【住まいを選び直す自由】ー住宅流動性と人生設計の経済学ー (第9回:エピローグ:事業と研究が融合した日)|PropTech-Lab

2026-10-23 11:00
株式会社property technologies

清水 千弘・PropTech-Lab 所長
一橋大学大学院ソーシャルデータサイエンス研究科教授、社会科学高等研究院都市空間不動産解析研究センター・センター長。1994年 東京工業大学大学院理工学研究科博士課程中退。東京大学博士(環境学)。財団法人日本不動産研究所研究員、リクルート住宅総合研究所主任研究員、麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て、現職に至る。

ある出会いから始まった

私が濱中雄大氏と出会ったのは、株式会社property technologiesが上場を果たすよりも前のことであった。当時の私は、不動産経済学の研究者として住宅市場の流動性、価格形成、データ整備の問題に取り組んでいた。研究室で論文を書き、国際学会で議論し、政府委員会で発言する、そういう日々の中で、私は時折、自分の研究が「社会の中で実際に何を変えているのか」という問いに突き当たっていた。論文は書ける。理論は構築できる。しかし、それが日本の住宅市場の構造を実際に動かす力になっているのか。研究者としての密かな焦りが、私の中にずっと蓄積していた。

濱中氏との最初の対話は、その焦りの底に光を差し込むようなものであった。彼が語ったのは、住宅取引の現場で日々目にしている消費者の困難であり、それを技術と事業によって解きほぐそうとする具体的な構想であり、そして何よりも、「住み替えへの一歩をサポートし、人生の可能性を解き放つ」というシンプルで強靭なビジョンであった。 研究者である私が学術的な厳密さで診断してきた問題を、彼は経営者として、まったく別の言葉で、しかし驚くほど同じ精度で言い当てていた。

UNLOCK YOUR POSSIBILITIES.  この理念に惹かれた

私が濱中氏に強く惹かれた第一の理由は、「UNLOCK YOUR POSSIBILITIES.」という理念の力であった。

不動産業界には、立派なミッションを掲げる企業は多い。しかし、企業の理念が日々の事業判断、商品設計、人材育成、顧客対応の隅々にまで浸透しているかどうかは別の問題である。多くの場合、理念はホームページに飾られた美しい言葉にとどまり、現場では別の論理で意思決定が積み重なっていく。

濱中氏の率いる株式会社property technologiesは違っていた。「人生の可能性を解き放つ」という理念が、買取査定の精度向上、リノベーションの品質、顧客とのコミュニケーション、グループ企業の連携、そして経営判断のすべての階層に貫かれていた。理念が紙の上にあるのではなく、組織の血となり肉となって動いていた。それは経営者が日々、その言葉に責任を持って向き合い続けていなければ実現しないことである。

第二に惹かれたのは、長年の実務経験に裏打ちされた具体性であった。住宅市場の問題を「制度的に動かないから難しい」と諦めるのではなく、「ここをこう動かせば、消費者はこう変わる」という細部の判断ができる。不動産取引の一つひとつの工程に潜むコストとリスクを、彼は経験から肌身で知っていた。私が清水・西村・浅見(2004)※で29工程に分解して論じてきた構造を、彼は経営者として直観的に把握し、それを技術と組織で組み直してきた。研究と実践は、同じ問題の別の側面であった。

第三に惹かれたのは、高いリーダーシップであった。組織を動かすこと、上場を成し遂げること、市場の変動に耐えながら長期ビジョンを保ち続けること、これらはどれも、研究者には想像を超える困難である。それを彼は、自分の言葉で語り、自分の身体で示し、組織を引っ張っていた。リーダーシップとは結局、その人が何に責任を持って生きているかの表現であり、彼の場合、その答えは「人生の可能性を解き放つ」という理念に対する責任であった。

第四に惹かれたのは、彼の人格であった。誠実であること、誤りを認められること、長期の関係を大切にできること、 他者の専門性に深い敬意を払えること。事業家として成功している人物の多くが、こうした美徳のいずれかをどこかで犠牲にしがちである。彼にはその犠牲がなかった。これは経営者として希少なことである。

そしてもう一つ、私たちは同世代であった。バブル崩壊後の日本社会を青年期に体験し、平成という時代の停滞と再構築の中で職業人として育ち、これからの社会を次の世代に手渡す立場に立つ世代である。同じ時代の空気を吸って育った者だけが共有できる感覚があった。「日本社会のこの構造は、私たちの世代でやり残してはいけない」という、 言葉にしにくい責任感のようなものであった。

社外取締役としての歳月、そして次の一歩へ

これらの理由が重なって、私は同社の社外取締役に就任することを決めた。研究者として住宅市場を診断する立場から、経営の意思決定の一翼を担う立場へと、私は一歩踏み出した。学術と実務の境界を越える経験は、想像していた以上に多くを教えてくれた。

上場前後の組織が直面する課題、資本市場との対話、投資家への説明責任、グループ企業の経営統合、技術投資の優先順位付け、そして何よりも、刻々と変化する不動産市場の中で「人生の可能性を解き放つ」という理念をどう貫くか。研究者としては決して触れることのない領域に、私は身を置いた。

上場を果たしてからも、私は社外取締役として経営に参加し続けた。その間、組織は成長し、グループ企業は広がり、 AI 査定モデル「KAITRY」のようなプラットフォームが社会実装されていった。しかし、私と濱中氏の対話の中では、いつも一つの問いが残っていた。「私たちは、もう一段深いところまで踏み込めるのではないか」という問いである。

経営の場では、四半期ごとの業績、市場の動向、競合との関係、日々の意思決定に追われる。それらすべてが重要であり、私たちは真摯に取り組んできた。しかし、その向こう側に、もっと大きな射程の仕事があるはずだった。住宅市場の構造そのものを変えていく長期的な研究と実装、産学を結ぶ知的基盤の構築、若い世代への思想的継承、これらは、社外取締役という立場では十分にできないことであった。

そこで私たちは、新しい枠組みを作ることを決めた。PropTech-Lab の設立である。私は社外取締役を退任し、研究組織の所長として濱中氏との新しいコラボレーションに踏み出した。取締役を退いたことは、関係を薄めるためではなかった。むしろ、関係をより深く、より長期的なものに作り直すための一歩であった。経営の責任から研究の責任へ。短期の判断から長期の構想へ。私たちはステージを一段上げた。

本連載は、その新しいコラボレーションの最初の成果である。社外取締役という立場では、こうした思想の書を書くことはできなかった。個別の経営判断と一般的な理念のあいだの距離を、丁寧に詰めて言葉にしていく作業は、独立した研究組織だからこそ可能になる仕事である。本連載を読者の皆様に届けられたこと自体が、PropTech-Lab という新しい場が機能し始めた、最初の証である。

挑戦は、始まったばかりである

しかし、この連載を書き上げたからといって、私たちの仕事が完成したわけではない。むしろ、挑戦は始まったばかりである。

本連載で論じてきた住宅金融の中立化、住宅履歴情報のデジタル化、空き家対策の本格化、AI と人間の分業の社会実装、これらすべては、ここから先の十年、二十年の長い仕事である。私たちは、それらを書物の中で論じただけでは終わらせない。研究によって診断を深め、実装によって社会に問いかけ、提言によって政策を動かし、対話によって世代を超えた合意を育てていく。そのプロセスのすべてに、私たちは責任を持って関わっていく。

私が本連載を書きながら、繰り返し心に浮かべてきた光景がある。それは、住宅選びに失敗して不幸になっていく人々の姿である。35年ローンを組んだ家が値下がりして、住み替えたくても動けない。親から相続した家を売るに売れず貸せず、固定資産税だけが重くのしかかる。無理をして買った家のローンに追われて、子どもに十分な教育を受けさせられない。災害で家を失い、ローンだけが残る。仕事を辞めたいのに、ローンがあるから辞められない。

これらは、住宅市場の構造的問題が個々人の人生に投影された、極めて具体的な、極めて深刻な不幸である。そしてそのほとんどは、本連載で論じてきた制度的な改革と、住み替えを支える技術と、消費者教育の充実によって、軽減または解消できる。

私たちが本連載を通じて目指すのは、この不幸を一つでも減らすことである。人生は長くなった。百歳まで生きる時代に、最初に買った家にずっと住み続けるという選択は、むしろ例外になっていく。仕事が変わり、家族の形が変わり、健康状態が変わり、心が変わる。そのすべての変化に、住まいが追いついてこられる社会。そして、住まいを選び直すことが「失敗」ではなく「次の章のはじまり」として受け止められる社会。そういう社会を、私たちは作りたい。

家は、手を入れ続ければ100年使える

最後にもう一つ、本連載全体に補助線として引いておきたい論点がある。それは、住宅は、手を入れ続ければ100年以上使えるということである。

日本の住宅市場では、木造戸建ての法定耐用年数は22年、鉄筋コンクリートで47年とされている。税務上の便宜のための数字でしかないこの数字が、いつしか「家は数十年で価値を失う」という社会的な常識として固定化されてしまった。新築信仰、スクラップ・アンド・ビルドの慣習、中古住宅市場の薄さ、すべての根底に、「日本の家は短命である」という思い込みがある。

しかし、世界を見渡せば、住宅は100年以上使われるのが普通である。英国では築100年、200年の住宅が市場で活発に取引されている。米国でも築50年を超える住宅は市場の中心的な存在である。ヨーロッパの石造の建物に至っては、築数百年のものがいまも住まいとして機能している。日本の家屋でも、丁寧に手入れされた京町家、伝統工法の古民家、近代和風建築など、100年を超えて使い続けられている例はいくらでもある。日本の住宅が短命なのは、技術の問題ではない。使い方の問題である。

そして、住宅を100年使うために決定的に重要なのが、リノベーションである。建てたときのまま放置すれば、どんな建物も劣化する。しかし、定期的に手を入れ、時代に合わせて間取りを変え、設備を更新し、断熱性を高め、構造を補強していけば、建物は世代を超えて生き続ける。リノベーションとは、住宅を「壊して建て替える」のではなく「育て続ける」発想である。

濱中氏が経営する株式会社property technologiesが、中古住宅の買取とリノベーションを事業の中核に据えているのは、まさにこの思想を実装するためである。中古住宅を取得し、その時代の住み手のニーズに合わせてリノベーションし、次の所有者へと引き継いでいく。住宅の寿命を物理的にも経済的にも延ばし、「家を世代を超えて使い続ける文化」を日本社会に根付かせる。これは単なる事業ではなく、長期的な文化の更新である。

リノベーションが普及することは、住み替え社会の前提条件でもある。中古住宅が「劣化した品物」ではなく「手を入れ続けられた価値ある資産」として認識されるようになれば、中古住宅市場は厚みを持つ。中古市場が厚くなれば、住み替えのコストは下がる。住み替えのコストが下がれば、人々は人生の節目で住まいを選び直せる。リノベーションが、住み替えの自由を支える土台になるのである。

そして、住宅を世代を超えて使うという発想は、住まいに対する人々の心構えそのものを変える。「自分の代だけのもの」から「次の世代に手渡すもの」へ。「使い切るもの」から「育てるもの」へ。住宅は、人生の伴走者であると同時に、世代の伴走者である。この視点が、住宅市場の構造を根本から変える可能性を秘めている。

謝辞、そして読者の皆様へ

本連載は、清水千弘・濱中雄大の二名による共同執筆という形で公開されているが、その背後には数えきれない方々の知見と支援がある。

第一に、本連載の理論的背骨を提供してくれた三人の研究者、MIT のアルベルト・サイス、オックスフォードのアンドリュー・バウム、トロント大学のアジェイ・アグラワルへの感謝を改めて記しておきたい。サイスとアグラワルとは長年の対話を通じて、バウムからは2000年代前半の指導を通じて、私の不動産経済学とテクノロジー論の基盤が形成された。本連載はその知的恩恵の一部を、日本の読者に手渡す試みでもある。

第二に、清水と共同研究を進めてきた研究者たち、平野智裕氏、井上智夫氏、鄧永恒氏、西村清彦氏、ロバート・ヒル氏、クリスティアン・バダリンザ氏、タルン・ラマドライ氏、エルヴィン・ディーワート氏、野村浩二氏、馬場弘樹氏、その他多数の共同研究者。皆様の研究との対話の積み重ねが、本連載の内容を支えている。

第三に、株式会社property technologies、PropTech-Lab、そしてホームネットをはじめとする主なグループ企業の皆様。日々の事業の中で、住宅市場の現実を私たちに教えてくれている。本連載のすべての具体的な記述は、皆様の現場の知見の上に成り立っている。

そして第四に、本連載を最後まで読んでくださった読者の皆様。本連載は、PropTech-Lab の四つの活動軸(研究・実装・提言・対話)のうち、特に「対話」のための場として書かれた。対話は一方通行ではない。皆様が本連載を読んで考えたこと、感じたこと、同意したこと、違和感を持ったことが、私たちの次の研究と実装を形作っていく。ぜひフィードバックをいただきたい。それが PropTech-Labの次の歩みの燃料となる。

結びに

私と濱中氏が上場前に出会ってから、いくつもの局面を共に経て、私たちは今、PropTech-Lab という新しい場に立っている。研究者と経営者、学術と実務、長期と短期、これらの境界を行き来しながら、私たちは住宅市場の未来を共に構想している。

本連載は、そのコラボレーションの最初の果実である。そしてこれは果実ではなく、種でもある。ここから、研究が広がり、実装が広がり、提言が広がり、対話が広がっていく。十年後、二十年後の日本社会がどう変わっているかは、 私たちと、私たちと共に動く多くの方々の選択にかかっている。

人生は長くなった。住まいは長く使える。そしてその長い時間の中で、人々が幸せになれる社会を、私たちは作りたい。住宅選びに失敗して不幸になる人を、一人でも減らしたい。人生のあらゆる転機に、住まいが追いついてくる社会を、共に作りたい。

これが、本連載の最後に私が記しておきたい、心からの願いである。



濱中 雄大(株式会社property technologies 代表取締役社長/PropTech-Lab 主宰)
清水 千弘(一橋大学ソーシャル・データサイエンス研究科 教授/PropTech-Lab 所長)

【参考・引用文献】

清水千弘・西村清彦・浅見泰司 (2004).「不動産流通システムのコスト構造」『季刊住宅土地経済』No.51, pp.28–37.


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【第1回】プロローグ:なぜ、いま住まいを選び直す自由を問うのか
https://pptc.co.jp/column/20260626_1100/
【第2回】AIは仕事を奪うのか──タスク代替の経済学と「人間と機械の分業」
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【第3回】住宅はなぜ動かないのか──「一生もの」から「選び直せる資産」へ
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【第4回】取引の重さの経済学──情報・信頼・制度をPropTechはどう組み替えるか
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【第5回】住宅流動性と人生の自由──仕事・家族・老後を縛るロックイン効果
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【第8回】人生に伴走する社会へ/AIと制度とPropTech Labが描く未来―後編
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【第9回】エピローグ:事業と研究が融合した日
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『PropTech-Lab(プロップテック・ラボ)』について

『PropTech-Lab』は、不動産市場に新たな価値をもたらし、人々が住まいを選ぶ際の新たな基準や簡便さ、価値観を醸成し、提供することを目指します。市場のニーズに応え、価格高騰のスパイラルを抑制し、より多くの人々が質の高い住宅を手に入れられるよう努めてまいります。

『PropTech-Lab』 所長 清水 千弘 について

一橋大学大学院ソーシャルデータサイエンス研究科教授、社会科学高等研究院都市空間不動産解析研究センター・センター長。1994年 東京工業大学大学院理工学研究科博士課程中退。東京大学博士(環境学)。財団法人日本不動産研究所研究員、リクルート住宅総合研究所主任研究員、麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授等を歴任。
2022年1月より、当社グループ参画。社外取締役を経て、2024年7月より、当社研究・開発組織『PropTech-Lab』所長に就任。

<専門分野> 指数理論 / 応用計量経済学 /多変量解析

<専門分野> 指数理論 / 応用計量経済学 /多変量解析

株式会社property technologies(プロパティ・テクノロジーズ)について

https://pptc.co.jp/

「UNLOCK YOUR POSSIBILITIES. ~テクノロジーで人生の可能性を解き放つ~」というミッションを掲げています。年間36,000件超の不動産価格査定実績やグループ累計約15,000戸の不動産販売で培ったリアルな取引データ・ノウハウを背景に、「リアル(住まい)×テクノロジー」で実現する「誰もが」「いつでも」「何度でも」「気軽に」住み替えることができる未来に向け、手軽でお客様にとって利便性の高い不動産取引を提供しています。

<会社概要>
会社名:株式会社property technologies
代表者:代表取締役社長 濱中 雄大
URL:https://pptc.co.jp/
本社:東京都渋谷区本町3-12-1 住友不動産西新宿ビル6号館12階
設立:2020年11月16日
上場:東京証券取引所グロース市場(5527)