【名城大学】建築学の延長上で、社会課題解決をデザイン
高齢化が進む団地内に、 子育て支援の場をオープンした谷田研究室の挑戦
2022年、本学と名古屋市は「名古屋市定住促進住宅の入居促進に関するモデル事業に関する確認書」を締結。その取り組みの一環として、2024年4月に子育て世代を支援する絵本サロンがオープンしました。建築学科の学生とともに絵本サロンの企画、設計から運営までを行う谷田准教授にお話を聞きました。高齢化や空室問題、子育て支援と向き合う、名古屋市定住促進住宅「一つ山荘 絵本サロン105」の取り組みです。
理工学部建築学科 谷田真 准教授
1971年名古屋市東区生まれ。1995年名城大学建築学科卒業。1997年名古屋大学大学院修士課程修了。1997年東京の建築設計事務所、環境デザイン研究所入所。2003年名古屋大学大学院博士課程修了。博士(工学)。2004年名城大学理工学部建築学科講師、2008年University of East London在外研究員を経て、2010年同学科准教授。「四観音道の家」で2014年度グッドデザイン賞ほか受賞多数。日本建築学会、こども環境学会に所属。
実務で経験したものづくりの喜びを、学生たちにも味わってほしい
研究室の活動は、私自身の経験がベースにあります。私は本学の建築学科を卒業後、東京の設計事務所に入社。そこは子どもを育む環境の設計・デザインを得意とし、博物館や水族館なども手掛ける事務所でした。しかし配属されたのは、建築とは異なる科学館のディスプレーを設計する部署。大規模建築に携わる同期を見てモヤモヤした気持ちもあったのですが、やってみると建物と違い納期が短く、自分のアイデアがすぐ形になり、効果をすぐ検証できることを実感。ものづくりの面白さを感じるようになっていました。ただ、もともと独立したいと考えていたこともあり、3年半で退職。名古屋大学大学院の博士課程で学んでいた時に、母校から声をかけていただき、「自分が感じたものづくりの喜びを、今度は学生と共有しよう」と教職の道を志しました。
建築学科では3年次に研究室配属になります。配属から卒業までの短い期間、限られた予算内でアウトプットまでできることとして考えたのが「小さな仕掛け」作り。初期の作品には、広島市現代美術館の階段に板を置いただけの「階段リビング」があります。建築計画学でいう「アフォーダンス」は、アメリカの心理学者であるジェームズ・J・ギブソンが提唱した概念で、環境が人間や動物に対して与える意味や価値のこと。例えば椅子は座る、階段は昇り降りするというアフォーダンスを人に提供しています。ですが階段は昇り降りするものであるということにこだわらなければ、空間としての可能性が広がり、くつろげる居場所や本を置く場所にもなれるわけです。
建築計画学の延長でアイデアを次々と形に、そして社会課題と向き合う活動へ
小さな仕掛けは、建物を造ることからは外れているかもしれない。けれど建築の知識やスキルを使っていることは間違いなくて、これも建築の一つだと学生に伝えています。これまでに移動可能な本棚「ブックワーム」や本学構内にある起業活動拠点ものづくりスペース「M-STUDIO」など、建築計画学の延長上でいくつものアイデアを形にしています。
また研究室では、多文化共生社会を意識した地域コミュニティー環境づくりの一環として、ちりゅう団地「みんなのリビング」プロジェクトをはじめ、多くの地域課題にも向き合ってきました。2011年の東日本大震災以降の社会や建築トレンドのシフトによる影響もあり、人のつながりやコミュニティーが重視されるようになる中で、時代的にも地域・社会課題と向き合うことがより重要になってきたと考えます。
多様性のあるコミュニティーの場を新しいことが起こるきっかけに
小さな仕掛け作りから地域の課題解決まで、さまざまな取り組みで蓄積したノウハウを生かし、現在取り組んでいるのが、名古屋市の定住促進住宅「一つ山荘」プロジェクトです。高齢単身者が増え、空室が増加している団地への入居者を増加させるアイデアの相談からスタートしました。私たちがプロジェクトに携わる時は必ず、時間に余裕があり、途中で修正を加えるといった実験的な試みにトライできるようお願いしていて、そこが強みでもあります。一つ山荘の場合は5年を区切りとして年々アイデアを進化させていく計画で、1年目は差別化を図る入居スタイルとして、家具を自分で手作りするDIYを提案。好評をいただきましたが、翌年に追加課題として名古屋市が力を入れている子育て支援につながる場にできないかと相談がありました。また同時期に依頼があった名古屋市天白図書館、本学社会連携センターとの話がつながり、2024年4月にオープンした「絵本サロン」のアイデアが生まれました。高齢単身者が増える団地にコミュニティーの場を作ることで、学生や親子など若い世代が一時的にでも増えれば、新しい刺激となって何か変わるきっかけになると期待しています。
絵本サロンとして活用する部屋の間取りは3DK。23年度は学生らがDIYで1DKと廊下の改装を行いました。ただし、「賃貸」「原状回復」といった条件から、壁を抜くような大がかりな改装は不可能。そこで逆転の発想で、室内にスリット壁を入れて細分化し、隠れ家のような小さな居場所を発生させました。当然、スリットも突っ張り棒のような仕組みで固定するなど、くぎを1本も使わず、建物に一切傷をつけない工夫を凝らしています。DIYによる改装は、図面を作成するだけでは分からない気付きを得られます。作業効率を高めるにはどう設計すればいいか。ホームセンターの規格に沿うことが時間や予算面でいかに合理的か。自ら手を動かすことで、設計の解像度を高められると考えています。
自ら設計した物の効果を検証し、地域の多様な視点に出会える機会
絵本サロンは、初めて運営するチャンスをいただいたプロジェクト。自分たちが作った物がどんな効果を生むか検証できる貴重な学びの機会になるはずです。オープン以来、さまざまな方がサロンを訪れています。「園児と散歩で立ち寄りたい」「保護者と話す場にしたい」とポジティブに受け止めてくださった保育園の園長先生やDIYに興味を持ち訪れてくれた団地の住人の方もいました。時には「照明が暗く読書に向かない」「子どもがケガをするのでは」といった厳しい意見もいただきますが、学生にとっては多様な視点に出会い、思考を発展させるきっかけになると思います。
24年度は残りの2部屋と庭を整備し、来春グランドオープンを予定しています。学生が暮らすようにふるまいながら運営していく中で、サロンの存在が認知されて多様な人とのつながりが生まれ、新しい展開が起きていくことを期待しています。
地方や中山間地をはじめ地域の課題解決に建築の発想でアプローチ
絵本サロン以外にも、名古屋市と協働による自動車図書館(移動図書館)や、岐阜県瑞浪市の依頼で瑞浪駅周辺の活性化として高校生の居場所づくりを計画しています。瑞浪駅周辺は、商店街のにぎわいが失われているなど、中心市街地としての活性化が課題になっています。これは瑞浪駅に限らず、地方の同程度の人口規模の駅前が同様に抱えている課題。小さな課題を扱っているように見えて、バックグラウンドでは実は大きな課題につながっているわけです。社会課題に対して政治や経済といった上から攻めることも大切ですが、小さな課題から入ることで違うものが見えてきます。ボトムアップ型で地域や社会課題の解決に取り組む一方で、目の前の課題が持つ背景までリサーチし、考察を深める。広く深い視点で社会と向き合うバランス感覚を身に付けることは、学生の将来にとっても重要なものになっていくと考えます。
将来的には自動車図書館のようなモビリティ、「動く空間」にも関心があります。モビリティを活用して中山間地に都市の風を運び、中山間地が持つ資源を都市に持ち帰り伝えていく。双方向のやりとりを、移動する小さな仕掛けでできないか考えています。