農作物に含まれる成分を簡便・迅速に分析する技術を確立 ~煩雑な抽出や分離操作が不要、わずか3分間で81種類のアントシアニンを分析可能~

図1.PESI/MS/MSによる農作物に含まれるアントシアニンの分析の概念図。野菜や果物などのサンプルに探針を刺し、針先に付着した化合物を直接イオン化し、タンデム質量分析(MS/MS)を行うことで、約3分間で81種類のアントシアニンを特異的に検出することができる。
図1.PESI/MS/MSによる農作物に含まれるアントシアニンの分析の概念図。野菜や果物などのサンプルに探針を刺し、針先に付着した化合物を直接イオン化し、タンデム質量分析(MS/MS)を行うことで、約3分間で81種類のアントシアニンを特異的に検出することができる。

【本研究のポイント】
●アントシアニンは野菜、果物、花の着色に関わる色素で、抗酸化などの機能性成分としても注目されている。
●探針エレクトロスプレーイオン化タンデム質量分析(PESI/MS/MS)注1)により、農作物に含まれる81種類のアントシアニンを、約3分間で分析する手法を確立した。
●イチゴの痩果(そうか)注2)などの微小な器官や局所的な組織からも、安定してアントシアニンを検出することに成功した。

【研究概要】
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院生命農学研究科の白武 勝裕 准教授らの研究グループは、京都大学大学院農学研究科の石橋 美咲 助教(研究当時:名古屋大学)、近畿大学生物理工学部の財津 桂 教授(研究開始当時:名古屋大学)、名城大学農学部の太田垣 駿吾 准教授(研究開始当時:名古屋大学)らとの共同研究により、探針エレクトロスプレーイオン化タンデム質量分析(PESI/MS/MS)により、農作物に含まれるアントシアニンの簡便・迅速な新規分析手法を確立しました。
アントシアニンは、植物の色やヒトに対する機能性に関わるポリフェノール化合物で、多くの分子種が存在するため、簡便・迅速に分子種を見分ける分析技術が求められていますが、従来の分析手法では煩雑で時間のかかる抽出や分離操作を必要とします。本研究では、前処理や分離が不要で迅速な分析が可能なPESI/MS/MSを、植物の代謝物分析に適応し、16種類の野菜と果物から、それぞれ約3分間で81種類のアントシアニンを特異的に検出することに成功しました。さらに、探針を直接サンプルに約1秒挿してサンプリングを行ってから分析するプローブサンプリング法により、イチゴの痩果などの微小な器官や果肉の局所組織からも、簡便かつ安定してアントシアニンを検出できることを示しました。
本技術の活用により、多様な植物、農作物、食品に含まれる成分を対象とした、簡便・迅速な成分分析の発展が期待でき、植物科学分野や農業・食品分野への応用が期待されます。
本研究成果は、2023年2月28日付国際科学雑誌「Horticulture Research」にオンライン掲載されました。

【研究背景と内容】
アントシアニンは、植物の多様な器官に蓄積し、着色やヒトに対する機能性に関わるポリフェノール化合物の一種です。アントシアニンには数多くの分子種が存在するため、作物の育種や消費需要の観点から、分子種を見分ける簡便・迅速な分析技術が求められています。
アントシアニンの分析では、これまで主にクロマトグラフィー注3)と質量分析(mass spectrometry; MS)注4)を組み合わせた装置が用いられており、煩雑で時間のかかる抽出や分離操作を必要としました。本研究で用いた探針エレクトロスプレーイオン化タンデム質量分析(PESI/MS/MS)は、アンビエントイオン化質量分析(ambient ionization mass spectrometry, AIMS)注5)の一種で、共著者の一人である財津 桂 教授らの研究グループによって開発されました。PESI/MS/MSでは、先端直径が700nmの微細針(探針)をサンプルに穿刺し、針先に付着した化合物を直接イオン化して、質量分析を行います。PESI/MS/MSは、生体サンプルをそのまま分析可能なことに加え、探針によるサンプリングは侵襲性が低く、サンプルへのダメージが極めて小さいことから、動物を生きたまま分析することも可能です。
これまでに、共著者である財津 教授らのグループでは、生きたマウスの脳から内因性代謝物をリアルタイムに分析する手法など(Zaitsu et al. Anal. Chem. 2016&2018, Hayashi et al. Anal. Chim. Acta 2017, Kawakami et al. Talanta 2021)を報告し、医学研究におけるPESI/MS/MSの高い有用性を示してきました。
このような簡便・迅速で、リアルタイム分析も可能な、生体成分の強力な分析技術であるPESI/MS/MSは、植物科学分野や農業・食品分野への応用が強く期待されていましたが、今回、白武 准教授、石橋 助教を中心とした研究グループはPESI/MS/MSを用いた植物の成分分析に初めて成功しました。PESI/MS/MSにより、農作物に含まれる81種類のアントシアニンを、約3分間で分析する手法を確立すると共に、イチゴの微小な器官や局所的な組織からも、安定してアントシアニンを検出することに成功しました(図1)。

まず、16種類の野菜・果物について、先行研究で報告されているアントシアニンの分子情報を取得し、PESI/MS/MSの分析条件を決定しました。標的とするアントシアニン分子と質量は同じであるが、分子構造が異なるフラボノール類が存在する場合、イオンを開裂させる衝突エネルギーを調節することで、それぞれの分子に特徴的なフラグメント(プロダクトイオン)を検出し、化合物を特異的に区別することを可能にしました(図2)。アントシアニン分子種に最適な分析条件を定めることで、クロマトグラフィーのないPESI/MS/MSで、81種類のアントシアニン分子種を約3分間で分析可能な分析系を確立しました。

図2.アントシアニン(上:delphinidin-3-glucoside)とフラボノール(下:quercetin 3-glucoside)のMS/MSスペクトル。黄矢印で示すプロダクトイオンが、各化合物に特異的に検出された。
図2.アントシアニン(上:delphinidin-3-glucoside)とフラボノール(下:quercetin 3-glucoside)のMS/MSスペクトル。黄矢印で示すプロダクトイオンが、各化合物に特異的に検出された。

次に、植物サンプルの分析方法として、簡易抽出法を検討しました。野菜や果物の組織片を50%エタノール溶液に30秒間浸漬し、その抽出液を上述のアントシアニンの分析条件下で、PESI/MS/MSで分析し、作物種ごとに特徴的なアントシアニン分子種を捉え、そのプロファイルを示しました(図3)。検出されたアントシアニン分子種の多くは、いずれもそれぞれの作物種における先行研究の結果と類似した傾向であることが確認され、PESI/MS/MSにより農作物に含まれるアントシアニン分子を明らかにすることが可能であることを示しました。

図3.簡易抽出法で抽出した野菜や果物に含まれるアントシアニンのプロファイル。検出されたアントシアニンのイオン強度から主成分分析を行い、散布図を作成した。近くにあるサンプルほど類似したアントシアニンのプロファイルをもつ。
図3.簡易抽出法で抽出した野菜や果物に含まれるアントシアニンのプロファイル。検出されたアントシアニンのイオン強度から主成分分析を行い、散布図を作成した。近くにあるサンプルほど類似したアントシアニンのプロファイルをもつ。

さらに、簡易抽出よりも簡便な手法として、探針を直接サンプルに約1秒挿してサンプリングを行ってから分析する、プローブサンプリング法を検討しました。イチゴ成熟果実の痩果と果托の局所的な組織から、それぞれに特徴的なアントシアニン分子種が検出されました(図4)。プローブサンプリング法により、複雑な植物の器官や組織における局所的なアントシアニンのプロファイルを、約3分間の迅速な分析時間で取得できました。

図4.プローブサンプリング法によるイチゴ果実の局所組織のアントシアニンのプロファイル。写真は、イチゴ"さがほのか"の痩果から、探針で生体成分を採取する様子。検出されたアントシアニンのイオン強度から主成分分析により散布図を作成した。
図4.プローブサンプリング法によるイチゴ果実の局所組織のアントシアニンのプロファイル。写真は、イチゴ"さがほのか"の痩果から、探針で生体成分を採取する様子。検出されたアントシアニンのイオン強度から主成分分析により散布図を作成した。

【成果の意義】
本研究により、PESI/MS/MSが、植物の生体成分(代謝物)の分析に活用できることが初めて示されました。植物の代謝物は、味、香り、色、機能性など、農作物やその加工品の品質に直結する成分です。アントシアニン以外の植物の代謝物の分析にPESI/MS/MSを用いることで、これまで時間と労力を要していた農作物や食品の成分分析が飛躍的に簡便化・迅速化できます。
一方、共著者である財津 教授らは、PESI/MS/MSとバイオインフォマティクスを組み合わせ、多変量解析や多重比較検定といったデータ解析を約1分で完了できるプラットフォームPiTMaPを開発しています(Zaitsu et al. Anal. Chem. 2020)。このような解析プラットフォームを本研究にも応用することで、今後、農作物や食品の成分分析の画期的な迅速化・効率化も期待できます。
PESI/MS/MSの植物研究への応用として、本研究で示した植物の局所組織の代謝物分析が可能なプローブサンプリングに加え、生きた植物の代謝物のリアルタイム分析など、幅広い活用が期待されます。
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(20J00948, 20K20372, 21K19111, 21H02184)の支援のもとで行われたものです。

【用語説明・参考文献】
注1)探針エレクトロスプレーイオン化タンデム質量分析(probe electrospray ionization tandem mass spectrometry,PESI/MS/MS):
探針エレクトロスプレーイオン化法(PESI)は、2007年に山梨大学の平岡 賢三 教授(当時)が開発したイオン化法(Hiraoka et al. Rapid Commun. Mass Spectrom. 2007)である。タンデム質量分析(MS/MS)は、四重極型と呼ばれる質量分離部が3つ直列に接合し、1つ目の四重極でイオンを分離した後、そのイオン(プリカーサーイオン)を2つ目の四重極でガスと衝突させることで開裂させ、開裂で生じたイオン(プロダクトイオン)を3つ目の四重極で検出する手法であり、化合物を高選択的に検出する質量分析法である。
PESIは後述するアンビエントイオン化質量分析の一種であり、化合物の分離手法を持たないことから、MS/MSのような高選択的な質量分析法と組み合わせることで化合物の同定能力を高めることができる。PESIをMS/MSと組み合わせたPESI/MS/MSは、共著者である財津 教授と株式会社島津製作所が共同で開発した。
なお、PESI/MS/MSの開発経緯やPESI/MS/MSによる実際のマウス肝臓試料の分析の様子などを紹介した動画が「名古屋大学 研究フロントライン」において公開されており、実際の装置の駆動状況などを確認したい場合は、下記のURLから視聴できる。
https://www.youtube.com/watch?v=3RxUuKGfCko

注2)痩果(そうか)・果托(かたく):
イチゴの果肉部は果托と呼ばれ、花床という器官が肥大したものである。果肉の表面に存在する種のような器官を痩果と言い、実際はイチゴにおける果実であり、種子を含んでいる。

注3)クロマトグラフィー:
移動相を化合物(分子)が移動する際に、固定相に対する分子の親和性の違いに基づいて、成分を分離する手法を指す。移動相の違いによって液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィーなどがある。

注4)質量分析(mass spectrometry; MS):
化合物(分子)をイオン化させた後、そのイオンの質量電荷比を測定することで、イオンの質量を測定する分析手法を指す。

注5)アンビエントイオン化質量分析(ambient ionization mass spectrometry, AIMS):
前処理操作を行わない、あるいは殆ど行うことなく、大気圧下でサンプル中の対象成分を直接イオン化することで質量分析を行う手法を指す。クロマトグラフィーのような分離手法を持たないことから、選択性の高い質量分析法を利用することが好ましい。

【論文情報】
雑誌名   :Horticulture Research
論文タイトル:High-throughput analysis of anthocyanins in horticultural crops using probe electrospray ionization tandem mass spectrometry (PESI/MS/MS)
著者    :Misaki Ishibashi1,2, Kei Zaitsu3, Ikue Yoshikawa1, Shungo Otagaki1,4, Shogo Matsumoto1, Akira Oikawa2, and Katsuhiro Shiratake1(所属: 名古屋大学生命農学研究科1, 京都大学大学院農学研究科2, 近畿大学生物理工学部3, 名城大学農学部4)
DOI: 10.1093/hr/uhad039
URL:
https://academic.oup.com/hr/advance-article/doi/10.1093/hr/uhad039/7060411

【関連リンク】
生物理工学部 生命情報工学科 教授 財津 桂(ザイツ ケイ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2758-zaitsu-kei.html

生物理工学部
https://www.kindai.ac.jp/bost/


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