タラ号太平洋プロジェクト サンゴ礁のマイクロバイオームの圧倒的な多様性が明らかに
フランスのアパレルブランド「アニエスベー」創設者のアニエス・トゥルブレとその息子、エチエンヌ・ブルゴワが立ち上げその後サポートし続けている、海洋研究や海洋保全に取り組むTara Ocean財団(フランス・パリ、以下 タラ オセアン)が行った「タラ号太平洋プロジェクト」にて、収集したサンプルデータから太平洋のサンゴ礁のマイクロバイオーム(微生物叢)の多様性が、地球上の微生物の推定総多様性に近い可能性があることが明らかになりました。この結果は、科学ジャーナルNature Communications誌に掲載されました。このマイクロバイオームはサンゴ礁の生産性や生物多様性に寄与しています。
2016年から2018年まで行った「タラ号太平洋プロジェクト」は、サンゴ礁のマイクロバイオームの多様性に関するこれまでで最大規模の研究であり、今まで微生物の総数がかなり過小評価されてきた可能性を示しています。
サンゴ礁は、地球上で最も多様な生態系の一つであり、数百万の多細胞生物と関連微生物を含む海洋生物多様性の30%を支えています。これらの微生物は、サンゴ礁の健全性を示す重要な指標ですが、サンゴ礁の生物多様性は、海洋レベルでは未開拓でした。また、気候変動等の影響によりサンゴの被度(生きたサンゴが海底を覆う割合)の減少が進行しており、サンゴ礁の将来に対する懸念が広がっています。
論文の著者であるPierre Galandらは、2016年から2018年にかけて、太平洋の32の島々にある99の異なるサンゴ礁から、3種のサンゴ:イタアナサンゴモドキ(Millepora platyphylla)、フカアナハマサンゴ(Porites lobata)、チリメンハナヤサイサンゴ(Pocillopora meandrina)と、2種の魚:シマハギ(Acanthurus triostegus)、ツノダシ(Zanclus cornutus)およびプランクトンのサンプル、計5,392個を採集しました。これらのサンプルは、サンゴ礁のマイクロバイオームの組成を決定するための遺伝子解析を行い、地理的な分布を記録するためにマッピングされました。また、各サンプリング地点で水温、塩分、その他の環境特性を測定しました。
彼らは、サンプルには約28.7億の遺伝子配列が含まれていると報告しました。これは、「Earth Microbiome Project(地球マイクロバイオームプロジェクト:グローバルな微生物叢多様性マッピングプロジェクト)」が先に報告した22億のサンプルよりも約25%多い結果で、プランクトンが全体的に、最も多様なマイクロバイオームであることを示しています。イタアナサンゴモドキは、サンゴの中で最も多様なマイクロバイオームを持っており、魚類に関しては、ツノダシのマイクロバイオームはシマハギよりも高い多様性を示しました。さらに、西太平洋には東太平洋よりも多様なサンゴ種が生息するにも関わらず、西太平洋のサンゴのマイクロバイオームの多様性は予想に反し、高い多様性が見られないと報告しました。また、海水温とマイクロバイオームの多様性に、有意な関連性は見られませんでした。
同じくNature Communications誌に掲載されたAlice Rouan、Eric Gilsonらによる論文は、2種類の造礁サンゴにおいて、水温の変化とテロメアDNAの長さ(健康と老化の環境感応型マーカー)の関係を調べたものです。この論文で、寿命が短くストレスに弱い造礁サンゴ(ハナヤサイサンゴ類)では季節的な水温変動がテロメアの長さに影響を与える一方、寿命が長く丈夫な造礁サンゴ(ハマサンゴ類)では季節変動よりも熱波や寒波の影響を受けやすいことが報告されました。このことは、一部のサンゴのテロメアが気候変動の影響に対して異なる反応を示す可能性を示唆しています。
その他に、海洋レベルで、かつ超高速シークエンス技術を用いた、サンゴのマイクロバイオーム、ウイルス、適応メカニズムなどに関して複数の論文がSpringer Natureで掲載されています。Scientific Data誌の論文(著者それぞれFabien LombardらとCaroline Belserらによる)で当プロジェクトのサンプリング方法とデータ作成フレームワークについて説明しています。これらすべての論文は、太平洋のサンゴ礁の健全性と生物多様性に関する新たな知見を提供しています。
さらに、タラ号太平洋プロジェクトのような長期的で大規模な科学探査の重要性について当プロジェクトディレクターであるSerge PlanesとDenis AllemandがNature Communications誌に掲載された論文で述べています。
この探査の成果は、Springer Natureの複数のジャーナルに掲載された論文集で紹介されており、下記にて公開中です。
https://www.nature.com/collections/tara-pacific
タラ号太平洋プロジェクト
タラ オセアンと、CNRS、パリ科学・文字学院、CEA、モナコ科学センターなどの国際科学パートナーによって始められた、太平洋にある数千のサンゴ礁の生物多様性を探る学際的プロジェクト。8カ国、23の研究所から100人以上の科学者が参加し、科学探査船「タラ号」は、2年半の探査(2016年~2018年)を行い、30以上の島々からサンプルを収集。
プロジェクト概要: https://jp.fondationtaraocean.org/expedition/tara-pacific/
動画 タラ号太平洋プロジェクト「海の中で」: https://youtu.be/hzl91Q4796c
プロジェクトパートナー
国立科学研究センター(CNRS)、パリ科学・文学大学(PSL)、モナコ科学センター(CSM)、高等専門学校(EPHE)、国立科学研究センター(Genoscope)、原子エネルギー・代替エネルギー委員会(CEA)、国立衛生研究所(Inserm)、コートダジュール大学、国立研究開発庁(ANR)、Agnes Trouble dite agnes b.、Etienne Bourgois、ユネスコ政府間海洋学委員会(UNESCO-IOC)、ヴェオリア財団、モナコ公アルベール2世財団、Region Bretagne、Billerudkorsnas、AmerisourceBergen Company、Lorient Agglomeration、Oceans by Disney、 L'Oreal, Biotherm, Capgemini Engineering、フランス集団およびFonds Francais pour l'Environnement Mondial(FFEM)
タラ オセアン ジャパンとは
2003年に「アニエスベー」創設者のアニエス・トゥルブレとその息子のエチエンヌ・ブルゴワが立ち上げた海に特化した公益財団法人、タラ オセアンの日本支部。タラ オセアンでは、世界中の海を「科学探査船 タラ号」で科学者とアーティストと航海し、地球温暖化やマイクロプラスチックをはじめとする、さまざまな環境的脅威が海洋に与える影響の研究を進めている。
タラ オセアン ジャパンでは、このタラ オセアンの理念と実践を踏襲し、科学探査船 タラ号の活動を紹介するとともに、日本独自のプロジェクトを推進。
科学者とアーティストがともに海を旅して活動することで、科学×アート×教育の力で、見えない海の世界を理解し可視化し、海を守ることの重要性を発信している。
タラ オセアン ジャパンの活動: https://linktr.ee/tarajapan/
※Tara Oceanの正式表記は「Ocean」の“e”の上にアクサン・テギュ
論文タイトルと著者
Planes, S., & Allemand, D. (2023). Insights and achievements from the Tara Pacific expedition. Nature Communications, 14(1), Article 1. https://doi.org/10.1038/s41467-023-38896-6
Belser, C., Poulain, J., Labadie, K., Gavory, F., Alberti, A., Guy, J., Carradec, Q., Cruaud, C., Da Silva, C., Engelen, S., Mielle, P., Perdereau, A., Samson, G., Gas, S., Voolstra, C. R., Galand, P. E., Flores, J. M., Hume, B. C. C., Perna, G., … Wincker, P. (2023). Integrative omics framework for characterization of coral reef ecosystems from the Tara Pacific expedition. Scientific Data, 10(1), Article 1. https://doi.org/10.1038/s41597-023-02204-0
Galand, P. E., Ruscheweyh, H.-J., Salazar, G., Hochart, C., Henry, N., Hume, B. C. C., Oliveira, P. H., Perdereau, A., Labadie, K., Belser, C., Boissin, E., Romac, S., Poulain, J., Bourdin, G., Iwankow, G., Moulin, C., Armstrong, E. J., Paz-Garcia, D. A., Ziegler, M., … Planes, S. (2023). Diversity of the Pacific Ocean coral reef microbiome. Nature Communications, 14(1), Article 1. https://doi.org/10.1038/s41467-023-38500-x
Hochart, C., Paoli, L., Ruscheweyh, H.-J., Salazar, G., Boissin, E., Romac, S., Poulain, J., Bourdin, G., Iwankow, G., Moulin, C., Ziegler, M., Porro, B., Armstrong, E. J., Hume, B. C. C., Aury, J.-M., Pogoreutz, C., Paz-Garcia, D. A., Nugues, M. M., Agostini, S., … Galand, P. E. (2023). Ecology of Endozoicomonadaceae in three coral genera across the Pacific Ocean. Nature Communications, 14(1), Article 1. https://doi.org/10.1038/s41467-023-38502-9
Lombard, F., Bourdin, G., Pesant, S., Agostini, S., Baudena, A., Boissin, E., Cassar, N., Clampitt, M., Conan, P., Da Silva, O., Dimier, C., Douville, E., Elineau, A., Fin, J., Flores, J. M., Ghiglione, J.-F., Hume, B. C. C., Jalabert, L., John, S. G., … Gorsky, G. (2023). Open science resources from the Tara Pacific expedition across coral reef and surface ocean ecosystems. Scientific Data, 10(1), Article 1. https://doi.org/10.1038/s41597-022-01757-w
Noel, B., Denoeud, F., Rouan, A., Buitrago-Lopez, C., Capasso, L., Poulain, J., Boissin, E., Pousse, M., Da Silva, C., Couloux, A., Armstrong, E., Carradec, Q., Cruaud, C., Labadie, K., Le-Hoang, J., Tambutte, S., Barbe, V., Moulin, C., Bourdin, G., … Aury, J.-M. (2023). Pervasive tandem duplications and convergent evolution shape coral genomes. Genome Biology, 24(1), 123. https://doi.org/10.1186/s13059-023-02960-7
Rouan, A., Pousse, M., Djerbi, N., Porro, B., Bourdin, G., Carradec, Q., Hume, B. C., Poulain, J., Le-Hoang, J., Armstrong, E., Agostini, S., Salazar, G., Ruscheweyh, H.-J., Aury, J.-M., Paz-Garcia, D. A., McMinds, R., Giraud-Panis, M.-J., Deshuraud, R., Ottaviani, A., … Gilson, E. (2023). Telomere DNA length regulation is influenced by seasonal temperature differences in short-lived but not in long-lived reef-building corals. Nature Communications, 14(1), Article 1. https://doi.org/10.1038/s41467-023-38499-1
Veglia, A. J., Bistolas, K. S. I., Voolstra, C. R., Hume, B. C. C., Ruscheweyh, H.-J., Planes, S., Allemand, D., Boissin, E., Wincker, P., Poulain, J., Moulin, C., Bourdin, G., Iwankow, G., Romac, S., Agostini, S., Banaigs, B., Boss, E., Bowler, C., de Vargas, C., … Vega Thurber, R. L. (2023). Endogenous viral elements reveal associations between a non-retroviral RNA virus and symbiotic dinoflagellate genomes. Communications Biology, 6(1), Article 1. https://doi.org/10.1038/s42003-023-04917-9