【名城大学】肺に効率的に届けて長く留まる機能性吸入粉末薬を設計
吸入粉末剤は、喘息やインフルエンザなど、多種多様な呼吸器系疾患に対する治療へのさらなる展開が大きく期待されています。名城大学薬学部の奥田知将准教授のグループは、従来の吸入粉末剤の課題を克服しうる、吸入により薬物の肺内送達と肺内滞留を両立する粉末微粒子を作成する方法を開発しました。本研究成果は、Elsevier B. V.社が出版する国際学会誌「Journal of Pharmaceutical Sciences」に掲載されました。
【本件のポイント】
・粘膜付着剤と分散補助剤を組み合わせた中空多孔性に富む粉末微粒子を簡便に作成
・分散補助剤の適用により、粉末微粒子の気中分散性・肺送達性・耐吸湿性を改善
・小動物への気管内投与で、毒性を示すことなく、肺内での薬物滞留性の向上を達成
【研究の背景】
吸入粉末剤は、標的部位の肺に薬物を直接かつ非侵襲的に送達できる利点に加え、使用簡便性や保存安定性にも優れた実用的な医薬品製剤であり、喘息や感染症など多種多様な呼吸器系疾患に対する治療へのさらなる展開が大きく期待されています。実用的な吸入粉末剤を開発するには、サイズや形状など粒子構造の緻密な制御が必要不可欠ですが、汎用性の高い処方・製造技術は未だ確立されていません。一方、吸入した粉末微粒子が気道上皮に沈着すると、粘膜線毛クリアランス注1)と呼ばれる呼吸器系に特有の防御機構により排除されやすく、作用の短縮や減弱が懸念されます。
その対策として、粉末微粒子の成分に粘膜付着剤を適用することで気道上皮への付着機能による薬物の肺内滞留を期待できますが、固有の粘性に伴って粒子間の凝集性が増大する結果、吸入剤に求められる良好な気中分散性および肺送達性の達成が困難です。
そこで本研究では、吸入剤応用に適した低密度の粉末微粒子を簡便に製造可能な噴霧急速凍結乾燥 (SFD)注2)を採用し、粘膜付着剤 (メチルセルロース (MC))と分散補助剤 (ロイシン (Leu)およびジロイシン (diLeu))を組み合わせたSFD微粒子を新たに作成し、吸入剤としての適用性ならびに薬物の肺内滞留効果を検証しました。
【研究内容】
作成したSFD微粒子を電子顕微鏡で観察したところ、成分による大きな違いはみられず、すべてのSFD微粒子が10–20 µmの直径で中空多孔性に富む球状構造を有していました (図1)。
次にSFD微粒子の物性を評価したところ、MC単独から成るSFD微粒子では、粒子同士の凝集により気中で分散し難く、また吸湿しやすい点からも、吸入剤としての適用が困難でした。一方、LeuまたはdiLeuと組み合わせることで、SFD微粒子の気中分散性と耐吸湿性が改善され、肺送達率が約4%から20–25%まで顕著に増大し、実用化された吸入剤と同程度の肺送達率に達しました (表1)。
これらのSFD微粒子をマウスに気管内投与した後、モデル薬物として含有したインドシアニングリーン由来の近赤外蛍光をin vivo蛍光イメージング注3)により経時的に検出・解析した結果、MCを含む水溶液と同様にSFD微粒子でも、MCを含まないICG水溶液と比べて肺局所でより長時間にわたり強い蛍光が検出され、MC含有による肺内での薬物滞留性の向上効果が示唆されました (図2)。一方、肺障害性マーカーとして測定した体重・肺重量・動脈血酸素飽和度・気管支肺胞洗浄液注4)中の有核細胞数に変化はみられず、これらのSFD微粒子の高い安全性が窺えました。



【今後の展開】
今後は、他の粘膜付着剤の採用や分散補助剤との混合比、噴霧・乾燥条件など、処方・製造条件の最適化をさらに進める計画を立てています。また、低分子化合物から核酸やワクチンなど多種多様な薬物に応用し、有効性をさらに実証していくことで実用化を目指していきたいと考えています。
【研究助成金】
本研究はJSPS科研費 JP21890278の助成を受けたものです。
【用語の解説】
1) 粘膜線毛クリアランス
気道内で粒子が粘膜上皮に沈着した際に、上皮上の線毛運動により粒子を咽頭方向へ送り出す除去機能のことです。呼吸器系に侵入したゴミや細菌などに対する生体防御システムとしてはたらきます。冬に呼吸器感染症がはやるのは、低温・低湿度の空気を吸うことでこの作用が損なわれるためです。
2) 噴霧急速凍結乾燥 (spray freeze drying: SFD)
成分溶液を液体窒素中に噴霧することで液滴を瞬間凍結し、凍結乾燥機内で昇華により溶媒を除去する乾燥技術です。凍結した液滴中の溶媒が除去される過程で空洞が形成され、中空多孔性に富む球状の粉末微粒子が得られます。また、凍結した液滴の表面積が大きいため、従来の凍結乾燥よりも乾燥時間を短縮できる利点もあります。
3) in vivo蛍光イメージング
生きた状態の動物に対して、体内から発する近赤外蛍光 (組織透過性が高い)を非侵襲的に検出し、画像化する技術です。薬物の体内動態や遺伝子の発現を評価・解析するのに汎用されています。
4) 気管支肺胞洗浄液
生理食塩水やリン酸緩衝液などを気道内に注入し、肺内の液性成分や細胞を回収したサンプルのことで、肺の状態を知る検査に用いられます。肺炎などの障害を生じた際には、このサンプル中の有核細胞数 (遊走した好中球など)が増加します。
【掲載論文】
タイトル:Development of an inhaled spray-freeze-dried powder composed of methyl cellulose and a dispersion enhancer for prolonged pulmonary drug retention and high aerosol performance
著者:Motoki Sugiura, Tomoyuki Okuda, Hirokazu Okamoto
掲載誌:Journal of Pharmaceutical Sciences
掲載日:2025年7月16日
DOI:10.1016/j.xphs.2025.103907
URL:https://doi.org/10.1016/j.xphs.2025.103907
【お問い合わせ先】
・研究内容に関すること
名城大学 薬学部 准教授 奥田 知将(おくだ ともゆき)
TEL:052-839-2654 E-mail:tokuda@meijo-u.ac.jp
・広報担当
名城大学渉外部広報課
TEL:052-838-2006 Email:koho@ccml.meijo-u.ac.jp




