正しい小論文のトレーニングは「他教科の成績もアップ」させる
小論文の実力は、すぐに向上するものではありません。理想は1年、急いでも半年程度かけてじっくり伸ばしていきたいものです。対策としては後回しにされがちですが、積極的に取り組んでおくことで、文章力の上達だけでなく、他科目の伸び悩み解消にもつながります。
小論文で大学が見ようとしているもの
大学は、小論文の試験を通して、学生の考える力を見ようとしています。受験生の書いた文章を読めば、問いを設定する力、因果関係を見つける力、答えを探す力、表現する力など、計算問題を解くだけでは見えない、本人の力量が見えてくるものです。つまりひと言でいうと、大学は小論文を通して「医学生に相応しい教養レベル」を見たいと考えているのです。
しかし、「教養を高める」といっても、あまりに曖昧で、受験生には酷な話。そこで本記事では、小論文の力を高めるトレーニングを紹介していきます。
ポイントは、まず《考える力を使う練習》をすることです。その上で、現代医療の原則について簡単にチェックしておくと、どの視点から作文を書けばよいかを思考する上で、非常に役立ちます。
小論文の力を向上させる「中長期トレーニング」
1)因果関係を疑ってみる
たとえば、巷では「朝食を食べている子は成績がよい」と唱えられています。まるで「朝食を食べる⇒成績が上がる」と、因果関係があるかのように言われますが、朝食で偏差値が上がるなら、誰も苦労しませんよね。本筋は別ところにあるのではないでしょうか。もしかしたら、背景にあるのは、こんなロジックかもしれません。
「朝食を食べる家庭は、家族が全員、規則正しく生活している。時間管理もしっかりしており、勉強時間もよく確保できている」
当たり前とされる事柄は、はたして正しい因果関係なのか。もし正しいとしたら、どのような原因から結果を導きだせたのか。正解を出す必要はなく、自分なりに考えて、結論を出してみることが重要です。自分なりの原因・結果を考える癖をつけましょう。
2)思考法について学ぶ
統計学の入門知識に触れてみるなど、集めた情報から結論を出すまでの、「科学的なアプローチ」について学ぶことも有効です。これらの過程で得た知識は、因果関係を考えるのにも役立ちますし、大まかな情報から結論を導き出す道具にもなります。
統計学は医学でも用いられていますし、データ分析方法を知り、「偏差値」や「事象の相関性」などの本来の意味を知ることで、物事を科学的に見る目が養われます。もちろん専門的に学ぶ必要はなく、入門書に触れてみるくらいで十分です。
医学系の実験方法や、結果の解釈について学んでみるのもよいでしょう。ダブルブラインドテスト(二重盲検法)とは何か、プラセボ効果とは何かなどをかじってみて、実験データをどのように扱っているのかを垣間見ると、因果関係を考える力が磨かれます。
また、「日本に電柱は何本あるのか?」といった、答えを出せないものについて、自力で何らかの回答を導き出す「フェルミ推定」を学んでみるのも効果的です。絶対にわからない質問に対して、どのようにアプローチをしたらよいのか。その考え方を学ぶことで、新しい着眼点を身に付け、地頭力を鍛えることができます。
わからないことがあるとつい検索で済ませたくなりますが、「自分の頭で考えて、とりあえず何か答えを出す」という練習を重ねることが大切なのです。
3)現代医療の基本的な考え方を知っておく
現代の医療では、倫理的な観点から、医師の義務や尊重すべき判断基準などが、常識として共有されています。それらについて予め学んでおくと、医療系の問題に限らず、小論文のテーマに回答する手がかりとして役立ちます。
「医の国際倫理綱領」「医療倫理の4原則」といったキーワードで調べてみると、その内容はすぐにわかります。医療倫理の4原則は簡単にいうと、「患者の意思決定を尊重すること」「患者に危害を加えないこと」「患者に利益をもたらすこと」「利益と負担を公平に配分すること」とされています。たとえば4つ目は、大変な苦痛を伴う方法でほとんど効果がないのなら、その治療は選択すべきではない、といった考え方です。
このような倫理観を理解していると、なぜ現在「インフォームドコンセント」が普及しているのかもよく理解できます。インフォームドコンセントとは、手術などの際、医師が患者にわかりやすく治療の内容を説明し、患者の同意を得ることですが、このような過程が重視されているのは、医師の倫理原則として「患者の意思決定を尊重すること」という価値基準が確立しているからです。
小論文を上手に展開するためには、テーマに対して「自分なりに小さな問いを立てる」というアプローチが有効です。
「クローン人間の製造は是か否か」「安楽死は認めるべきか」など、正解のない問いが出題された場合でも、患者の意思や利益などの観点から考察できれば、自分なりの答えを導き出すことはできるでしょう。また、医師としての倫理観をしっかりと身に着けていれば、期待される答えを書きやすいというメリットもあります。
4)哲学的な本に触れてみる
緻密な思考プロセスで意見を述べるには、哲学書を読むこともよい勉強になります。
なかでもおすすめは、『完全な人間を目指さなくてもよい理由――遺伝子操作とエンハンスメント』(“THE CASE AGAINST PERFECTION”、マイケル・サンデル、2010年、ナカニシヤ出版)です。サンデル教授は、NHKの『ハーバード白熱教室』で正義論をテーマにした内容を展開し、日本でも知られています。本書は、医療の最先端で迫られる価値判断について考え、緻密な論述を学ぶには、とてもよい教材です。
たとえば、「患者には治療を選択する自己決定権があるというが、母の胎内にいる、まだ生まれていない命は自己決定ができない。ならば代理決定は許されるのか? 胎児の同意なく胎児への遺伝子操作は許されるのか?」といった、医師が現在直面している最新のテーマについて、綿密な考察がなされています。もちろん、サンデル教授の意見であり、すべてに同意する必要はありませんが、その思考の過程をじっくりとたどることは、とてもよい訓練になります。
「理系だけ得意」では、「いいお医者さん」になれない
小論文のトレーニングで、英語の成績が伸びることも期待できます。
偏差値60前後で伸び悩んでいる人は、教養や考える力が足りないせいで、長文の全体像をつかむのが得意でなかったり、書き手の意図を受け取れなかったりします。小論文で相手の意図を的確に把握し、自分の表現する力を伸ばすことは、英語の成績アップにつながることもあるのです。
単語力や教養が十分にあれば、たとえ文法でわからない箇所があっても、長文の全体像が見えるようになります。大意を読み取ることがうまくなるので、問題の正解率が上がっていくというわけです。理解力と表現力という基礎力が上がるのですから、英語に限らず、数学、国語などほかの科目へのよい影響も期待できます。
また、このような「大意を受け取って解釈する力」は、医療の現場に進んだあとも必ず役立ちます。なぜなら、医師は理系の仕事と思われがちですが、臨床には多分に文系的な一面があるからです。
患者さんの、言葉にならない痛みや苦しみを察知して、そこから病気との因果関係を特定する必要があるときに、その力は求められます。結局、医師としてよい仕事ができるかどうかは、コミュニケーション力にかかっているのではないでしょうか。
患者の訴えから「なぜこの痛みが?」「どうしたら苦痛が和らぐのか?」など問いを立て、根拠を以て診断を下し、治療法を選択する。その流れは、小論文のプロセスにもよく似ているのです。
小論文は、英語や数学といった科目に比べ、取り組みが後回しになりがちですが、だからこそ、ライバルに差を付けやすい分野。しかもその対策を通して、将来、医師としての生活で役立つ力を養うことが可能なのです。