コウモリは獲物を見つけるために"静寂"を作る
-驚異的な超音波戦略を解明-
【ポイント】
〇 コウモリは、音を"聞くだけ"でなく、自ら"静寂"を作り出して獲物を探していた ―― 驚異の感覚戦略を解明
〇 エコーロケーションに用いる超音波の周波数を精密に制御することで、周囲からの雑音を排除し、獲物の反響音だけが際立つ"音の空白領域(サイレント・スペクトル窓)"を形成していたことを発見
〇 雑音下でも必要な信号を高精度に抽出する新たな原理として、将来的にはノイズキャンセリング、レーダー、ソナー、超音波センシングなど次世代の情報・計測技術への応用への期待が大きい
【概 要】
同志社大学大学院 生命医科学研究科 修了生の吉田創志 氏(現 アメリカ自然史博物館(日本学術振興会・海外特別研究員))、同志社大学 生命医科学部 飛龍志津子 教授らは、コウモリがエコーロケーションで使う超音波の周波数を巧みに調整することで、獲物を検知するために周囲の雑音を抑えた"静かな周波数帯"を自ら作り出していることを発見しました。
コウモリは、超音波を発し、その反響音(エコー)を聴くことで周囲の環境や獲物の位置を把握するエコーロケーションを行います。しかし飛行中には、自身の飛行によってドップラー効果が生じ、エコーの周波数は発したときよりも高くなって返ってきます(救急車のサイレンの音が近づくと高く、遠ざかると低く聞こえるのと同じ現象です)。森林などに生息する一部のコウモリでは、この周波数の上昇を打ち消すように、飛行速度に応じて発する超音波の周波数を下げる「ドップラーシフト補償行動」を行うことが知られていました。しかし、この行動の根本的な役割は、これまで明らかになっていませんでした。
本研究では、飛行中のコウモリの背中に小型マイクロホンを装着し、獲物を捕える際のコウモリが発した超音波と、コウモリに届く獲物と周囲からのエコーを直接計測しました。その結果、ドップラーシフト補償行動によって、周囲からのエコー(雑音)が常に一定以下の周波数帯に押し下げられ、その結果として、その上の周波数帯において、獲物からのエコーの検知に適した"静かな周波数帯"がつくり出されていることを明らかにしました。本成果は、生き物がノイズの多い環境でも重要な情報を確実に捉えるために、感覚だけでなく周囲の音の物理環境そのものを操る戦略を進化させてきたことを示すものです。
【背 景】
キクガシラコウモリは、飛行中に自らの速度によって生じるドップラー効果を打ち消すように、放射する超音波の周波数を低下させることが知られています。この行動により、物体から返ってくる主なエコーの周波数は参照周波数と呼ばれている一定の周波数に保たれます。また、コウモリの聴覚は参照周波数付近で最も高い感度を示すことから、"よく聞こえる周波数"でエコーを常に捉えるための戦略であると考えられてきました。しかし、実際には、生存にとって極めて重要な「獲物を捕らえる瞬間」において、獲物からのエコーはこの補償の対象にならないことが知られています。これは、従来の説明では十分に説明できない現象です。この矛盾に着目し、吉田さんらは、ドップラーシフト補償にはこれまで見過ごされてきた別の戦略的な役割があるのではないかと考え、本研究に取り組みました。
【研究成果】
吉田さんら研究チームはまず、コウモリがドップラーシフト補償の対象とするエコーの特徴を明らかにするため、マイクロホンとスピーカーを用いて仮想的なエコーを呈示する実験を行いました。その結果、コウモリは最も強いエコーではなく、最も周波数の高いエコーを対象にドップラーシフト補償を行っていることが明らかになりました(図1)。
続いて、コウモリの背中に小型マイクロホンを搭載し、飛行中に実際に聴取しているエコーを計測しました。コウモリが飛行中に受け取るエコーは、周囲の物体との相対速度の違いにより、さまざまな方向から異なる周波数をもつ複数のエコーとして同時に到来します。計測の結果、コウモリはそれらの中で最も高い周波数のエコーに補償を行うことで、それより高い周波数帯にはエコーが全く存在しない"静かな周波数帯域"が生じることが分かりました(図2)。さらに、羽ばたく獲物からの特徴的なエコー(スペクトルグリント)が、この静かな帯域で捉えられていることも確認されました(図3)。すなわちコウモリは、背景となる植生などからのエコーを参照周波数以下となる低い周波数側に押し込み、獲物検知に有利な"静かな周波数帯域"を自ら作り出していると考えられます。
この仮説を検証するため、研究チームはスピーカーから人工的にノイズを再生し、コウモリの獲物検知能力の変化を調べました。その結果、この"静かな周波数帯域"にノイズを加えると、獲物を検知できる割合が大幅に低下することが明らかになりました(図4)。このことから、この帯域の「静けさ」が獲物検知に本質的に重要であり、ドップラーシフト補償がこの静かな帯域を作り出すための戦略であるという仮説が強く支持されました。
エコーロケーションによって獲物を探索するコウモリ、特に森林に生息するキクガシラコウモリにとっては、植物や地面からの反射音、すなわちノイズが多く、獲物からの弱いエコーの発見は極めて困難な課題です。それにもかかわらず、本種は羽ばたく昆虫の検知に優れた能力を示します。ドップラーシフト補償行動自体は古くから知られ、盛んに研究されてきましたが、この行動が複雑な音環境における獲物検知とどのように結びついているのかを直接示した研究は、これまでほとんどありませんでした。
本研究は、コウモリが音の周波数を調整することで、エコーによる音環境そのものを能動的に操作しているという新しい視点を提示した点で重要です。本成果は、「Horseshoe bats (Rhinolophus nippon) suppress clutter noise through echolocation frequency control to detect prey」の題目で、Springer Natureが発行する国際学術誌 Communications Biology に2026年5月19日(英国時間)付で掲載されています(オープンアクセス)。
【論文情報】
掲載誌: Communications Biology
論文タイトル: Horseshoe bats (Rhinolophus nippon) suppress clutter noise through echolocation frequency control to detect prey
(キクガシラコウモリは獲物を検知するために、エコーロケーションの周波数を調整して背景ノイズを抑制する)
著者: Soshi Yoshida、 Haruhito Mastumoto、 Kohta I. Kobayasi、 and Shizuko Hiryu
(吉田創志、松本晴仁、小林耕太、飛龍志津子)
【本研究の資金について】
本研究は、文部科学省・日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:21H05295、24KJ2144、25H00745)、研究助成により実施されました。
【研究者プロフィール】
吉田 創志(ヨシダ ソウシ) アメリカ自然史博物館(日本学術振興会・海外特別研究員)
2026年3月にDoshisha University大学院生命医科学研究科にて博士(工学)を取得、現在は、Japan Society for the Promotion of Science海外特別研究員として、American Museum of Natural Historyに所属している。
専門分野は、コウモリのエコーロケーション(反響定位)、生物音響学、感覚生態学、神経行動学であり、特にコウモリがドップ
ラーシフトした音をどのように利用してナビゲーションや獲物検出を行っているかに焦点を当てた研究を推進。
飛龍 志津子(ヒリュウ シヅコ) 同志社大学 生命医科学部 教授
専門分野は、超音波工学、コウモリの生物音響学(バイオアコースティクス)、センシング技術。これまでに、コウモリのエコーロケーション(反響定位)や音響シミュレーションに関する研究を含め、多数の学術論文を発表している。
コウモリの反響定位や生物音響学に関する研究成果により、文部科学大臣表彰 若手科学者賞やJapan Society for the Promotion of Science賞など、数多くの賞を受賞。
【本研究に関するお問い合わせ先】
吉田 創志(ヨシダ ソウシ)
同志社大学大学院 生命医科学研究科 博士課程修了(2026年)、現・アメリカ自然史博物館(学振海外特別研究員)
E-mail: syoshida@mail.doshisha.ac.jp
飛龍 志津子(ヒリュウ シヅコ)
同志社大学 生命医科学部 教授
TEL: 0774-65-6364
E-mail: shiryu@mail.doshisha.ac.jp
【報道担当】
同志社大学 学長室 総合企画部 広報課
TEL:075-251-3120
FAX:075-251-3080
E-mail:ji-koho@mail.doshisha.ac.jp

(A) 仮想エコー呈示の実験系。コウモリのエコーロケーション音声をマイクロホンで取得し、リアルタイムで信号処理を行った後、スピーカーから仮想エコーとしてコウモリに聞かせた。(B) 呈示音(赤)とコウモリの応答(青)の代表例。一定のドップラーシフト条件(上段)では、仮想エコーに1。5 kHzの周波数上昇を与えると、コウモリはこれを打ち消す方向にエコーロケーション音声の周波数を低下させた。周期変化条件(中段)では、仮想エコーの周波数を0〜1。5 kHzの範囲で5秒周期の正弦波状に変化さると、コウモリはその変化を打ち消すように応答した。複数ドップラーシフト条件(下段)では、異なる周波数変化をもつ複数の仮想エコーを同時に呈示した。このとき、最大強度のエコーの周波数は時間的に変化する一方で、最も周波数の高い弱いエコーは一定に保たれるよう設計した。その結果、コウモリは周波数を一様に低下させた。このことから、コウモリは複数のエコーの中から最も強いエコーではなく、最も周波数の高いエコーを選択してドップラーシフト補償を行っていることが示された。

(A) 実験系および搭載マイクロホン。飛行空間はネットで区切り、外側の壁には吸音材を設置して「静かな壁」とし、内側の壁は反射性を保ち「エコーの大きな壁」とした。これにより、円飛行するコウモリが音の弱いエコーの強いエコーを交互に受け取る環境を構築した。(B) 搭載マイクロホンで記録されたエコーロケーション音声とエコーの周波数パターンの代表例。飛行中には、音量の大きいエコーと小さいエコーが交互に観察され、最も音量の大きいエコーが必ずしも最も高い周波数をもつとは限らないことが確認された。一方で、最も周波数の高いエコーは一貫して一定の周波数を維持しており、ドップラーシフト補償が音量ではなく最も周波数の高いエコーを対象としていることが示された。この結果は、図1の再生実験の結果とも一致する。さらに、この周波数より高い領域にはエコーが存在しない「静かな帯域」が形成されている一方で、それより低い周波数領域には多数のエコーが分布していることが確認された。

(A) 獲物捕獲実験の実験系。天井から糸で吊るしたガ(獲物)を提示し、背中に小型マイクロホンを搭載したコウモリを放して攻撃させた。(B) 獲物捕獲時に搭載マイクロホンで記録されたエコーロケーション音声とエコーの周波数パターンの代表例。攻撃直前には、ガの羽ばたきによって生じる特徴的な反響(スペクトルグリント)が検出された。これらのグリントは、自由飛行実験で同定された「静かな帯域」に現れており、背景エコーが存在しないこの帯域で強調されていることが確認された。

(A) ノイズ再生実験の実験系。コウモリを止まり木にとまらせ、スピーカーの前方にガ(獲物)を提示した。同時にスピーカーからノイズを再生し、コウモリの捕食行動への影響を調べた。実験は3条件で行った:対照条件(ノイズなし)、対照条件(参照周波数より2 kHz低い帯域にノイズ)、および主条件(参照周波数より2 kHz高い帯域、すなわち「静かな周波数帯域」にノイズ)。(B) 各条件における捕食行動の有無。ガ提示後に止まり木から飛び立って捕獲行動を示した場合を○、その場にとどまった場合を×として示した。各列の記号は試行の繰り返しを表す(提示順はランダム化されているため、列間での順序に意味はない)。その結果、「静かな周波数帯域」にノイズを加えた条件では捕食成功率が37。5%(95%信頼区間:21–58%)まで低下した一方、ノイズなし条件およびドップラーシフト補償の周波数より低い帯域にノイズを加えた条件ではいずれも100%であった。このことから、"静かな周波数帯域"が獲物検知に本質的に重要であることが示された。
――取材に関するお問い合わせ――
同志社大学 学長室総合企画部 広報課
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〒602-8580京都市上京区今出川通烏丸東入
e-mail: ji-koho@mail.doshisha.ac.jp





