候補フォーム: https://forms.gle/dgjw9Ab2RPjc4Z2u8/