防水スプレーで肺がやられる? 梅雨どきに知っておきたい吸入事故の話
「まさかスプレーで救急搬送?」

梅雨のこの時期、靴やレインコート、バッグに防水スプレーをかける方は多いと思います。毎年恒例の一手間ですね。
ところがこの防水スプレー、使い方を間違えると肺に深刻なダメージを与えることがあります。医学的には「吸入性肺障害」や「化学性肺炎」などとも呼ばれます。日本でも海外でも症例報告が毎年のように出ています。自然に良くなることもありますが、ときには救急搬送に至るケース、ICUに入るケース、なかには命に関わるケースも報告されています。「スプレーひとつでそんなことになるの?」と思われるかもしれません。その仕組みと正しい予防策をお伝えします。
なぜ肺がやられるのか

防水スプレーには大きく分けてフッ素系とシリコン系があります。肺障害の原因として問題になりやすいのはフッ素系です。
フッ素樹脂の非常に細かい粒子が、スプレーの噴霧によって空気中に漂います。この粒子が曲者で、サイズが極めて小さいために鼻や気管でフィルタリングされず、肺の奥深く、酸素交換を担う「肺胞」と呼ばれる場所まで直接届いてしまいます。
肺胞には「サーファクタント」という肺胞を膨らんだ状態に保つための物質があります。フッ素樹脂の粒子はこのサーファクタントと拮抗し、肺胞をしぼませてしまいます。しぼんだ肺胞では酸素交換ができません。これが息苦しさや低酸素血症の直接の原因と考えられています。それに加えて、体の免疫系が異物に反応して炎症を引き起こす。これが化学性肺炎の正体です。
密閉された空間でスプレーを使うと、空気中の粒子濃度が一気に跳ね上がります。玄関の中、クローゼットの中、浴室など、換気が不十分な場所での使用がとくに危険です。
症状が遅れて出ることがあるのが厄介
防水スプレー吸入による肺障害の特徴のひとつが、症状が遅れて出るケースがあることです。

防水スプレーを使ってすぐに苦しくなる場合には症状とスプレーの因果関係がわかりやすいのですが、スプレーを使った直後は何ともないケースもあります。数時間後になって、咳が止まらない、息苦しい、熱っぽいという症状が出てくる場合には、このタイムラグのせいで、多くの方がスプレーと症状を結びつけられません。「風邪かな」「疲れかな」と思っているうちに悪化して、翌朝には救急へ、というケースが実際に起こりえます。
受診の際には必ず「防水スプレーを使いました」と医師に伝えてください。この一言がないと、原因の特定が遅れます。
喫煙との組み合わせがとくに危険
複数の医学論文で繰り返し報告されているのが、防水スプレーの使用直後に喫煙した人が重症化しやすいというパターンです。フッ素樹脂はタバコの熱によって熱分解され、より毒性の強い物質に変化する可能性があります。「スプレーして一服」という習慣がある方は要注意です。スプレー使用後はしばらく時間を置いてから喫煙するようにしてください。
重症化するとどうなるか
軽症であれば、安静と経過観察でよくなることも多いです。文献によっては、ステロイド薬の投与で改善したという報告もみられます。
しかし重症になると「ARDS(急性呼吸窮迫症候群)」という状態に陥ることがあります。肺全体の炎症が急速に進んで、酸素を吸っても血液中の酸素濃度が上がらなくなる状態です。こうなると人工呼吸管理が必要になります。実際に、SpO2(血液中の酸素飽和度)が47%という危険な状態で救急搬送された症例がICUの報告に残っています。
もともと喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)など肺の病気を抱えている方は、重症化しやすさがあるといえます。より慎重な対応が必要です。
やってはいけないこと
注意すべきことを改めて整理してみましょう。基本的には室内での使用はお勧めできません。玄関、クローゼット、浴室など、換気扇を回していても不十分な場合があります。さらにスプレー使用後に、粒子は空気中に長時間漂うことがあります。できるだけ外で、風通しの良い場所で行いましょう。スプレー噴霧を短時間で集中的におこなうと、その分呼吸で体内に取り込んでしまうリスクもあるため、少し噴霧したら少し休憩するといった配慮も必要です。
スプレー直後の喫煙もNGです。前述の通り、熱分解によってより毒性の強い物質が生まれる可能性があります。
対象物に顔や体を近づけてスプレーするのも避けてください。吹き出し口からの距離が近いほど、吸入量は増えます。
体調が悪いとき、喘息やCOPDのある方も注意が必要です。気道が過敏な状態では、健康な方よりも少ない量で強い反応が出ることがあります。
正しい使い方について
難しいことはありません。次の3点を守るだけで、事故のリスクは大幅に下がります。

必ず屋外で使う。 風向きを確認して、風下に立たないようにしてください。
対象物から30cm以上離してスプレーする。 近すぎると吸入量が増えます。
使用後はすぐその場を離れる。 スプレーした靴やバッグは屋外にしばらく置いたままにして、室内に戻るのは時間を置いてから。ペットや小さなお子さんがいるご家庭では特に徹底してください。
こんな症状が出たら受診を
防水スプレーを使った後、次のような症状が出た場合は、迷わず受診してください。
咳が止まらない
息苦しい、呼吸が浅い感じがする
発熱がある
胸が痛い、締め付けられる感じがする
繰り返しますが、症状はスプレー使用後まもなくから、数時間後に出ることがほとんどです。使ってすぐ何ともなくても、油断しないでください。受診の際は「防水スプレーを使いました」と必ず伝えること。呼吸器内科を受診するか、症状が強い場合は救急外来に相談することも必要なことがあります。
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内科 呼吸器内科 アレルギー科 草ヶ谷医院
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