腟内常在菌Lactobacillus crispatusは、 付着依存的に宿主抗菌ペプチド応答を制御する
健康な日本人女性よりヒトβデフェンシン-2産生誘導能が特に高いL. crispatus菌株を取得

北里大学薬学部の伊藤雅洋助教、株式会社ハナミスイの高田敏彦研究員らの研究グループは、代官山ウィメンズクリニックの佐藤陽一医師と共同で、健康な日本人女性から分離した腟内乳酸桿菌Lactobacillus crispatusが、腟上皮細胞において抗菌ペプチド【※1】であるヒトβデフェンシン-2 (HβD-2)【※2】の産生を誘導することを明らかにしました。また、このHβD-2産生誘導能は菌株ごとに大きく異なり、その強さは腟上皮細胞への付着能と相関することが示されました。さらに、この作用は死菌においても維持されることが確認されました。
これらの結果から、L. crispatusの有益作用は菌株特異的であり、付着性が自然免疫応答の活性化に関与する重要な因子である可能性が示されました。本研究は、女性生殖器の健康維持や新たなプロバイオティクス開発に資する知見を提供するものです。
本研究成果は、2026年4月25日付で国際科学誌『Open Forum Infectious Disease』にオンライン掲載されました。

研究の背景
ヒト成年期の女性生殖器、特に腟には、乳酸桿菌属のL. crispatus、L. iners、L. gasseriまたはL. jenseniiのいずれかが優勢に常在することが知られています。これらの乳酸桿菌は、乳酸を産生して腟内pHを低下させることで細菌性腟症(Bacterial vaginosis: BV)やヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus, HIV)の感染リスク、早産の発症リスクを低下させるほか、体外受精後の出生率にも寄与するなど、女性生殖器の健康維持に重要な役割を果たしていると考えられています。
中でも、L. crispatusが優勢な腟内環境は、早産、子宮頸がん、不妊のリスク低下と有意に関連することが報告されています。
一方、デフェンシンはヒト上皮細胞から分泌される抗菌ペプチドであり、自然免疫において重要な役割を担っています。β-デフェンシン(βD)は、粘膜上皮や皮膚に発現し、特にヒトβD-2(HβD-2)は、グラム陰性菌、真菌、さらにはHIVや水痘・帯状疱疹ウイルスなどのウイルスに対しても強力な抗微生物活性を示します。一方、乳酸桿菌を含むグラム陽性桿菌に対する抗菌活性は比較的限定的であることが知られています。近年、2,000人の妊婦を対象としたコホート研究において、腟粘液中のHβD-2濃度が高いほど、早産リスクが低いと報告されました(Elovitz et al., Nature Commun. 2019)。特に注目すべき点は、HβD-2濃度が低い場合には乳酸桿菌が優勢な腟内環境であっても早産率が高い点です。これらの知見から、腟粘液中のHβD-2濃度を高いレベルに維持することが、腟内環境の恒常性維持に加えて、早産リスクの低減に寄与する可能性が示されています。
これまで、乳酸桿菌が宿主の上皮細胞においてβDの発現を誘導することは報告されていましたが、L. crispatusによるHβD-2産生誘導メカニズムや、菌株差に関する知見は十分ではありませんでした。そこで本研究では、腟上皮細胞におけるHβD-2産生誘導能と菌の付着性との関連について評価しました。
研究内容と成果
本研究では、医師により健康と診断された日本人女性より取得したL. crispatus 17菌株および実験菌株1株について、腟上皮細胞VK2/E6E7と共培養を行い、上皮細胞におけるHβD2 mRNA量を比較しました。その結果、腟上皮細胞においてL. crispatusはHβD2 mRNA発現誘導能を有すること、一方この活性は菌株により大きく異なることが明らかになりました。HMS-115, 122は、特に活性の高い菌株であることが明らかになりました(図2)。

図2. 腟上皮細胞におけるL. crispatusによるHβD2 mRNA発現誘導能は菌株により大きく異なりました
L. crispatusを腟上皮細胞と感染多重度【※3】(MOI)50にて6時間共培養後、細胞からRNAを抽出しました。cDNAを調製後、定量PCRを用いてHβD2またはGAPDHのmRNA量を 測定しました。各値はGAPDH mRNA量で補正し、DPBS処理細胞における値を1に設定しました。縦軸はDPBS対照群と比較したHβD2 mRNAの相対的変化を示し、青の縦棒はDPBS対照群と比較し有意に発現亢進した臨床分離菌株を示しています。
HβD2 mRNA発現誘導活性の計測と同様に、L. crispatus 18菌株、また本研究にて取得したL. gasseri 3菌株について、腟上皮細胞への付着能を評価しました。その結果、高いHβD2 mRNA発現誘導能を有する菌株では付着能は高かった一方、低いHβD2 mRNA発現誘導能を有する菌株では付着能は低いことが明らかになりました(図3A)。これらの相関を調べてみると、HβD2 mRNA発現誘導能と付着能は正の相関があることが明らかになりました(図3B)。

図3. 腟上皮細胞におけるL. crispatusのHβD2 mRNA発現誘導能は付着能と相関しました
L. crispatusを腟上皮細胞と感染多重度(MOI)50にて (A) 4時間または (B) 6時間共培養 しました。(A) 細菌細胞および宿主細胞の核をDAPIを用いて青色に染色しました。白色横棒は10 μmを示します。蛍光顕微鏡下にて細菌に付着した細菌数を計数しました。(B) HβD2 mRNAの相対的変化と腟上皮細胞に付着したL. crispatus菌数との間に有意な正の相関関係が認められました。点線は近似直線の95%信頼区間を示しています。
L. crispatus加熱死菌と共培養した際の腟上皮細胞におけるHβD2 mRNA量およびHβD-2産生量は、生菌を用いた場合と同程度でした(図4A, B)。生菌を用いた際、腟上皮細胞においてTNFαやIL8などの炎症誘発性サイトカインの発現が有意に上昇しましたが、加熱死菌ではそのような作用は認められませんでした(図4C, D)。対照的に、粘液ムチンであるMUC1 mRNA量は、生菌を用いた場合と比較し、加熱死菌を用いた場合に有意に増加しました(図4E)。

図4. L. crispatusの加熱死菌体では、腟上皮細胞におけるHβD-2 産生量は生菌と同程度であった一方、炎症性サイトカイン発現誘導能は有意に低下し、粘液ムチン発現誘導能は有意に亢進されました
L. crispatusを腟上皮細胞と感染多重度(MOI)50にて (A, C-E) 6時間または(B) 24時間共培養しました。(A, C-E) 細胞からRNAを抽出しcDNAを調製後、定量PCRを行い、(A) HβD2, (C) TNFα, (D) IL8, (E) MUC1またはGAPDHのmRNA量を測定しました。
各値はGAPDH mRNA量で補正し、DPBS処理細胞における値を1に設定しました。縦軸はDPBS対照群と比較した各標的mRNAの相対的変化を示しています。(B) 細胞上清中のHβD-2ペプチド量をELISA法で測定しました。
今後の展開
HβD-2は、細菌、真菌、および一部のウイルスに対する防御作用を担う抗菌ペプチドであり、その産生量は自然分娩率と正の相関を示すことが報告されています。本研究により、L. crispatusが腟上皮細胞においてHβD-2産生を誘導すること、さらにその誘導能は菌株ごとに大きく異なることが示されました。これらの結果から、HβD-2産生を強力に促進する特定のL. crispatus菌株が、腟内環境の恒常性維持に加えて、早産リスクの低減に寄与する可能性が示されました。また本研究成果は、従来の菌種レベルではなく、菌株レベルでの機能評価の重要性を示すものであり、腟内マイクロバイオーム研究に新たな視点を提供します。
今後は、HβD-2産生誘導能が特に高かった菌株について、臨床応用に向けた検証研究を進め、有効性および安全性の評価を通じて、女性生殖器の健康維持や早産予防を目的としたプロバイオティクスおよびポストバイオティクスの実用化を目指します。
論文情報
掲載誌:Open Forum Infectious Disease
論文名:Induction of human β-defensin-2 by vaginal Lactobacillus crispatus strains in vaginal epithelial cells correlates with their adhesion abilities
著 者:伊藤 雅洋 *、片岡 実咲、麻生 海音、袮津 奈苗、高田 敏彦、奥田 菜々花、須藤 綾花、外塚 詩歩、吉岡 桐佳、佐藤 陽一、小倉 直樹、名知 英樹、方 智煥、岡田 信彦、金 倫基、野本 康二 (*責任著者)
DOI:10.1093/ofid/ofag193
用語解説
※1 抗菌ペプチド:細菌の細胞膜を直接攻撃することで殺菌作用を発揮するペプチド(アミノ酸が数十程度連なって形成)です。ヒトでは、外部と接触する皮膚や口腔、消化器、泌尿器などあらゆる部位で産生されており、自然免疫において重要な役割を担っています。
※2 ヒトβデフェンシン-2:β-デフェンシン(βD)は、外部環境と直接接触する粘膜上皮や皮膚に発現しています。βDペプチドであるヒトβD-2(HβD-2)は、大腸菌(Escherichia coli)や緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)などのグラム陰性菌、およびカンジダ菌(Candida albicans)を含む真菌、HIVや水痘・帯状疱疹ウイルスなどのウイルスに対して、強力な抗菌活性を 示します。
※3 感染多重度(Multiplicity of Infection: MOI):1腟上皮細胞あたりに共培養させるL. crispatus菌数の比率を表しています。
問い合わせ先
≪研究に関すること≫
北里大学薬学部微生物学教室 助教 伊藤 雅洋 e-mail:itom@pharm.kitasato-u.ac.jp
≪取材に関すること≫
学校法人北里研究所 広報室
〒108-8641東京都港区白金5-9-1
TEL:03-5791-6422
e-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp
株式会社ハナミスイ
〒160-0023東京都新宿区西新宿6-15-1
セントラルパークタワー・ラ・トゥール新宿607号室
TEL:03-6304-5797
担当:藤原
e-mail:biz@hanamisui.jp






