日本人COVID-19感染回復者で誘導され、長期間維持される強力なキラーT細胞応答を発見

ヒトレトロウイルス学共同研究センター(注1) 熊本大学キャンパスの本園千尋 准教授、後藤由比古 大学院生(当時)(現:熊本大学大学院生命科学研究部 呼吸器内科学講座 医員)、上野貴将 教授、熊本大学大学院生命科学研究部呼吸器内科学講座の冨田雄介 診療准教授、坂上拓郎 教授、熊本大学大学院生命科学研究部 血液・膠原病・感染症内科学講座の中田浩智 准教授、東海大学医学部医学科基礎医学系分子生命科学の中川草 准教授、富山大学学術研究部医学系の岸裕幸 特別研究教授、近畿大学理工学部応用化学科の北松瑞生 准教授らの研究グループは、日本人COVID-19感染回復者において、変異株間で保存され、且つ、HLA-C*12:02に提示されるヌクレオカプシドタンパク質由来のT細胞抗原を発見しました。
抗原特異的な細胞傷害性T細胞は強力な抗ウイルス活性を有しており、機能的な記憶T細胞として感染後1年が経過しても生体内で維持されていることを明らかにしました。さらに、ラ・トローブ大学(豪州)のProf. Stephanie Grasらとの国際共同研究により、機能的に優れたT細胞に備わったT細胞受容体の抗原認識機構を明らかにしました。
本研究成果は令和7年8月28日午前10時(日本時間8月28日午後6時)に、英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版で公開されました。本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業・課題名:新型コロナウイルスに特異的なT細胞の抗ウイルス機能と抗原認識機序の解明」、「エイズ対策実用化研究事業・課題名:HIV感染細胞の異常を感知する新たなヒト自然免疫型T細胞の同定」、「新興・再興感染症研究基盤創生事業(多分野融合研究領域)・課題名:抗ウイルス機能に優れたT細胞を誘導する人工T細胞抗原の開発」、熊本大学アマビエ研究推進事業、武田科学振興財団「医学系研究助成」、日本学術振興会科学研究費助成事業「基盤研究(B)ならびに(C)」、「国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(A))」、新日本先進医療研究財団「研究助成金」、公益信託今井保太郎記念エイズ研究助成基金からの支援を受けて、熊本大学大学院生命科学研究部(呼吸器内科学、血液・膠原病・感染症内科学)、東海大学、富山大学、近畿大学、九州大学、九州医療センター、都立駒込病院、さらに、ラ・トローブ大学(豪州)との国際共同研究として行われました。
【ポイント】
●日本人COVID-19感染回復者において、HLA-C分子に提示されるSARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパク質由来の新規T細胞抗原を同定した。
●強力な抗ウイルス活性を有するT細胞を誘導し、感染から1年後も機能的な記憶T細胞として生体内で維持されていた。
●機能的に優れたT細胞に備わった抗原認識機構を明らかにした。
【背景】
近年、新型コロナウイルス感染症において、中和抗体活性(液性免疫)だけでなく、細胞性免疫を担うT細胞応答が感染制御に重要な役割を果たしていることが明らかになっています。T細胞には、それぞれ固有のT細胞受容体(TCR:T cell receptor)があり、その型によって認識できる抗原が異なるという抗原特異性があります。ウイルスに感染した細胞は、ウイルスタンパク質の断片をT細胞抗原としてHLA(注2) 分子に抗原提示(注3) してT細胞を誘導します。そのため、TCRやHLA分子の違いによって、誘導されるT細胞に違いが生まれます。
最近、本研究の共同研究者であるProf. Stephanie Grasらは、新型コロナウイルス感染症において、HLA-B*15:01という特定のHLAタイプが無症状化と相関することを明らかにしました参考文献1。このことは、HLA-B*15:01拘束性T細胞がウイルスの排除に重要な役割を果たしていることを強く示唆しています。しかし、近年の変異株は特にスパイクタンパク質に様々な変異を有しており、それらの変異によって、中和抗体だけでなく、一部の主要なT細胞のはたらきが失われると考えられます。実際に我々は、日本人の約6割が有するHLAのタイプであるHLA-A*24:02陽性ワクチン接種者ならびに感染者において、デルタ株などの懸念すべき変異株に対してT細胞の抗ウイルス活性が低下することを明らかにしてきました参考文献2, 3。そのため、今後、強力なT細胞を誘導でき、且つ、変異の影響を受けないT細胞抗原の同定が、新たな変異株の流行にも対応できる、T細胞誘導型ワクチンの開発につながっていくと考えられています。
【研究の内容】
本研究では、パンデミック初期の感染回復者の検体を用いて、新型コロナウイルスタンパク質由来の抗原に対するT細胞の応答性について解析を行いました。次に、日本人で高頻度なHLAタイプに着目し、優れたT細胞応答を担っているHLA分子ならびにT細胞抗原の同定を行いました。さらにヒトT細胞とウイルス感染細胞を培養し、ウイルスの増殖を抑制する実験系を用いてヒトT細胞の抗ウイルス機能について解析を行いました。また感染後の抗原特異的ヒトT細胞の頻度や機能について経時的な解析を行いました。さらに機能的に優れたT細胞に備わった抗原認識機序を解明するため、T細胞からTCRを同定し、TCR-抗原ペプチド・HLA複合体の結晶構造解析を行いました。
【成果】
パンデミック初期の感染回復者において、ウイルスのRNAやDNAゲノムを包み込むヌクレオカプシドタンパク質に対するT細胞応答が最も優位であることが明らかになりました。その強力なT細胞応答を担っているHLAタイプならびにT細胞抗原として、HLA-C*12:02に提示されるヌクレオカプシドタンパク質由来の抗原(KF9/C12)を新たに同定することに成功しました。KF9/C12特異的T細胞は、武漢、オミクロンBA.1、BA.2、BA.5株に対して同等のウイルス増殖抑制効果を示し、既知のスパイクタンパク質由来抗原であるQI9/A24特異的T細胞と比較して優れた抗ウイルス活性を示しました(図1)。
また、KF9/C12特異的T細胞は感染1年後も記憶T細胞として生体内に維持されており、再感染時に顕著な増殖活性を有することがわかりました(図2)。
さらに、KF9/C12特異的T細胞からT細胞受容体を同定し、機能的に優れたT細胞に備わったTCR-抗原ペプチド・HLA複合体の結晶構造解析を行いました。その結果、TCRα鎖とβ鎖がそれぞれ抗原と相互作用するという通常の認識様式とは異なり、TCRα鎖が主に抗原の認識を担っているという特徴を明らかにしました(図3)。


【展開】
これまで、細胞傷害性T細胞はHLA-AならびにHLA-B拘束性T細胞応答の解析が主に進められてきましたが、本研究により、新型コロナウイルス感染症において、抗ウイルス活性に優れたHLA-Cアリル拘束性T細胞を初めて同定することに成功しました。また、今回同定したT細胞抗原は、HLA-C*12:02だけでなく、HLA-C*14:02という他のHLAタイプにも提示されてT細胞を誘導することも明らかになり、変異株間で保存され、且つ、複数のHLAタイプに提示されるユニバーサルなT細胞抗原であることが示唆されました。
本成果は、従来のスパイクタンパク質を標的としたワクチンとは異なり、広範なHLA-Cアリルに提示され、配列が比較的保存されたヌクレオカプシドタンパク質由来のT細胞抗原を標的とした、新たな変異株の流行に対応できるワクチン開発に活用できます。
図1:KF9/C12特異的T細胞の優れた抗ウイルス活性
図2:KF9/C12特異的記憶T細胞の経時的変化と再刺激による顕著な増殖活性
図3:TCR-KF9・HLA-C*12:02複合体の結晶構造
【参考文献】
1:Augusto, D. G. et al. A common allele of HLA is associated with asymptomatic SARS-CoV-2 infection. Nature 620, 128-136 (2023).
2:Motozono, C. et al. SARS-CoV-2 spike L452R variant evades cellular immunity and increases infectivity. Cell Host Microbe 29, 1124-1136 (2021).
3:Motozono, C. et al. The SARS-CoV-2 Omicron BA.1 spike G446S mutation potentiates antiviral T-cell recognition. Nat. Commun. 13, 5440 (2022).
【用語解説】
(注1)ヒトレトロウイルス学共同研究センター
ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)やヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-1)などの難治性ヒトレトロウイルスの克服を共通目標に、熊本大学と鹿児島大学が大学の枠を越えて2019年4月に新設した研究センター。
(注2)ヒト白血球抗原(HLA:Human leukocyte antigen)
「自己」と「非自己」の識別などの免疫反応に重要な役割を果たす遺伝子複合体で、機能によってクラスⅠとⅡに分類され、それぞれCD8陽性T細胞、CD4陽性T細胞の認識に関わっている。HLAクラスIはヒトの全身のほぼすべての細胞に発現しており、HLA-A, BならびにCアリルで構成されている。ウイルスが細胞に感染すると抗原提示機能によってウイルスタンパク質のペプチド断片(主に8-11アミノ酸から成るペプチド)がHLAクラスI分子に提示され、それをT細胞がT細胞受容体を介して認識することにより細胞性免疫が誘導・活性化される。血液型のように遺伝によって引き継がれる様々なタイプがある。
(注3)抗原提示
細胞内の異物タンパク質を細胞内で分解し、その断片の一部をHLA分子に提示すること。ウイルス感染細胞ではウイルスタンパク質が分解され、そのペプチド断片をT細胞抗原としてHLA分子に提示される。これにより、ウイルス抗原に特異的なT細胞の誘導が起こる。
【論文情報】
論文名:Molecular basis of potent antiviral HLA-C-restricted CD8+ T cell response
to an immunodominant SARS-CoV-2 nucleocapsid epitope
著者 :後藤由比古#、You Min Ahn#、豊田真子、浜名洋、Yan Jin、有津由樹、仲摩健、
田嶋祐香、Janesha C.Maddumage、Huanyu Li、北松瑞生、岸裕幸、米川晶子、
Dhilshan Jayasinghe、下野信行、長﨑洋司、南留美、遠矢嵩、関谷紀貴、冨田雄介、
Demetra S.M.Chatzileontiadou、中田浩智、中川草、坂上拓郎、上野貴将、
Stephanie Gras*、本園千尋*
(#Equal first authors, *Co-corresponding authors)
掲載誌:Nature Communications
doi :https://doi.org/10.1038/s41467-025-63288-3
URL :https://www.nature.com/articles/s41467-025-63288-3?utm_source=rct_congratemailt&utm_medium=email&utm_campaign=oa_20250828&utm_content=10.1038/s41467-025-63288-3
【関連リンク】
理工学部 応用化学科 准教授 北松瑞生(キタマツミズキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/364-kitamatsu-mizuki.html