経済格差による学力格差の克服に光
~「大阪市の授業改善」が示す高い費用対効果~
神戸大学、同志社大学、大阪市総合教育センターの研究チームは、大阪市の小・中学校を対象に実施した実証分析により、家庭の社会経済背景(SES)によって生じる学力格差が、「授業改善」を中心とした教育施策によって緩和されることを明らかにしました。この研究では、全国学力・学習状況調査(2017年・2024年・2025年)と「大阪市 子どもの生活に関する実態調査」(2016年・2023年)のデータを用いて分析しました。
研究の背景
日本では、子どもの約9人に1人が相対的貧困の状態にあり、家庭の経済状況が学習環境や学力に大きな影響を与える構造が続いています。家庭の所得や保護者の学歴などによって教育機会に格差が生じ、学力の差が将来の進学・就業機会の格差につながるという「教育格差の連鎖」が深刻な社会問題となっています。こうした中で大阪市は、2016年度から「安全・安心な教育環境の実現」と「学力・体力の向上」を最重要目標とする教育改革に着手し、学校全体の授業の質を高める「授業改善型アプローチ」を中心に学力向上施策を展開してきました。授業改善は、特別な施設整備や追加予算を必要とせず、教員の指導力向上や授業設計の工夫を通じて、すべての子どもが恩恵を受けられることを狙いとした取り組みです。今回の研究は、この大阪市の施策の効果を、社会経済的背景(SES)の違いを考慮しながら実証的に検証したものです。
研究結果について
本研究では、2017年、2024年、2025年の全国学力・学習状況調査のデータから、全国平均が100となるように標準化した大阪市の得点を比較した結果、以下の成果が確認されました。
- 社会経済的背景と学力が相関しています
本研究では、2016年と2023年に行われた「大阪市 子どもの生活に関する実態調査」における保護者調査によって得られたデータを利用して、家庭の所得、父親学歴、母親学歴などの変数を合成して作られる社会経済的背景(SES)の指標を作成しました。さらに学校単位のSES指標を作成して分析します。すると、2017年、2024年、2025年のどの全国学力・学習状況調査の成績も、SESと相関がありました。家庭の経済的状況が厳しい学校ほど成績も低くなっていました。
- 学力向上施策の後には学力が向上しています
大阪市では、かつて、全国でも学力が低迷する自治体の1つでした。そこで、2018年から教員の指導力向上と授業内容の改善に取り組む学力向上施策を推進してきました。2024年、2025年の成績は、小学校国語・算数、中学校国語・数学のすべてが、有意に上昇していました。図1は小学校の2017年、2024年、2025年の成績の比較です。中学校も同様です。
図 1 大阪市小学校学力変化(施策実施前と施策実施後との標準化得点変化)

- 社会経済的背景のすべてのレベルで学力が向上
大阪市の全ての学校を、SESの高低により4つのグループ(レベル1~4)に分類して分析したところ、小学校では国語・算数ともにすべてのレベルにおいて施策導入後の学力が導入前よりも有意に上昇していました。中学校でも国語・数学のすべてのレベルで改善がみられ、レベル1は有意に上昇し、学力向上施策が全体の底上げに寄与したことが明らかになりました。図は小学校国語の例です。

- レベル1の学校群が高い成績増加率
家庭の経済的状況が最も厳しい「レベル1」の学校群において、学力の増加率が2024年は全教科で他のレベルを上回り、2025年も小学校算数を除いて、他のレベルを上回る結果となりました。小学校算数も、レベル1の成績増加率は高く、授業改善が家庭の経済格差を補う「教育の補償機能」として実効性を持つことを示しています。
論文
著者
・西村 和雄(神戸大学)
・八木 匡(同志社大学)
・古閑 龍太郎(大阪市総合教育センター)
・岩澤 政宗(同志社大学)
・谷口 璃華(大阪市総合教育センター)
タイトル
「授業改善による格差是正の持続的効果:大阪市におけるSESと学力・学習意識の実証分析」『神戸大学経済経営研究所ディスカッションペーパー』として、2025年12月3日公開予定。
神戸大学計算社会科学研究センター
活動内容
計算社会科学研究センターは、社会科学、計算科学、データサイエンスの融合領域における共同研究を行い、新しい社会科学としての計算社会科学を確立する国際研究拠点の形成を推進している。



