ストレスを受けたときに脳から出る「エクソソーム」が 不安を軽減する作用をもつことを発見
~新しいメンタル治療へつながる可能性~

航空自衛隊・航空開発実験集団・航空医学安全研究隊の溝端裕亮博士、防衛医科大学校の守本祐司教授は、同大学の戸田裕之教授、古賀農人講師、太田宏之准教授、東京医科大学の落谷孝広特任教授、吉岡祐亮講師、株式会社ナノソミックス・ジャパンの小林泰信博士らと共同で、強いストレスを受けたマウスの血液に含まれる「脳由来エクソソーム(脳の細胞から出る極小の袋状の粒子)」に不安を抑える働きがあることを明らかにしました。
この新発見では、短時間の強いストレスを受けたマウスの血液から脳由来エクソソームを回収して、これを別のマウスに投与すると、不安を感じたときに現れるしぐさが弱まることがわかりました。この効果は、エクソソームの中に入っているマイクロRNAという分子が鍵でした。さらに、たくさんの種類があるマイクロRNAの中で、miR-199a-3pと呼ばれるものがとくに重要で、これが神経細胞(ニューロン)におけるMecp2という遺伝子の働きを弱めることを突き止めました(下図)。これらの成果は、エクソソームやマイクロRNAを使った新しい不安関連疾患の治療法につながる可能性を示します。

発表のポイント
●短時間(1時間)のストレスを負荷したマウス由来の脳エクソソームを他のマウスに投与すると、不安の程度を示す指標が改善された。
●ストレス負荷マウス由来の脳エクソソームに含まれるマイクロRNAのうち、miR-199a-3p、miR-99b-3p、miR-140-5pの量が増加していた。
●人工的に合成したmiR-199a-3p、miR-99b-3p、miR-140-5pの混合物を投与しても、不安の指標が改善された。
●不安の改善を引き起こすしくみとして、miR-199a-3pが神経細胞(ニューロン)のMecp2遺伝子に直接結合し、その働きを弱めることが示された。
研究の背景と経緯
エクソソームは、全身のあらゆる細胞が分泌する直径100 nm程度の小さな袋で、マイクロRNAやタンパク質を内部に含みます。分泌されたエクソソームは、血液に乗って移動し、他の臓器や組織の細胞に取り込まれ、内包する物質によって遺伝子の働きや細胞内の情報伝達を変化させることで、生理的な応答を引き起こします。脳の細胞がつくるエクソソーム(脳由来エクソソーム)は、神経の働きを維持することが知られていましたが、ストレスや不安などの感情との関連はわかっていませんでした。本研究では、強いストレスを受けた際に脳から放出されるエクソソームの内容物と、それが体や感情に及ぼす影響の一端を明らかにしました。
研究の内容
本研究では、急性ストレスを受けたマウスの血液から脳由来エクソソームを回収し、その働きを調べました。これには不安を和らげる作用があり、その主役がエクソソーム内のマイクロRNAであることを示しました。さらに、このエクソソームがどの組織のどの遺伝子に働くのかを特定し、しくみの一部を明らかにしました。
水浸拘束ストレス(1時間)を与えたマウスの血液から、脳由来エクソソームを回収しました(図1)。このエクソソームを別のマウスに静脈内または脳室内投与したところ、オープンフィールド試験および高架式十字迷路試験において、不安が弱まったときに特徴的にみられる行動(不安を感じるエリアでの行動の増加)が確認されました(図2)。次に、エクソソームの中身(マイクロRNA)を詳しく調べると、miR-199a-3pとmiR-99b-3p、miR-140-5pが顕著に増加していました。これらの3つを人工的につくって混ぜたものをマウスに投与すると、同じように不安が和らぐ効果が見られました。
しくみを調べるため、脳の細胞(ニューロンなど)を用いて検討したところ、3つのうち最も重要なのは、miR-199a-3pで、これがニューロンにおけるMecp2の働きを弱めることがわかりました。


今後の展開
世界で初めて、急性ストレス時の脳から出るエクソソームが不安を軽減させる可能性を示しました。今後、エクソソームやマイクロRNA を使った新しい精神疾患治療やストレス緩和法への応用が期待されます。実用化には、ヒトでの検証、安全性評価、製剤化に向けた検討が今後の重要な課題になります。
用語解説
エクソソーム
細胞が出す極小の小さな袋。内部に放出元の細胞にあるマイクロRNAやタンパク質を含む。血流に乗って内容物を離れたところにある組織・細胞へ運び、届けた先の細胞の働きを調節する。
脳由来エクソソーム
脳細胞が出すエクソソーム。血液中から回収することができ、放出元の脳にある物質(マイクロRNAやタンパク質など)を内部に含む。
マイクロRNA
遺伝子の働きを弱める小さなRNAの一種。ヒトでは約2600種類ほどが知られているが、働きがよくわかっていないものが多数ある。それぞれのマイクロRNAは、“miR-◯◯”のように番号で区別される。
Mecp2
神経の働きに関わる遺伝子。この遺伝子の働きの変化が不安行動に影響することが知られている。
論文情報
雑誌名
Translational Psychiatry
論文タイトル
Stress-induced brain extracellular vesicles ameliorate anxiety behavior
著者
Yusuke Mizohata, Yusuke Yoshioka, Minori Koga, Hiroyuki Toda, Hiroyuki Ohta, Yasunobu Kobayashi, Takahiro Ochiya, Yuji Morimoto
DOI
10.1038/s41398-025-03754-0




