ネオニコチノイド系殺虫剤の新しい作用機構を解明 薬剤への抵抗性獲得に関するこれまでの常識を覆す仕組みも発見
近畿大学農学部(奈良県奈良市)応用生命化学科教授 松田 一彦らの研究グループは、筑波大学(茨城県つくば市)、東北大学(宮城県仙台市)、国立遺伝学研究所(静岡県三島市)、SyntheticGestalt株式会社(東京都新宿区)、およびロンドン大学との共同研究により、世界的に広く使用されている、「ネオニコチノイド系殺虫剤※1」の作用機構を解明しました。さらに、標的遺伝子の破壊や抑制により薬剤への抵抗性を獲得するというこれまでの常識を覆し、遺伝子の抑制によって薬剤への感受性が高まるという、逆の仕組みを初めて発見しました。
本研究に関する論文が、令和5年(2023年)2月16日(木)に、遺伝学やゲノミクスに関する国際的な学術誌“PLOS Genetics”にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●世界中で使用されているネオニコチノイド系殺虫剤の新しい作用機構を解明
●ネオニコチノイド系殺虫剤の、ショウジョウバエに対する殺虫効果が高まる仕組みを発見
●本研究成果は、標的遺伝子の破壊や抑制により薬剤への抵抗性を獲得するという、これまでの常識を覆すケースの存在を示唆
【本件の背景】
近年使われている殺虫剤は、昆虫の神経に作用して効果を発揮する薬剤、脱皮や変態など昆虫の成長を制御する薬剤、昆虫に筋収縮を引き起こし摂食停止させて死滅させる薬剤などの数種類に分類されます。なかでも、神経に作用する薬剤が多く、世界で最も広く使用されている「ネオニコチノイド系殺虫剤」は、昆虫の中枢神経に存在するニコチン性アセチルコリン受容体※2 の機能を阻害することで行動に影響を与え、殺虫効果をもたらします。ネオニコチノイド系殺虫剤はヒトに対しては安全と知られていますが、使用が拡大するとともに、ハチなど殺虫対象ではない昆虫のへの影響が懸念されています。さらに、一部の水生生物や昆虫を捕食する鳥類への影響も報告されていることから、ネオニコチノイド系殺虫剤の詳細な作用機構解明が求められています。
【本件の内容】
ネオニコチノイド系殺虫剤の効果に関わる昆虫のニコチン性アセチルコリン受容体は、αサブユニット※3(ショウジョウバエでは7種)とnon-αサブユニット(ショウジョウバエでは3種)が5つ集合した構造をもちます。5つのサブユニットの組み合わせの種類は膨大にあり、ネオニコチノイドはそれらのいくつかに選択的に結合することで昆虫の神経伝達を阻害すると考えられていますが、詳しいメカニズムは不明でした。
今回研究グループは、特定の神経細胞内で一緒に発現しているサブユニットを特定し、独自の技術を用いて、ニコチン性アセチルコリン受容体を再構築しました。その受容体を用いて、各サブユニットがネオニコチノイド系殺虫剤の効果にどのように影響するかを検証しました。その結果、α2サブユニットが存在すると、ニコチン性アセチルコリン受容体に対するネオニコチノイドの活性が低下することがわかりました。さらに、ショウジョウバエのα2サブユニットの遺伝子を抑制したところ、ネオニコチノイド系殺虫剤への感受性が高まることもわかりました。一般的に、標的遺伝子の量が減ると薬剤の効果は低下しますが、逆のケースも存在することが明らかとなりました。
本研究成果により、ネオニコチノイド系殺虫剤の作用機構の一端が明らかになり、これまで常識とされていた薬剤への抵抗性獲得の原理を覆す仕組みが存在することが示唆されました。
【論文掲載】
掲載誌:PLOS Genetics(インパクトファクター:6.02@2021)
論文名:Functional impact of subunit composition and compensation on Drosophila melanogaster nicotinic receptors–targets of neonicotinoids
(ネオニコチノイド系殺虫剤の標的となるショウジョウバエのニコチン性アセチルコリン受容体の機能へのサブユニット構成と補償効果のインパクト)
著者 :小森 勇磨1、高山 浩一1、岡本 直樹2、神谷 昌輝1、小泉 航1、伊原 誠1、三澤 大太郎3、 神谷 幸太郎3、吉成 佑人2、清家 和樹4、近藤 周5,6、 谷本 拓7、丹羽 隆介2、David B. Sattelle8、松田 一彦1,2,9*
所属 :1 近畿大学農学部、2 筑波大学生存ダイナミクス研究センター、3 SyntheticGestalt株式会社、4 筑波大学大学院理工情報生命学術院、5 東京理科大学先進工学部、6 国立遺伝学研究所、7 東北大学大学院生命科学研究科、8 ロンドン大学、9 近畿大学アグリ技術革新研究所
URL :https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1010522
DOI :10.1371/journal.pgen.1010522
【本件の詳細】
研究グループは、先行研究で発見した昆虫のニコチン性アセチルコリン受容体の再構築技術(令和2年(2020年)に米国科学アカデミー紀要で発表)を用いて、ショウジョウバエの神経細胞で発現するα1、α2、α3、β1、β2サブユニットで構築されるニコチン性アセチルコリン受容体に対する、ネオニコチノイドの活性を検証しました。さらに、情報解析技術を用いて、ネオニコチノイドの活性へのサブユニットの寄与を解析した結果、α2サブユニットが加わるとニコチン性アセチルコリン受容体に対するネオニコチノイドの活性が低下することがわかりました。常識的には標的遺伝子が破壊あるいは発現が抑制されるとその標的に作用する薬剤の効果は低下しますが、α2サブユニットの場合は逆で、ショウジョウバエにおいて標的遺伝子の発現を抑制することにより、ネオニコチノイドに過敏に反応するようになると予想されました。実際、神経細胞特異的にα2サブユニット遺伝子の発現を抑制したところ、ネオニコチノイドに対するショウジョウバエの感受性が高まることが観察されました。また、α2サブユニットの発現が抑制されると、他のサブユニットがこれを補償し、ネオニコチノイド過敏現象に寄与する可能性も示唆されました。
これらの成果は、ネオニコチノイドが複雑な作用機構で殺虫活性を発揮していることを初めて定量的に証明し、作用機序が未知の化合物の標的を解明する際、遺伝子破壊あるいは発現抑制による抵抗性の獲得を指標にする従来の研究手法に対して警鐘を鳴らすものです。
【研究者のコメント】
松田 一彦(まつだ かずひこ)
所属:近畿大学農学部応用生命化学科
近畿大学アグリ技術革新研究所
職位:教授
学位:博士(農学)
コメント:これまで誰もできなかった昆虫のニコチン性アセチルコリン受容体の再構築技術と、本受容体の薬理研究では使用されたことがなかった解析手法を組み合わせ、常識をくつがえす薬効発現機構を解明しました。本研究で用いた技術と成果は、ショウジョウバエのみならず、地球上の全昆虫に対するネオニコチノイド系殺虫剤の影響を解析する際に、標準となる技術と知見です。
【研究支援】
本研究成果は、科学研究費補助金「ニコチン性アセチルコリン受容体のダイナミズムの解明に基づく昆虫制御の先端開拓」と本学アグリ技術革新研究所の支援により得られました。
【用語解説】
※1 ネオニコチノイド系殺虫剤:昆虫のニコチン性アセチルコリン受容体に作用し、作物に対する害虫の食害を抑制する。世界の殺虫剤市場のおよそ25%を占めており、現在、イミダクロプリド、チアクロプリド、クロチアニジン、ニテンピラム、アセタミプリド、ジノテフラン、チアメトキサムが作物保護に使用されている。
※2 ニコチン性アセチルコリン受容体:アセチルコリンを神経伝達物質とする興奮性シナプス伝達において、中心的役割を果たしている。ナトリウムイオン、カリウムイオンおよびカルシウムイオンを選択的に通すイオンチャネルをもち、アセチルコリンが結合するとイオンチャネルを開き、神経の膜電位をプラスの方向に変化させる。
※3 サブユニット:タンパク質が集合し、複合体を形成して生理機能を発現する場合、複合体の構成単位であるタンパク質一つひとつをサブユニットという。
【関連リンク】
農学部 応用生命化学科 教授 松田 一彦 (マツダ カズヒコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/152-matsuda-kazuhiko.html
農学部 応用生命化学科 准教授 伊原 誠(イハラ マコト)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/164-ihara-makoto.html
農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/
アグリ技術革新研究所
https://www.kindai.ac.jp/atiri/