[奈文研コラム]東アジア 冶金(やきん)史学の開拓-シンポジウム開催報告を兼ねて-
「冶金史学」とは?
私が2021年4月に執筆したコラム「「産廃」の考古学-いにしえのものづくりを探求する-」では、昔の人々が廃棄した当時の産業廃棄物(失敗品・窯道具・溶解炉・坩堝(るつぼ)・鋳鋳(いがた)・羽口(はぐち)等)を通じて、当時の人々のものづくりの技術や交流の実態が分かることを紹介しました。
現在、「土製鋳型を中心とした冶金関連資料による東アジア冶金史学の構築」という科学研究費による研究課題にもとづき、過去の時代の「産廃」を対象とした調査・研究を進めています。冶金とは鉱石や原料から金属を取り出す「製錬」、複数の種類の金属材料を融合させる「合金」、金属を加工して成形する「鋳造」「鍛造」など、金属・金属製品の生産に関わるあらゆる過程を指します。近年、中国では人類の冶金の歴史を考古学・文化財科学双方から検討を行う「冶金史学」が発達し、青銅器や鋳型の研究を中心に多くの成果が発信されています。私は共同研究者とともに、まさにこうした「冶金史学」の方法論を日本でも実践し、土製鋳型・砥石(といし)・羽口・溶解炉など冶金関連遺物の調査を進めています。
中国では青銅器を鋳造(ちゅうぞう)するための土製鋳型(どせいいがた)がたくさん発見されていますが、殷周(いんしゅう)時代の青銅器を鋳造した鋳型の多くは、粒度(りゅうど)の細かい黄土(こうど)を用いたものです。一方、日本の遺跡で出土する土製鋳型の多くは、内面と外面とで粒度・材質の異なる素材を用いた複層(ふくそう)構造のもので、鋳造時のガス抜き・空気抜きのために構造上の工夫と考えられています。
なぜ殷周時代と日本の鋳型でこんなに違いがあるのでしょうか?こうした謎に挑むため、土製鋳型の構造・技法をあきらかにするため、奈文研のX線CTの装置を用いた調査も実施しています。(冒頭写真)
シンポジウム「東アジア冶金史学の開拓」
2024年6月8日、こうした調査・研究成果を紹介するとともに、国内外の研究者をお招きし、「冶金史学」研究の可能性・方向性を議論するため、シンポジウム「東アジア冶金史学の開拓」を開催しました。
蘇栄誉(そえいよ)氏(中国科学院自然科学史研究所)による「塊笵(かいはん)法と商周青銅器生産の構成」では、殷周青銅器生産の特質である塊笵法(分割鋳型による鋳造技法)の時代変遷、ならびに土製鋳型の材質的な特徴について紹介しました。
苟歓(こうかん)氏(北京大学芸術学院)による「侯馬(こうば)銅器的外笵制作工芸研究」では、東周時代の青銅器鋳造遺跡である山西省侯馬鋳銅遺跡から出土した土製鋳型の製作工程、とくに文様製作技術について研究成果を紹介しました。
三船温尚氏(富山大学)による「3D計測データ解析による古代中国青銅器の原型と鋳型の製作技法検討」では、3D計測技術を活用した中国青銅器の調査成果から、新たにあきらかになった鋳型の構造や製作技法に関する知見を紹介しました。
長柄毅一氏(富山大学)による「鋳型通気度と鋳造欠陥の関係について-鋳造シミュレーション-による欠陥予測」では、鋳造工学分野でおこなわれている鋳型通気度測定や鋳造シミュレーションの手法を紹介し、青銅器や土製鋳型など文化財への応用やその過程でわかった問題点などについて紹介しました。
村田泰輔(奈良文化財研究所)・丹羽崇史(奈良文化財研究所)による「日本所在中国青銅器・銭貨鋳型(せんかいがた)に関するX線CT調査」では、中国の土製鋳型の構造・技法をあきらかにするため、泉屋博古館・和泉市久保惣(くぼそう)記念美術館所蔵の中国青銅器・鏡・銭貨の土製鋳型を対象としたX線CT調査の成果を報告しました。
森貴教氏(新潟大学)による「砥石組成からみた手工業生産―冶金・鍛冶関連遺跡出土砥石の検討―」では、砥石の研磨(けんま)・研削(けんさく)機能に関わる砥石目(といしめ)の同定方法の概要を解説し、平城京の生産遺跡出土の砥石の調査成果とその特徴について紹介しました。
丹羽崇史による「冶金関連遺物からみた東アジア熔銅(ようどう)技術の変遷」では、溶解炉、羽口などの冶金関連遺物の調査成果から、東アジアにおける熔銅技術の変遷を述べ、大陸から日本列島に技術が導入される過程を紹介しました。
最後に参加者全員で討論をおこない、土製鋳型など冶金関連遺物の研究課題、および「冶金史学」研究の新たな可能性について、意見交換をおこないました。
シンポジウムでは会場・オンライン含め、約70名の方々に参加をいただきました。今後も、冶金史学の専門家をはじめ、考古学・文化財科学・鋳造技術・科学史・地質学・工学・情報学・美術史など多様な分野の研究者と連携し、さらなる探求を続けていきたいと思います。
(都城発掘調査部平城地区考古第二研究室長 丹羽 崇史)