迫る"認知症高齢者時代" 親子で考える「家族信託」|property technologies

厚生労働省研究班(代表者・二宮 利治 九州大教授)が2024年5月8日に発表した推計によると、認知症の患者数は2030年に523万人、団塊ジュニア世代が65歳以上になる2040年には584万人にのぼります。つまり、高齢者の14%にあたる7人に1人が認知症患者となる"認知症高齢者時代"が目前に迫っているのです。

これまでも高齢化に伴い認知症患者が増えることは想定されていましたが、改めて将来に向けた資産防衛のための「認知症対策」や認知症の被相続人からの円滑な「相続対策」等が社会課題となっています。そして、自治体や企業に任せるだけではなく、個人においても備えないといけない時代に入ってきました。本記事では、"認知症高齢者時代"でも個人が備えられる「相続」に焦点を当てて見ていきましょう。
認知症対策や相続対策の選択肢である「家族信託」とは?
超高齢化社会における認知症対策や、将来の相続・財産管理を円滑に進めるための手法として注目を集めている「家族信託」について解説していきます。
「親が認知症になったため、銀行口座から必要な生活費を引き出すことができなくなった」
「相続で共有になった不動産をめぐって家族間で意見が対立してしまった」
など、私たちの身近には財産管理に関するさまざまな問題が潜んでいます。こうした課題を解決する方法として、家族信託は注目を集めています。家族信託の基本的な仕組みやメリット・デメリット、具体的な活用事例を解説していきますので、今後の財産管理や相続対策を考えるうえで、ぜひ親子でお話されるキッカケにしてください。
1.家族信託とは|基本的な仕組みを解説
家族信託の定義
「家族信託」とは、自分の財産(不動産・預貯金・有価証券等)を、自分の家族(子どもや兄弟など)に託し、あらかじめ定めた目的に従って、管理・処分・承継する仕組みのことです。信託法によって定められた契約形態の一つであり、以下の3者が関与します。
1.委託者
信託を設定する人であり、元々の財産の所有者です。たとえば親が自分の財産管理を子どもに任せたい場合、親が委託者となります。
2.受託者
委託者から財産の管理・運用を委託される人です。家族信託という名称からもわかるように、多くの場合は子どもや兄弟などの家族が選ばれます。
3.受益者
委託者の財産から利益を受ける人のことです。受益者は委託者本人であるケースが多いですが、場合によっては障がいのある子どもなど、別の家族を受益者とすることもあります。

家族信託は、あくまでも財産の所有権を受託者に移すことで柔軟な管理を実現する制度です。所有権は移るものの「誰に利益が帰属するか」は信託契約で定められた受益者にある点がポイントとなります。
家族信託の仕組み
家族信託では、委託者が持つ不動産や金融資産を「信託財産」として受託者に託し、受託者がその財産を管理・運用することになります。
たとえば、委託者が高齢になって将来認知症になるリスクを考慮し、早めに自宅や預貯金、株式などを家族信託として設定しておけば、仮に委託者が判断能力を失っても受託者がスムーズに管理を続けられます。
不動産を家族信託した場合
不動産の名義は受託者に移転します。すると、売却や賃貸借契約を結ぶ際に委託者本人の判断能力がなくても、受託者の判断で手続きを進められます。
金融資産を家族信託した場合
信託用の口座を開設し、そこに預貯金や株式などを移します。日々の生活費の支払い、必要な医療費の捻出など、受託者は信託契約の範囲内で資金を柔軟に管理できます。
このように、財産管理の主体をあらかじめ家族に任せておくことで、認知症や身体的な問題によって意思表示が難しくなるリスクを回避するのが家族信託の大きな特徴です。
2.家族信託のメリット
財産管理の柔軟性
家族信託の最大のメリットは、財産管理における柔軟性です。将来、委託者(親など)が認知症になった場合、銀行口座が凍結されてしまうリスクがあります。しかし、家族信託を活用しておけば、受託者が財産を管理しているため、認知症になった場合でも資産が凍結されるのを防げます。
また、国の制度である成年後見制度と比較しても、家族信託の方が使い勝手が良いケースがあります。成年後見制度では、家庭裁判所の監督下に置かれたり、財産処分に制限があったりと、手続きの柔軟性が低いのが難点です。一方、家族信託は契約自由の原則の範囲内で柔軟に設定できるため、目的や家族構成に応じて細かく設計しやすいという利点があります。
相続トラブルの予防
家族信託は、ある意味「遺言書」のような役割を果たすことも可能です。たとえば、受益者を委託者本人だけでなく、将来的には子どもへと指定しておくことにより、信託の終了時には財産を子どもに帰属させる形がとれます。
また、相続開始後に不動産を共有するケースは家族間トラブルの原因になりやすいですが、家族信託を利用しておけば、不動産の管理・処分権限が受託者にあるので、共有による意見対立を回避しやすいのです。結果として、円満な相続を迎えられる可能性が高まります。
倒産隔離機能
倒産隔離機能とは、委託者や受託者が破産や債務不履行になったとしても、信託財産が差し押さえの対象にならない仕組みを指します。家族信託の場合、財産はあくまで信託財産として管理されているため、委託者自身の経済状況が悪化しても、信託財産は守られるメリットがあります。
3.家族信託のデメリットと注意点
手続きの複雑さ
家族信託を活用するには、信託契約書の作成、公正証書化、不動産を信託する場合は信託登記など、手続きが多岐にわたります。これらの手続きには時間と費用がかかり、契約書の内容をしっかりと精査しないと後々トラブルを引き起こすおそれもあります。
また、金融機関によっては「信託口座」の開設に対応していないところもあり、対応している場合でも手続きが煩雑なことがあります。家族信託をスムーズに進めるためには、専門家(司法書士・弁護士・税理士など)のサポートを受けたほうが安心でしょう。
節税効果が期待できない
家族信託という名前から「信託を組むことで相続税や贈与税の負担が軽減されるのではないか」と期待されがちですが、基本的に家族信託は節税対策にはなりません。
家族信託で管理される財産は、信託設定後も実質的な所有者(受益者)が負担すべき税金の対象となります。節税を目的に家族信託を利用する場合は、他の手段(生前贈与や生命保険の活用など)と併用しなければ十分な効果は得られないことに留意が必要です。
4.家族信託の活用事例
認知症対策として

最も一般的な活用例は、親の認知症リスクへの備えです。
親が認知症で判断能力を失う前に家族信託を設定し、子どもが受託者となることで、財産管理をスムーズに行えます。日常生活費や医療費などの支払いも受託者が代行できるため、介護を担う家族の負担軽減にも大いに役立ちます。

さらに、自宅を信託財産として組み込むことで、親が認知症になった場合でも自宅の売却が可能になります。たとえば、有料老人ホームの入居費用を自宅の売却代金でまかないたい場合、認知症のために売却手続きが進められなくなるリスクを回避できます。将来、施設入居を視野に入れている方は、早めに家族信託を設定しておくことをおすすめします。
障がいのある子の生活支援
障がいのある子どもの将来を見据えた「親亡き後問題」に直面しているご家庭では、家族信託が非常に有効です。親を受益者(財産の利益を受ける人)、子どもを二次受益者に指定し、兄弟や親族を受託者にすることで、親が亡くなった後も子どもの生活費や医療費を安定的に管理・運用できます。信託契約の内容によっては、特定の目的にのみ資金を使う仕組みを設けることも可能なので、子どもが安心して生活を続けられる体制を整えやすくなります。
不動産の共有管理
相続により複数人で共有名義となった不動産の管理や処分に困るケースは少なくありません。共有状態では売却や運用を行う際、共有者全員の合意が必要となります。しかし、家族信託を活用し、共有不動産を信託財産として受託者に管理権を集中させることで、意思決定がスムーズになります。たとえば、売却や賃貸に回すといった手続きを迅速に進められるため、不動産の管理・処分によるトラブルを大幅に減らすことができます。
よくある質問(FAQ)
Q1: 家族信託と成年後見制度はどちらを選ぶべき?
A1: 成年後見制度は法定後見と任意後見の2種類があり、いずれも家庭裁判所の関与が強いため、財産を厳格に守ることができます。ただし、柔軟性は低く、裁判所や後見人への報酬が必要になる場合もあります。一方、家族信託は契約内容を自由に設計できるメリットがある一方、受託者に大きな責任が生じたり、制度の理解が不十分だとトラブルを招く可能性があるでしょう。どちらがベストかは家族構成や財産の種類、家庭事情などによって異なるため、専門家に相談して判断するのがおすすめです。
Q2: 家族信託を自分で行うことは可能?
A2: 可能ではありますが、信託契約書の作成には法律的な知識が必要です。誤った内容で契約を結んでしまうと、後から修正や解消が難しくなることがあります。特に不動産の信託登記や相続税の問題などは複雑ですので、専門家のチェックを受けることを強くおすすめします。自己作成にこだわりすぎると、結果的にトラブル対応でより大きな費用がかかるリスクもあります。
Q3: 信託契約後にトラブルが発生したら?
A3: 信託契約後にトラブルが起こる多くの原因は、「契約内容の不備」や「受託者の運用方法への不満」です。これを防ぐには、契約書で運用方針や財産の使い道をできるだけ詳細に定めておくことが重要です。万一トラブルが発生した場合は、早急に専門家に相談し、状況に応じて契約内容の見直しや受託者の交代などを検討しましょう。
まとめ|家族信託を検討するなら専門家に相談を
家族信託は、認知症対策や相続トラブルの回避など、さまざまなメリットがある一方で、契約内容の複雑さや受託者への負担などのデメリットも存在します。特に、法律・税務の観点で誤解が生じやすく、節税効果を過度に期待する方もいますが、家族信託だけでの節税は基本的に難しい点は押さえておくべきでしょう。
とはいえ、家族信託には財産管理を柔軟に進められる大きな利点があり、家族間の合意を得て正しく活用できれば、将来の不安やトラブルを大幅に減らせる可能性が高い制度です。専門家のサポートを受けることで、契約書の不備や後々のトラブルを防止することができます。家族間の話し合いは早めに始め、明確な目的や管理体制を見据えて準備を進めていくことをおすすめします。
(編集・執筆/property technologies 永江 直人)
適用に際しての具体的な注意点
・上記は令和6年10月末時点の適用法令・通達等に基づき記載しております。
・上記事例等は一例であり実際に適用する場合にはご自身が適用要件を満たしているか専門家等にご確認の上適切にご対応頂きますようお願い致します。
・本記事の記載内容にあてはめて適用することを保証するものではありませんのでご留意願います。
監修/齋藤 久誠(さいとう ひさなり)
齋藤久誠公認会計士・税理士事務所
代表公認会計士・税理士
2007年 有限責任監査法人トーマツ入社
2011年~2023年 みずほフィナンシャルグループにて金融資産30億円超の富裕層向け相続承継対策のコンサルタントとして、これまで300件超の相続対策の相談対応、100件超の創業家向け相続承継コンサルティングを実施。
現在は独立開業し、創業家顧問や税理士法人の顧問に就任しつつ幅広い層に向けたソリューションを提供。

株式会社property technologies(プロパティ・テクノロジーズ)について
「UNLOCK YOUR POSSIBILITIES. ~テクノロジーで人生の可能性を解き放つ~」というミッションを掲げています。年間36,000件超の不動産価格査定実績やグループ累計約13,500戸の不動産販売で培ったリアルな取引データ・ノウハウを背景に、「リアル(住まい)×テクノロジー」で実現する「誰もが」「いつでも」「何度でも」「気軽に」住み替えることができる未来に向け、手軽でお客様にとって利便性の高い不動産取引を提供しています。
<会社概要>
会社名:株式会社property technologies
代表者:代表取締役社長 濱中 雄大
URL:https://pptc.co.jp/
本社:東京都渋谷区本町3-12-1 住友不動産西新宿ビル6号館12階
設立:2020年11月16日
上場:東京証券取引所グロース市場(5527)
本掲載内容は、情報提供を目的とし掲載時点の法令等に基づき掲載されており、その正確性や確実性を保証するものではありません。
本掲載内容に基づくお客様の決定・行為およびその結果について、当社グループは一切の責任を負いません。最終的な判断はお客様ご自身のご判断でなさるようにお願いします。
なお、本掲載内容は予告なしに変更されることがあります。