世界初の細胞環境解析により肺がん免疫療法の耐性因子を解明 耐性因子を標的とする難治性肺がんの新たな治療法開発に期待

近畿大学医学部(大阪府堺市)内科学教室(腫瘍内科部門)助教 磯本晃佑、同助教 原谷浩司(研究当時)、京都府立医科大学大学院医学研究科(京都府京都市)耳鼻咽喉科・頭頸部外科学准教授 辻川敬裕、岡山大学(岡山県岡山市)学術研究院医療開発領域・ゲノム医療総合推進センター(岡山大学病院)教授 冨田秀太らの研究グループは、がんの画期的な治療薬である「免疫チェックポイント阻害薬※1」が効く患者と効かない患者の違いを明らかにするため、がん細胞を取り巻く「腫瘍微小環境※2」を網羅的に解析する高度な手法を確立しました。この手法を用いて、肺がん患者への免疫チェックポイント阻害薬の効果を正確に予測できる指標や、薬に対して耐性を示す因子の特定に成功しました。
本研究成果により、今後、免疫チェックポイント阻害薬の効果を正確に予測できるとともに、耐性因子を直接狙い撃ちして薬の効果を高めるといった、新たな治療法の開発につながることが期待されます。
本件に関する論文が、令和8年(2026年)5月15日(金)に、米国臨床研究学会が発行する医学分野の国際的学術雑誌"Journal of Clinical Investigation(ジャーナル オブ クリニカル インベスティゲーション)"に掲載されました。
【本件のポイント】
●がん細胞の周囲の「腫瘍微小環境」を網羅的に解析する手法を確立し、がん治療薬である免疫チェックポイント阻害薬の効果を正確に予測できる指標を発見
●免疫細胞やがん細胞に存在する、免疫チェックポイント阻害薬の耐性因子を特定
●本研究は、免疫チェックポイント阻害薬の正確な効果予測や、薬の効果を高める併用療法の開発などにつながる成果
【本件の背景】
免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞が免疫細胞の働きを抑制する「免疫チェックポイント」を阻害し、免疫細胞を活性化する分子標的薬です。従来の抗がん剤とは異なるメカニズムで効果を発揮するため、さまざまな種類のがん治療に用いられています。特に進行性の非小細胞肺がん※3 への治療効果が高く、これまでの治療を大きく変えました。しかし、治療開始から1年以内に多くの患者で症状の悪化が起こるなど、がん細胞の耐性獲得が大きな課題となっており、ほかの抗がん剤と組み合わせる併用療法が取り入れられていますが、依然として半数以上の患者の症状が悪化することが知られています。
免疫チェックポイント阻害薬の効果には、がん細胞を取り巻く免疫細胞・線維芽細胞※4・血管などからなる「腫瘍微小環境」が大きく影響することが知られています。しかし、腫瘍微小環境内のさまざまな種類の細胞について、それぞれの特徴と、その空間的な配置を一度に評価する技術が限られており、免疫チェックポイント阻害薬が「効く患者と効かない患者」の違いが生じる原因は解明されていませんでした。
【本件の内容】
研究グループは、肺がん細胞の腫瘍微小環境を評価するために29種類のタンパク質を指標として選抜し、これらを腫瘍組織上で一度に可視化する手法を開発しました。この手法を用いて、103人の非小細胞肺がん患者の治療前腫瘍組織において、腫瘍微小環境を空間的・単一細胞レベルで解析しました。数十種類以上のタンパク質を、同一空間において単一細胞レベルで解析するためには非常に高度な技術が必要で、100人規模の患者を対象にこの解析を実施した研究は世界初となります。
解析の結果、がん細胞を攻撃する免疫細胞のうち、特にがんを認識する能力が高いタイプのT細胞が腫瘍に直接接触して作用しており、免疫チェックポイント阻害薬が効果を発揮するために非常に重要であることが明らかになりました。ここから、このT細胞は免疫チェックポイント阻害薬の効果を予測できる指標であることがわかりました。
一方、一部のマクロファージ※5 と線維芽細胞は免疫を抑制し、免疫チェックポイント阻害薬の耐性因子となることも明らかにしました。また、一般的に薬剤が効きづらいタイプの非小細胞肺がんでは、がん細胞上の特定のタンパク質が関与することで、免疫チェックポイント阻害薬への耐性を獲得することも示唆されました。
本研究成果により、今後、免疫チェックポイント阻害薬の効果を正確に予測できるだけでなく、耐性因子を標的とした治療を併用することで薬の効果を高めるといった、肺がんの新たな治療法開発につながることが期待されます。
【論文掲載】
掲載誌:Journal of Clinical Investigation(インパクトファクター:13.6@2024)
論文名:Spatial single-cell proteotyping reveals immunotherapy-resistant features within
the complex tumor microenvironment of metastatic NSCLC
(進行非小細胞肺がんの腫瘍微小環境における免疫療法耐性メカニズムの空間的単一細胞解析)
著者 :磯本晃佑1、原谷浩司1,2*、辻川敬裕3、冨田秀太4、幕谷悠介5、武田真幸1、米阪仁雄1、
田中薫1、岩朝勤1、坂井和子6、西尾和人6、伊藤彰彦7、中川和彦1、林秀敏1 *責任著者
所属 :1 近畿大学医学部内科学教室(腫瘍内科部門)、
2 ダナ・ファーバーがん研究所(腫瘍内科)、
3 京都府立医科大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学、
4 岡山大学学術研究院医療開発領域・ゲノム医療総合推進センター(岡山大学病院)、
5 近畿大学医学部外科学教室(下部消化管部門)、
6 近畿大学医学部ゲノム生物学教室、
7 近畿大学医学部病理学教室
URL :https://doi.org/10.1172/JCI195021
DOI :10.1172/JCI195021
【本件の詳細】
研究グループは、進行非小細胞肺がん患者103例(うち免疫チェックポイント阻害薬による治療は81例)の治療前の腫瘍組織を用いて、リンパ球系と骨髄系細胞をそれぞれ解析する29種類のバイオマーカーの多重免疫染色プラットフォームを構築しました。デジタル画像解析による組織セグメンテーション技術で「腫瘍胞巣※6」と「腫瘍間質※7」を区別し、各免疫細胞群の密度と免疫チェックポイント阻害薬の治療効果(無増悪生存期間※8・全生存期間)との関連を評価しました。また、27例では遺伝子発現プロファイリング※9 も実施し、単一細胞・空間・転写レベルを統合した多層的な解析を行いました。
その結果、腫瘍内のCD8陽性T細胞の密度が高い患者ほど、免疫チェックポイント阻害薬の治療効果が良好であることが確認されました。なかでも、CD8・CD39・CD103・Ki-67陽性の表現型を持つ「機能的組織滞在性メモリー様CD8陽性T細胞※10」が、独立した予後予測因子として同定されました。これらの細胞は疲弊マーカーを発現しつつも腫瘍反応性を保った「機能的疲弊状態」にあると考えられ、免疫チェックポイント阻害薬によって再活性化される細胞集団である可能性があります。
一方、免疫抑制性のCD206陽性M2型腫瘍関連マクロファージと、FAP陽性がん関連線維芽細胞は免疫チェックポイント阻害薬に対する独立した耐性因子であり、機能的組織滞在性メモリー様CD8陽性T細胞が腫瘍局所に豊富に存在していたとしても、これらの細胞群が近傍に存在することで治療効果が減弱されることが示されました。さらに、EGFR/ALK遺伝子変異陽性の非小細胞肺がんでは、がん細胞上のCD73※11 高発現がM2型腫瘍関連マクロファージの集積と血管新生と関連して免疫チェックポイント阻害薬の耐性に寄与している可能性が示唆されました。
本研究では、進行非小細胞肺がんの腫瘍微小環境における免疫プロファイルを可視化し、免疫チェックポイント阻害薬の効果を規定する新たなバイオマーカーと治療標的を同定しました。これにより、組織滞在性メモリー様CD8陽性T細胞をより機能的に活性化する治療や、CD206陽性M2型腫瘍関連マクロファージ・FAP陽性線維芽細胞・CD73といった耐性因子を標的とした治療の組み合わせが、今後の免疫療法の効果向上に貢献する可能性が明らかになりました。
【研究者のコメント】
磯本晃佑(イソモトコウスケ)
所属 :近畿大学医学部内科学教室(腫瘍内科部門)
職位 :助教
学位 :博士(医学)
コメント:腫瘍内の免疫環境が免疫チェックポイント阻害薬の治療効果に深く関わることは以前から指摘されていましたが、本研究では多重免疫染色による詳細な解析を通じて、その複雑な全体像の一端を示すことができました。まだ臨床応用には多くのステップが必要ですが、この知見が腫瘍微小環境のさらなる理解と免疫療法の発展に少しでも貢献できればと思っています。
【用語解説】
※1 免疫チェックポイント阻害薬:がん細胞が免疫細胞の攻撃を回避するブレーキ機構(PD-1/PD-L1など)を解除する薬剤。進行非小細胞肺がんの標準治療として広く使用されている。
※2 腫瘍微小環境:がん細胞の周囲に存在する、免疫細胞、血管、線維芽細胞などが作り出す複雑な環境のこと。がん細胞はこの環境を作り替えることが知られている。
※3 非小細胞肺がん:肺がんの大部分を占める主要なタイプ。
※4 線維芽細胞:本来は組織を支える細胞だが、腫瘍組織内ではがん細胞を攻撃から守る役割をもつ。
※5 マクロファージ:免疫細胞の一種だが、腫瘍組織内では一部が「M2型」に変化し、ほかの免疫細胞を抑制する。
※6 腫瘍胞巣:がん細胞が密集して塊になっている領域。この領域のがん細胞に、免疫細胞が直接接触することで、免疫チェックポイント阻害薬の効果が大きく向上する。
※7 腫瘍間質:腫瘍胞巣の間を埋めている支持組織。
※8 無増悪生存期間:治療開始からがんが進行せず、亡くなることなく、症状が安定している期間。
※9 遺伝子発現プロファイリング:細胞の中で、どの遺伝子がどの程度活性化しているかを網羅的に調べる解析手法。本研究では、1細胞レベルの画像解析を補完するためにこの手法を用い、がん組織全体の免疫関連遺伝子の状態を詳細に数値化して分析した。
※10 機能的組織滞在性メモリー様CD8陽性T細胞:がん細胞に攻撃をし続け疲弊状態にあるが、がん抗原認識能をかろうじて保持している腫瘍組織内に常在するT細胞。免疫チェックポイント阻害薬によって再活性化されやすい細胞集団として着目した。
※11 CD73:がん細胞表面に発現する酵素。免疫抑制物質であるアデノシンを産生することで、T細胞の抗腫瘍活性を抑制する。新たな治療標的として研究が進められている。
【関連リンク】
医学部 近畿大学病院 准教授 米阪仁雄(ヨネサカキミオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1951-yonesaka-kimio.html
医学部 近畿大学病院 准教授 田中薫(タナカカオル)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1645-tanaka-kaoru.html
医学部 医学科 准教授 岩朝勤(イワサツトム)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1811-iwasa-tsutomu.html
医学部 医学科 准教授 坂井和子(サカイカズコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1674-sakai-kazuko.html
医学部 医学科 教授 西尾和人(ニシオカズト)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/757-nishio-kazuto.html
医学部 医学科 教授 伊藤彰彦(イトウアキヒコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/825-itou-akihiko.html
医学部 医学科 特任教授 中川和彦(ナカガワカズヒコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/755-nakagawa-kazuhiko.html
医学部 医学科 教授 林秀敏(ハヤシヒデトシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1646-hayashi-hidetoshi.html