定型抗精神病薬「ピモジド」の化学修飾により新規難治性疼痛治療薬として極めて有望な化合物の創製に成功

2022-09-13 14:00
論文概要図

近畿大学薬学部(大阪府東大阪市)病態薬理学研究室教授 川畑 篤史、准教授 関口 富美子、講師 坪田 真帆と、富山大学学術研究部工学系(富山県富山市)生体機能性分子工学研究室教授 豊岡 尚樹、助教 岡田 卓哉らの共同研究グループは、統合失調症治療に用いられる定型抗精神病薬※1「ピモジド」に適切な化学修飾を施すことで、痛みの神経伝達に関わるT型カルシウムチャネル※2 阻害活性を維持しつつ、運動機能障害などの副作用がない化合物を合成することに成功しました。本研究で見出した化合物は、新たな難治性疼痛治療薬として極めて有望であると期待されます。
本研究成果は、令和4年(2022年)8月27日(土)に、医薬品化学分野の権威ある学術誌"European Journal of Medicinal Chemistry"にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●定型抗精神病薬「ピモジド」に適切な化学修飾を施すことにより、T型カルシウムチャネル阻害活性を損なうことなく、運動機能障害などの副作用がほとんどない新規ピモジド誘導体3a、3sおよび4の合成に成功
●合成した新規ピモジド誘導体、特に3a、3sおよび4をマウスに投与をすると、運動機能障害を起こさずに疼痛予防効果を発揮することを確認
●本研究によって得られた新規ピモジド誘導体は、新たな難治性疼痛治療薬として極めて有望

【研究の背景】
モルヒネなどの麻薬性鎮痛薬でも抑えることができない、難治性の疼痛に有効な治療薬の開発が、医療において求められています。こうした痛みの神経伝達には、さまざまなイオンチャネル※3 が関与していることが知られています。近畿大学の研究グループは、先行研究によって、生体内で産生される硫化水素が、カルシウムイオンだけを透過させて細胞を興奮させるT型カルシウムイオンチャネル(以下、T-チャネル)の一つ(Cav3.2)の活性を上昇させることで、神経障害性疼痛※4 や内臓痛などの難治性疼痛の発症に関係することを明らかにしています(前頁図参照)。
そこで、近畿大学と富山大学の研究グループは、T-チャネルを阻害する鎮痛薬の開発を目指して共同研究を進めてきました。定型抗精神病薬である「ピモジド」は、強力なT-チャネル阻害活性を有しますが、一方で、ドパミンにより活性化されて情報伝達を行うドパミンD2受容体(D2R)を遮断する作用もあるため、運動機能障害を引き起こすことが知られています。

【本件の内容】
本研究では、新たな難治性疼痛治療薬の開発を目的に、ピモジドに対して化学修飾を施すことで、高いT-チャネル阻害活性を維持したまま、運動機能障害を引き起こすD2R遮断作用を示さない新規T-チャネル阻害薬の創製を試みました。
合成した32種類の新規ピモジド誘導体について検討した結果、ピモジドと同等のT-チャネル阻害活性を有し、なおかつD2Rをほとんど遮断しない新規ピモジド誘導体3a、3sおよび4を見出しました。これらの新規ピモジド誘導体は、マウスにおいてT-チャネル依存性の体性痛および内臓痛の発症を強力に抑制しましたが、ピモジドにみられるD2R遮断に起因した運動機能障害を全く引き起こしませんでした。
以上の結果より、本研究で見出された新規ピモジド誘導体3a、3sおよび4は、臨床における難治性疼痛の治療に応用可能な化合物として、極めて有望であると言えます。

【論文掲載】
掲載誌:European Journal of Medicinal Chemistry (インパクトファクター: 7.088)
論文名:Discovery of pimozide derivatives as novel T-type calcium channel inhibitors with little binding affinity to dopamine D2 receptors for treatment of somatic and visceral pain.
(T型カルシウムチャネル阻害に基づく体性痛および内臓痛治療への応用を目指したドパミンD2受容体結合能のない新規ピモジド誘導体の創製)
著者 :笠波 嘉人1、石川 千浩2、木野 貴博1、長南 百香3、豊岡 尚樹2,3※、高島 康宏1、井場 祐里子1、関口 富美子1、坪田 真帆1、大久保 つや子4、吉田 繁5、川瀬 篤史6、岡田 卓哉2,3※、川畑 篤史1※ ※責任著者
所属 :1 近畿大学薬学部病態薬理学研究室、2 富山大学学術研究部工学系、3 富山大学工学部、4 福岡看護大学基礎・基礎看護部門、5 近畿大学理工学部生命科学科、6 近畿大学薬学部生物薬剤学研究室

【研究の詳細】
全32種の新規ピモジド誘導体を合成した結果、ピモジド(IC50値 0.16µM)と同等のT-チャネル阻害活性を持ち、D2Rへの結合親和性がほとんどない新規ピモジド誘導体3a、3sおよび4(それぞれのT-チャネル阻害活性IC50値:0.46µM、0.09µM、0.15µM)を見出し、ピモジドのベンゾイミダゾール骨格にフェニルブチル構造を導入することが、D2R結合親和性の低下に大きく寄与することを突き止めました(図1)。

図1 ピモジドの構造変換

特に化合物3aおよび3sは、マウスのCav3.2依存性体性疼痛および内臓痛を強力に抑制し、カタレプシー※5 や神経筋協調運動障害をはじめとした、D2R遮断に起因する運動機能障害を引き起こさないことが明らかとなりました(図2、化合物3sの結果)。
以上の結果から、新規合成したピモジド誘導体、特に3a、3sおよび4は、神経障害性疼痛や内臓痛などの難治性疼痛治療や痒みの治療に、極めて有望な候補化合物であると考えられます。

図2 新規ピモジド誘導体3sは、(A)Na2S誘発性アロディニアを抑制し、(B)カタレプシー反応を惹起しなかった。

【用語説明】
※1 定型抗精神病薬:統合失調症の幻覚、幻聴、妄想などに対して、ドパミンD2受容体遮断作用により改善効果を示す薬物。
※2 T型カルシウムチャネル:細胞膜に存在するカルシウムイオンの出入り口の1つで、膜電位(電圧)が少し上昇するだけで開口し、神経細胞などを興奮させる。
※3 イオンチャネル:主に細胞膜に存在するイオンの出入り口で、特定のイオンのみを濃度勾配に従って細胞の内外に移動させる分子。
※4 神経障害性疼痛:末梢から脳まで伝達する神経の間に障害が起こった際に生じる難治性の痛み。
※5 カタレプシー:受動的にとらされた無理な姿勢を保ち続け、自分の意思で変えようとしない状態。パーキンソン病患者や抗精神病薬投与患者で認められる症状の1つ。

【関連リンク】
薬学部 医療薬学科 教授 川畑 篤史 (カワバタ アツフミ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/564-kawabata-atsufumi.html
薬学部 医療薬学科 准教授 関口 富美子(セキグチ フミコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/647-sekiguchi-fumiko.html
薬学部 医療薬学科 講師 坪田 真帆(ツボタ マホ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/740-tsubota-maho.html
薬学部 医療薬学科 准教授 川瀬 篤史(カワセ アツシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/689-kawase-atsushi.html

薬学部
https://www.kindai.ac.jp/pharmacy/

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