FAT3遺伝子の変異による新たな神経疾患を発見 ― 進行性の末梢神経障害と全身症状を伴う 「FAT3関連多系統神経発達異常症」を提唱 ―
このたび、鹿児島大学脳神経内科の高嶋 博教授、樋口雄二郎准教授らの研究グループは、FAT3遺伝子の変異が原因となる新たな神経疾患を明らかにし、その研究成果が国際的な医学雑誌に掲載されることとなりましたので、ご報告いたします。
具体的には、日本人3家系の解析から、FAT3遺伝子の変異が進行性の末梢神経障害や舌萎縮、脊柱側弯、腸管偽性閉塞などの多系統疾患を引き起こすことを突き止めました。動物モデルを用いた検証により、同遺伝子が神経の形成や維持に不可欠であることを証明し、新たに「FAT3関連多系統神経発達異常症」という疾患概念を提唱しました。
本研究成果は、2026年4月3日に、遺伝学分野で権威ある国際学術雑誌「Genetics in Medicine」にオンライン掲載されました(最終版は今後公開予定)。
研究のポイント
● FAT3遺伝子の変異により、手足の筋力低下や感覚低下を呈する末梢神経障害に加え、舌萎縮などの脳神経症状や多系統の神経発達異常を伴う新たな疾患概念を提唱した。
● 患者の遺伝子解析に加え、ショウジョウバエやマウスを用いた機能解析を組み合わせ、FAT3が神経の構造維持や軸索の形成に不可欠であることを明らかにした。
● 本成果は、遺伝性ニューロパチーの診断体系を拡張し、「FAT3関連多系統神経発達異常症」という新たな視点を提供するとともに、新規治療標的の開発につながる可能性を示すものである。
内容
- 研究の背景
シャルコー・マリー・トゥース病(CMT)※1に代表される遺伝性末梢神経障害は、手足の遠位筋力低下や感覚障害、腱反射の消失を主症状とする進行性の神経疾患です。これまでに約140もの原因遺伝子が特定されていますが、依然として多くの患者において遺伝学的な原因が解明されておらず、未発見の疾患関連遺伝子の特定が診断・治療において大きな課題となっていました。
本研究が注目した「FAT3(FAT Atypical Cadherin 3)」遺伝子※2は、細胞間の相互作用や接着を司る「FATカドヘリンファミリー」の一員です。同ファミリーに属するFAT1、FAT2、FAT4は、すでに筋ジストロフィー様疾患や脊髄小脳変性症などの原因として知られていました。FAT3は、発達段階の中枢神経系において、神経細胞の分化や軸索(神経の突起)の誘導、シナプスの形成に不可欠な役割を果たすことが動物実験などで示唆されていましたが、これまでヒトの遺伝性疾患との直接的な関わりについては明らかにされていませんでした。
- 研究の概要・成果
本研究グループは、遺伝性末梢神経障害が疑われる日本人患者3,315名を対象に網羅的な遺伝子解析を行い、3家系の患者においてFAT3遺伝子の両アレル性変異※3を特定しました。臨床的な特徴として、全症例で進行性の手足の筋力低下や感覚障害(軸索型ニューロパチー※4)に加え、舌萎縮や構音障害、顔面筋力低下などの脳神経症状が共通して認められました。さらに、重症例では呼吸不全、自律神経不全、脊柱側弯、偽性腸閉塞といった多系統にわたる重篤な症状を呈することも明らかになりました(図1)。
研究チームは、この変異の病原性を検証するため、ショウジョウバエとマウスを用いた機能解析を実施しました。
● ショウジョウバエ: FAT3の機能を抑制したところ、生存期間の短縮、運動機能の低下、および神経接合部におけるシナプス分岐の減少が確認されました(図2)。
● マウス: 坐骨神経における顕著な軸索変性が確認されたほか、脊髄、大脳(内包)、小脳(プルキンエ細胞)など広範な中枢神経系においても神経細胞の消失や変性が認められました(図3)。
これらの結果から、FAT3が神経の構造維持や軸索の形成において不可欠な役割を担っていることが証明されました。本研究は、末梢神経障害と広範な神経発達異常を併発する一連の病態を、新たに「FAT3関連多系統神経発達異常症(FAT3-related multisystem neurodevelopmental disorder)」という疾患概念として定義・提唱しました(図1)。
- 今後の展望
今回の発見により、これまで原因不明とされてきた遺伝性末梢神経障害(ニューロパチー)の患者において、FAT3遺伝子を標的とした新たな遺伝子診断が可能となります。特に、末梢神経障害に加えて舌萎縮などの脳神経症状や、脊柱側弯、偽性腸閉塞といった多系統の症状を伴う症例において、本疾患を考慮した正確な診断と適切な医療管理に繋がることが期待されます。また、FAT3が運動ニューロンの維持やシナプス接続、さらには中枢神経系の構造維持に不可欠であるという知見は、単なる末梢神経疾患に留まらず、運動ニューロン疾患や脊髄小脳変性症といったより広範な神経変性疾患の病態解明に新たな視点を提供するものです。
今後は、本研究で確立されたショウジョウバエやマウスなどのモデル動物を活用し、FAT3の機能不全が神経変性を引き起こす詳細な分子メカニズムの解明をさらに進めます。こうした基礎研究の積み重ねにより、将来的にこのメカニズムを標的とした新規治療法の開発へと繋げることが本研究グループの目標です。
- 研究成果の公表
これらの研究成果は、2026年4月3日に国際学術雑誌「Genetics in Medicine」にオンライン掲載されました(最終版は今後公開予定)
タイトル
Biallelic variants in FAT3 cause axonal neuropathy with multisystem neurodevelopmental features
著者名
樋口雄二郎(Yujiro Higuchi)、吉崎嘉一(Kaichi Yoshizaki)、中西和毅(Kazuki Nakanishi)、袁 軍輝(Junhui Yuan)、穂原貴裕(Takahiro Hobara)、児島史一(Fumikazu Kojima)、平松 有(Yu Hiramatsu)、安藤匡宏(Masahiro Ando)、吉村 明子(Akiko Yoshimura)、野妻智嗣(Satoshi Nozuma)、崎山佑介(Yusuke Sakiyama)、橋口昭大(Akihiro Hashiguchi)、岡本裕嗣(Yuji Okamoto)、松浦英治(Eiji Matsuura)、山崎 亮(Ryo Yamasaki)、橋田秀司(Hideji Hashida)、久野 正(Tadashi Hisano)、岡田純一郎(Junichiro Okada)、原 太一(Taichi Hara)、榊間春利(Harutoshi Sakakima)、須田晃治郎(Kojiro Suda)、吉田英樹(Hideki Yoshida)、山口政光(Masamitsu Yamaguchi)、三井 純(Jun Mitsui)、辻 省次(Shoji Tsuji)、高嶋 博(Hiroshi Takashima)
DOI
本研究は、厚生労働省 厚生労働科学研究費補助金(2016100002B)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)(201442014A, 201442071A, JP14ek0109065, JP20ek010949)、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業(JP18H02742, JP20K16604, JP21K15702, JP21H02842, JP22K15713, JP22K07495, JP22K07519, JP23K06931, JP23K06966, JP24K18708)、および京都工芸繊維大学 昆虫先端学術推進拠点共同研究プログラム(2020006)の支援を受けて行われました。
本研究にご協力いただきました患者様とご家族の皆様、主治医の先生方に感謝申し上げます。
図1

図2

図3

用語解説
※1: シャルコー・マリー・トゥース病(CMT)
手足の末梢神経が障害されることで筋力低下やしびれ、歩きにくさなどを生じる遺伝性の神経疾患の総称であり、日本では指定難病に指定されています。1886年に報告された疾患で、多くは小児期から若年期に発症しますが、中高年で発症することもあり、症状はゆっくり進行することが特徴です。原因として100種類以上の遺伝子が関与することが知られており、遺伝子の変異によって末梢神経の機能異常が生じます。診断は、神経学的診察や神経伝導検査などを行い、遺伝子検査によって確定されます。現在のところ根本的な治療法は確立されていませんが、リハビリテーションなどによる対症療法が行われており、将来的な治療法の開発が期待されています。
※2: FAT3(FAT Atypical Cadherin 3)遺伝子
細胞同士の接着や相互作用を司る「FATカドヘリンファミリー」の一つです。脳や脊髄などの神経系が発達する過程で、神経細胞の形を整えたり、神経の突起(軸索)を正しい場所に導いたりする重要な役割を担っています。
※3: 両アレル性変異
父方と母方の両方から引き継いだ一対の遺伝子の両方に変異がある状態を指し、常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)の形式をとります。
※4: 軸索型ニューロパチー
末梢神経を構成する「軸索(電気信号を伝える電線のような構造)」そのものが変性・消失するタイプの神経障害です。今回のFAT3変異患者でも、電気生理学的検査や病理組織検査によって、このタイプの障害が確認されました。
鹿児島大学について
鹿児島大学は、9つの学部と9つの大学院研究科を擁する、南九州における最高学府です。南九州から南西諸島など南北600キロに及ぶ県土を本学のキャンパスとして、そこにある自然・歴史・風土・産業を土台に活動しています。地域とともにある大学として「知」と「智」の力をもって、“進取の精神で、地域と世界の未来に挑む教育研究拠点”となることを目指して進んで参ります。
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