丸紅経済研究所研究員 鈴木 貴元の記事を 国際アジア共同体学会にて公開!

国際アジア共同体学会は、丸紅経済研究所の研究員である鈴木 貴元が発表した記事「一帯一路、日中の協力に向けて」を公開しました。

ポイント

・中国としては、発展、文明、安全保障のイニシアティブを体現するものとしたい。
・各国の実情を尊重しながら平和的発展を促す理念。
・アセアンでは同地域の中心性を失わせる危険があるとして、期待の一方で警戒も。

  1. 新型コロナ以降の日本の経済情勢
     新型コロナ禍後の日本経済は、「コロナ禍によって抑制された経済・社会活動がコロナ禍前の状態に戻っていく」と当初考えられた。しかし、防疫に慎重な日本人の性質もあり、その過程は他の国に比較して緩やかで、またコロナ禍が財政や金融に大きな負担をかけたため、復興の状態は決して明るいものとは考えられなかった。2021年に開催された東京オリンピックは、設備や防疫体制、日本オリンピック委員会の対応のまずさなどが批判されたが、これは場当たり的で旧態依然とした政治・行政・社会の対応が日本の経済・社会をむしばんでいることを象徴しているようであった。またコロナ禍によって国の予算は、2020年度当初の102兆円から補正後には175兆円となり、緊急とはいえ財政の持続性を一段と難しくした。しかもこの時期にデジタル化、脱酸素といったなども、コロナ禍対応、エネルギー安全保障などの観点が加わって緊急のものとなり、また米中摩擦が過熱していく中で、安全保障も対応拡大が喫緊のものとなった。立法・行政のガバナンスや財政の持続性は決して健全に向かっているとは言えず、2022年、コロナ禍が終わるということが日本経済・社会に何をもたらすのか。欧米のような反動景気がすぐに訪れるとは想像されにくい中、不透明な状況に陥っていた。
     こうした不透明な状況は2022年末頃から一転して晴れていった。最も大きな原因は物価の上昇である。2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵略は資源価格の上昇を招いた。また新型コロナからの経済正常化で先行していた米国は2022年3月から景気引き締めに転じ、これが大幅な円安を招いた。これらは当初一時的な物価上昇しかもたらさないと想像されたが、物価上昇は根強く続き、それに続いて賃金の引上げが起き、物価と賃金の好循環が起きると期待されるようになった。もう一つの原因は海外からの入国者の急回復である。新型コロナで日本への入国は年間3000万人からほぼゼロまで減少した。しかし、22年末から急回復が始まり、23年半ばには中国からの入国を除くとほぼコロナ禍前まで回復した。そしてこのような物価の上昇や入国者数の回復は、コロナ禍の最中に必要性が注目されたデジタルや脱炭素などと相まって投資の意欲を盛り上げる方向に働いた。
     このようにコロナ禍は不完全ながら日本経済のピクチャーを変えた。ポストコロナ禍の負担と、デフレ的な圧力で家計や企業、政府の予算制約が強まり、停滞が続くと見られた当初のピクチャーは、物価の持続的な上昇が起き、家計や企業が貯蓄や内部留保を消費や投資に回すようになったことで、一種の好循環を期待させるようになった。インフレの期待は株価や地価にも好影響を及ぼした。
     日本のマクロの経済状況はインフレ期待の中で好転したように見えているのが現状である。しかし、これは持続的なのだろうか。円安が定着してくる中で貿易収支は赤字基調。所得収支は黒字であるが、これは国内に還流しにくいマネーである。円安による物価上昇は金融引き締めの圧力をもたらす。賃金や地価の反転は日本経済の正常化の動きと言ってよいが、国内の需要が人口減で弱くなりやすい中で、海外からの入国回復一巡後にも、このような正常化を続けられるのか。日本経済は失われた30年からの転機を迎えている。
  1. 一帯一路の10年と日本
     習近平主席がカザフスタンで提唱した一帯一路は10年が経過した。ユーラシア大陸の東西を結び経済回廊とする計画は一帯一路の前から類似した構想があったが、陸路の交通網をつなぐことがどのような世界的なインパクトになるのか。輸送モードの多様化と欧州・アジアの輸送時間の短期化、それがもたらすユーラシア全体の経済浮揚といった効果が想像され、中国ではこれらに加えて、中央アジア・東欧、南アジアの一段の安定による中国の安全保障の強化、欧州との経済関係の強化、中国のソフトパワーの強化などが想像された。米国でも中東のテロとの戦いが10年を超え、その一方で中国が台頭してくる中、オバマ政権下、米国のアジアへの回帰が考えられた。米国が中国と協力するか否かは、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立、南シナ海での中国と東南アジアの対立の表面化などの動きの中で、共存・協力の模索から競争・対抗の試みへと結論が変わっていった。この中で日本は、2010~12年の東シナ海の尖閣諸島(中国では魚釣島)問題で、2000年代初めの頃の日中関係の悪化を上回る関係の悪化に晒されていたものの、安定した第2次安倍政権が誕生する中で、関係を安定化させていった。日本国内世論への配慮もあり、「第三国協力」を強調しながら、法・ルールの支配など理念を共有できるところで、中国との協調・協力を模索するようになった。
     2020年は、2017年に誕生したトランプ政権が中国に対して次々と制裁関税措置を打ち出し、その中で第1次合意と呼ばれる米中の(といっても実際には中国が一方的に行う)貿易摩擦軽減のアクションプランが始まった。安倍首相がアジアへの理念を掲げながら中国と協力し、トランプ大統領が中国市場の扉を開き、その後更に多くの交渉ができるようになっていたら、米国が自らの覇権を守りたいという欲望があるとしても、もう少し話し合いはできたかもしれない。しかし、2020年に始まったコロナ禍とその間に誕生したバイデン政権は、コミュニケーションが物理的に難しくなる中、米中のイシューを経済から人権・安全保障にシフトさせた。人権の背景にある価値観の差異が香港や台湾の問題で米国の関心事となってくる中で、安全保障による価値観の保護という考え方に結び付いていったからである。この変化は、トランプ政権の孤立主義的動きから同盟・パートナーとの関係を強化する中での集団志向的な動きを伴い、インド太平洋の同盟である日本を強く米国に寄せることになった。
     2022年に暗殺された安倍元首相は、長期安定政権を築きつつ、米国に寄りつつも、中国とのバランスを模索した。しかし、コロナ禍の発生、バイデン政権の誕生、安倍氏の喪失は、安全保障を強化しつつも、中国との関係を模索するという微妙な路線の追求を難しくした。菅政権、岸田政権は安倍政権の考えを基本的には踏襲しているが、コロナ禍に離れた日本国民と中国の関係は、岸田政権の国内政治的な不安定性も相まって、安倍氏のときのようなコントロールを失っている。
  1. 一帯一路のチャンスを日本企業はどう参加するか
     一帯一路は新興国のほとんどが参加する枠組みとなった。各国緩やかな参加ではあるが、グローバル発展イニシアティブ、グローバル安全保障イニシアティブ、グローバル文明イニシアティブという中国が示した経済、安保、社会に関する理念に賛同している。中国の提示しているイニシアティブは、相互尊重をベースにしたグローバル化の推進であるから、この考え方は普遍的と言ってよい。シェアできるものをベースにというのであるから現実的である。但し、対立してしまっている現実をどう収れんさせるのか。今起きているロシアとウクライナの戦争は、話し合いで解決すればよいが、今の問題はどう話し合いの条件を作るかである。できることをやるという現実的なアプローチに加えて、困難なことに挑戦する新たな現実を作るアプローチが求められており、先進国と中国の不安定な関係の改善なども含めて、ポストコロナ禍の一帯一路のアプローチが求められているといえる。
     こうした中、日本及び日本の企業はどのように一帯一路を機会とするのだろうか。日本と中国の協力では、「第三国での協力」というアプローチがコロナ前禍に試みられた。中国から日本への投資は、日本の政治・社会の現実として中国の企業を十分受け入れる土台のない、また中国から見て日本は成長に乏しく、かといって参入が容易でない市場環境から見て余り現実的とは言えない。また、日本から中国への投資は従来通り様々な分野が考えられるものの、国際化において欧米と比較して多様性が欠乏している日本企業が一段と中国に入っていくというのも、想像に難しい。但し、日本企業と中国企業でなぜ第三国なら協力できるのか。生産力や技術力、情報力、信用力の補完といったことがその要因と見られたが、日中で補完することの必然性は乏しい。日中が隣国であり、協力が重要である、比較的容易であるという政治的、安全保障的、経済的利益が認識されることが本来推進力となる。現状この推進力は日本側からは働きにくくなっており、むしろ日中の協力から離脱する圧力が強まっている。
     但し、そもそも中国が掲げた一帯一路と日本のインド太平洋の発展はその大きな目標は同じである。一帯一路の前から日本企業は東南アジアや南アジア、中東に進出し、地域の繁栄と安定から生まれる経済と平和の資源を日本とシェアしようとしてきた。日中が対立的な関係になってきても、一帯一路という言葉を日本という国が受け入れ難くなってきても、一帯一路の国々は日本にとって元々パートナーである。
     また、日中が対立的であっても第三国には関係ない。第三国に対立を持ち込むのは仁義に劣る話である。日本企業が日本政府の代理になって中国企業や中国政府と第三国で対立するのではなく、健全な協力、健全な競争をすべきである。日本と中国は、海外進出の歴史や積み上げてきたものの方向が異なる。日本企業は、調査、基礎的な産業、キャパシティビルディングなどを中心に世界に進出してきた。中国企業は、インフラや資源開発、昨今ではEVなどの新型インフラで勢いがある。日中の補完する点は大きい。意識的に日中企業のマッチングをすることは、海外進出における得意分野での補完という観点で意義がありそうだ。とはいえ、意識的にマッチングするのには、政治的な雪解け、または企業の政治から独立した意識・規範が必要である。
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