『2024堀場雅夫賞』受賞者決定/授賞式は10月17日

~「分析・計測技術」研究者を奨励、支援~

株式会社堀場製作所(京都市南区吉祥院宮の東町2 代表取締役社長 足立 正之、以下「当社」)は、このほど、国内外の大学または公的研究機関の研究開発者を対象とした「分析・計測技術」に関する研究奨励賞『堀場雅夫賞』の2024年度受賞者を決定しました。
2003年の本賞創設から20回目となる今回の選考テーマは「水環境を健全に保ち循環型社会の形成に貢献する分析・計測技術」で、海外含め25件(国内14件、海外11件)の応募がありました。これらの応募に対し、募集分野において権威ある研究者を中心に7名で構成する審査委員会が、将来性や独創性、ユニークな計測機器への発展性に重点を置いて評価し、以下の3名を堀場雅夫賞受賞者に、2名を特別賞受賞者に決定しました。受賞記念セミナーならびに授賞式は、学術界および行政関係から出席者をお招きし、10月17日(木)に執り行います。

受賞者と受賞研究内容

堀場雅夫賞

● 井手口 拓郎(イデグチ タクロウ)氏
国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科附属 フォトンサイエンス研究機構 准教授
「超解像赤外顕微鏡および超高速赤外分光法の開発」

● Chen Qian(チェン・チーエン)氏
中国科学技術大学 環境科学工学部 准教授
「ラボから湖へ: 励起発光マトリックスの理論から実践への航海」

● 白崎 伸隆(シラサキ ノブタカ)氏
国立大学法人北海道大学 大学院工学研究院 環境工学部門 准教授
「ウイルス定量法・濃縮法の新規開発に基づいた病原ウイルスの水道原水における存在実態及び浄水処理性の詳細把握」

特別賞

● 高橋 朋子(タカハシ トモコ)氏※
国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター 海洋プラスチック動態研究グループ 研究員
「画像・分光分析技術を応用した、マイクロプラスチック連続モニタリングシステムの開発」
※高は正式には「はしごだか」

● Tania Louise Read(ターニャ・ルイーズ・リード)氏
ウォーリック大学 化学科 助教
「水環境や他の領域において主要分析対象を検出するためのホウ素ドープダイヤモンド電極の開発」

堀場雅夫賞について

堀場雅夫賞は堀場製作所創立50周年を記念し、2003年に創設されました。本賞は、画期的な分析・計測技術の創生が期待される研究開発に従事する国内外の若手研究者や技術者を支援し、科学技術における計測技術の地位をより一層高めることに貢献しようというものです。分析・計測技術のなかでも当社グループが育んできた原理や要素技術を中心に毎年対象分野を定め、ユニークかつその成果や今後の発展性を世界にアピールすべき研究・開発にスポットを当てています。

【2024堀場雅夫賞 審査委員会 委員一覧】(敬称略、順不同)
審査委員長:桑畑 進 大阪大学 名誉教授
海外審査員:Paul K. Westerhoff(ポール・K・ウェスターホフ)
      アリゾナ大学 教授
      黄 清輝(フアン・チンフェイ) 同済大学 准教授
審査委員 :今井 章雄  埼玉県環境部環境科学国際センター
             研究所長
      高井 まどか 東京大学大学院工学系研究科
             バイオエンジニアリング専攻
             マテリアル工学科 教授
      市成 祐一  株式会社堀場アドバンスドテクノ
             開発本部 先端技術開発部 副部長
      西尾 友志  株式会社堀場アドバンスドテクノ
             開発本部 先端技術開発部 シニアマイスター

授賞式について

日程:2024年10月17日(木)
場所:京都市内(予定)

2024堀場雅夫賞授賞式プログラム(予定)

第一部:受賞記念セミナー(15:00~)
・受賞者 講演:受賞者3名、特別賞受賞者2名
第二部:授賞式(17:00~)
・受賞研究紹介
・本賞/副賞授与

2024堀場雅夫賞の募集分野と背景

近年、地球環境の変化に伴い、各産業における持続可能な発展への関心は高まっており、その中でも水質分析・計測技術の重要性は増しています。水は私たちの生命基盤であり、飲料水や農業、産業活動などさまざまな領域で不可欠な資源です。地球上に存在する水は、川から海へ流れ、海で水蒸気となり雨や雪として地表へ降り、そして再び川を通じて海へ戻ります。私たちは暮らしの中で、この絶え間なく循環する水のほんの一部を利用しているに過ぎません。しかし、人間の産業活動による影響の蓄積が大きな水質課題となった出来事は幾度もありました。
急速に発展し続ける社会において、産業活動に伴う排水に含まれる物質が地球環境や生態系に与える懸念が高まるにつれ、その規制強化は避けられないものとなっています。これまで測定自体が困難であった物質を検出する新規測定技術に加え、技術的には既に存在しているが現場で迅速・簡便に検出できる手段が未だ確立されていない物質(例えば、マイクロプラスチックや有機フッ素化合物など)における新規測定技術も、清澄な水環境を将来にわたって保全していくために必要とされています。
加えて、持続可能な水循環の達成のためには水処理システムのさらなる高度化も必須です。生活排水・産業排水においては、環境負荷低減を目的として行う処理、あるいは身近な河川水・地下水の衛生を保ち、安全に飲用するために行う処理は世界中どの国・地域においても水のサイクルを確立するために必要となります。水処理システムは処理前後の水質モニタリングによって適正に管理されるという点で、分析・計測と密接に関連しており、互いに補完し合いながら運用されます。限られた水資源を効率的に活用し、循環型社会を築く基盤を強固にするためには、水処理技術の進歩に寄与する水質センシング技術や水質測定システムが求められています。
2024年の堀場雅夫賞では、水環境の保全と循環型社会の形成に貢献する上記のような水質分析・計測技術を募集対象とし、世界中のあらゆる水質を守るために分析・計測技術の進展に意欲的に取り組んでいる研究にスポットを当てました。

受賞者ご紹介

堀場雅夫賞

● 井手口 拓郎(イデグチ タクロウ)氏
国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科附属 フォトンサイエンス研究機構 准教授
「超解像赤外顕微鏡および超高速赤外分光法の開発」

マイクロプラスチック(以下、MPs)※1の化学分析は水環境の保全にとって欠かせない。赤外分光法※2は有用な化学分析手法の一つであるが、MPsの分析へ適用するにあたって、(1)1μm以下の粒子を分析できないこと、(2)分析時間が長いことが欠点として知られていた。同氏は(1)の課題に対して、中赤外フォトサーマル顕微鏡※3と呼ばれる新たな超解像赤外分光顕微鏡を開発した。従来法では分析対象の粒子径が数μmに限られていたが、本顕微鏡ではより微細な約100nmの粒子まで分析可能となった。これにより、人体からの排出が困難とされる1μm以下のナノプラスチック※4の計測が可能となった。(2)の課題に対して、同氏はタイムストレッチ赤外分光法※5と呼ばれる毎秒約1億回の計測が可能な世界最高速の赤外分光手法を開発した。本手法により短時間での大量の化学分析データ収集手法が開発されたことで、水試料中のMPsの大規模データ解析実現への可能性が示された。

※1 マイクロプラスチック:環境中に存在する微小なプラスチック粒子。人体・環境への甚大な悪影響が懸念されており、特に海洋環境で懸念材料となっている。
※2 赤外分光法:赤外領域の波長の光を試料に照射し、波長ごとの光吸収等を測定する手法。MPsを構成する分子の構造によって光吸収される波長が異なるため、横軸に波長、縦軸に光吸収量あるいは透過光量をプロットした赤外スペクトルを測定することで、MPsにどのような分子が含まれているかを判別できる。
※3 中赤外フォトサーマル顕微鏡:試料へ中赤外レーザー光を照射し、中赤外光を吸収する分子近傍の温度上昇による屈折率変化(フォトサーマル効果)を活用する超解像赤外分光顕微鏡。原理的に中赤外光よりも分析領域が微細な可視光でその屈折率の変化を検出することにより微細な分析領域での赤外分光を実現させている。
※4 ナノプラスチック:マイクロプラスチックよりもさらに小さく、体内への吸収や環境中での移動が容易で人体や生態系への潜在的な影響が一層懸念されている。
※5 タイムストレッチ赤外分光法:様々な波長の光から成る超短パルスレーザー光を試料に照射後、波長ごとの透過光の強度情報(スペクトル)をパルス光強度の時間波形に変換して取得する赤外分光手法。1つの光パルス照射で1回の赤外分光測定が可能となるため、毎秒約1億回光パルスを出力するレーザーと応答速度の速い検出器を用いることで、毎秒約1億回の計測が可能となる。

● Chen Qian(チェン・チーエン)氏
中国科学技術大学 環境科学工学部 准教授
「ラボから湖へ: 励起発光マトリックスの理論から実践への航海」

湖沼や河川などの環境水の水質を評価する指標となる水中の溶存有機物の測定において、三次元励起蛍光スペクトル法※6は、測定の迅速さと精度の高さから有効な手段とされている。しかしながら、この方法を用いて環境水を直接測定する場合には水の濁りが測定結果に影響する事や、取得したデータの処理が煩雑であるなどの課題があった。Qian氏は、発光ダイオードを励起光源としたポータブルな小型の測定デバイスを開発し、自らが考案したアルゴリズムをデバイスに適用することで、水の濁りの影響を低減し測定精度を高めることに成功し、現場で迅速にかつ正確なデータの取得を実現可能にした。この研究成果により、三次元励起蛍光スペクトル法を用いた環境水の連続的な水質評価や水処理プロセスのモニタリングへの応用が今後大いに期待される。

※6 三次元励起蛍光スペクトル法:励起光を試料に照射すると、特定の波長の光を吸収し、吸収した波長より長い波長の光(蛍光)を放出する特性を持つ物質(蛍光性有機物)について、励起光の波長、放出された蛍光の波長、および蛍光強度を三次元に表したスペクトルデータから分析する手法。

● 白崎 伸隆(シラサキ ノブタカ)氏
国立大学法人北海道大学 大学院工学研究院 環境工学部門 准教授
「ウイルス定量法・濃縮法の新規開発に基づいた病原ウイルスの水道原水における存在実態及び浄水処理性の詳細把握」

病原ウイルスによる水系感染症を制御し、安全な水道水を安定的に供給するためには、病原ウイルスの存在実態、並びに浄水処理工程におけるウイルスの処理状況を把握することが必要不可欠である。白崎氏は、細菌の生死判別に用いられている光反応性色素とPCR法※7を組み合わせた手法を、ウイルス定量に改良・最適化すると共に、2種類の膜を組み合わせた新たなウイルス濃縮法を開発し、水道原水における病原ウイルスの存在実態の把握と感染力有無の議論を可能とした。また、開発した濃縮法を実際の浄水場に適用することで、ウイルスの処理状況の評価にも成功した。更に、培養が困難なノロウイルスのウイルス様粒子※8を作製し、高感度に定量する手法を開発することにより、効率的な培養法の確立を待つことなく、浄水処理工程におけるノロウイルスの除去特性を世界に先駆けて把握することに成功した。加えて、サポウイルス※9の高濃度精製溶液の調製法及び感染力評価法を確立し、浄水処理工程におけるサポウイルスの除去・不活化特性の把握にも世界で初めて成功した。

※7 PCR法:ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)の略。耐熱性DNAポリメラーゼという酵素の働きにより、DNAサンプルの特定領域を増幅させる手法。
※8 ウイルス様粒子:本物のウイルスと粒子径・粒子構造・抗原性が同等な粒子。細胞を用いた培養に頼ることなく、大量に作製が可能。
※9 サポウイルス:ノロウイルスと同じカリシウイルス科に属するウイルス。ウイルス性胃腸炎の原因となる。

特別賞

● 高橋 朋子(タカハシ トモコ)氏※
国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター 海洋プラスチック動態研究グループ 研究員
「画像・分光分析技術を応用した、マイクロプラスチック連続モニタリングシステムの開発」
※高は正式には「はしごだか」

現在、マイクロプラスチック(以下、MPs)汚染は世界規模で深刻化しており、より詳細な空間・時間スケールでの分布調査が求められている。しかし、現行の調査では、海表面の情報が主であるうえ、100μm以下の微小なターゲットの情報も少ない。そこで、高橋氏は非接触・リアルタイムで水中の化合物をそのまま計測できるラマン分光法とホログラフィック画像※10とを統合した新規の連続モニタリング手法を開発した。この手法によりMPsを含む代表的な海中粒子の分類が可能となり、さらに、水深1,000m超で測定可能な自動計測装置の開発・運用を進め、海表面のみならず深海をも含む空間的なMPs・海中粒子の分布情報の取得をめざしている。また、コヒーレント反ストークスラマン散乱法※11を利用して、流動する100μm以下のMPsや藻類を検出・分類できる測定手法も開発した。この手法により水流中での連続的なモニタリングを実現可能とした。本研究により、これまでにない詳細なスケールで、空間分布に経時変化を加えたダイナミックなMPs計測を実現でき、海洋汚染の早期コントロールに不可欠な要素技術としての確立が期待できる。

※10 ホログラフィック画像:光の干渉と回折の現象を利用した画像取得技術。ここでは、散乱光を解析し、大容量空間の任意の位置に存在する物体についてピントの合った画像を再構築する技術として応用。
※11 コヒーレント反ストークスラマン散乱法:ラマン分光法の一種。2種類の異なる光を物質に照射して生じる振動数差と試料分子の振動数を一致させ入射光と相互作用させることで、微弱なラマン信号を強制的に発生させることができる。

● Tania Louise Read(ターニャ・ルイーズ・リード)氏
ウォーリック大学 化学科 助教
「水環境や他の領域において主要分析対象を検出するためのホウ素ドープダイヤモンド電極の開発」

環境水・飲料水の水質計測において溶存酸素、pHおよび重金属は重要な環境指標であり、その迅速でかつ正確な測定は欠かすことはできない。しかし、従来のセンサーでは測定に要する時間や耐久性に課題があった。そこでリード氏は、ホウ素ドープダイヤモンド(以降、BDD)※12電極を用いて溶存酸素濃度とpHを同時に測定可能なセンサーと、電極の局所的なpHを制御しつつ重金属を測定可能なセンサーを開発した。BDD電極表面に部分的に特殊なレーザー加工を施すことで、溶存酸素濃度とpHを同時にかつ短時間に測定することができる堅牢なセンサーの開発に成功した。さらにディスク型BDD電極の周囲にリング型BDD電極を配置したリングディスク電極を開発することで、リング電極表面における水の電気分解により発生する水素イオンの流束によって、ディスク電極の局所的なpHを定量的に制御しつつ、重金属を測定することに成功した。これにより、従来のセンサーでは必要とされた試料の前処理が不要となり、迅速でかつ正確なリアルタイムモニタリングを実現可能にした。これら技術は、単に環境分野だけでなく医療分野など幅広い分野の分析にも貢献することができる。

※12 ホウ素ドープダイヤモンド(BDD):ホウ素をドーピングしたダイヤモンドであり、金属様導電性を示す。物理・化学的に安定しており、長期間使用しても劣化しにくいという特性を持っているため、従来のセンサーでは困難な過酷な環境でも高精度な測定が可能である。

受賞者の所属・役職等は応募時点のものです。

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