高い活性と熱安定性を兼ね備えたリンゴ酸生産酵素を発見 ~効率的なリンゴ酸生産への第一歩~

明治大学大学院農学研究科環境バイオテクノロジー研究室の伊東昇紀(博士後期課程1年)、小山内崇(准教授)らの研究グループは、好熱性の微細藻類のフマラーゼの性質と、そのリンゴ酸生産への適性を明らかにしました。
・フマラーゼというクエン酸回路の酵素が、有用物質の1つであるリンゴ酸の生産に利用されているが、酵素の熱安定性の低さが、生産においてボトルネックとなっていた。
・好熱性微細藻類の代表的な種であるシゾンと、サーモシネココッカスのフマラーゼの性質を調べた結果、シゾンのフマラーゼが、高活性でかつ高い熱安定性を示すことが判明した。
・本研究成果は、好熱性微細藻類の代謝の理解と、フマラーゼを用いたリンゴ酸生産のさらなる効率化につながると期待される。    
 
要旨
クエン酸回路は、エネルギー生産やアミノ酸の生合成に関わる重要な代謝経路です。クエン酸回路を構成する酵素の1つであるフマラーゼ(Fum)は、フマル酸とリンゴ酸の相互変換を担います。リンゴ酸は幅広い用途がある有用物質です。そのため、培養可能な微生物由来のFumは、リンゴ酸生産用酵素として産業的に利用されてきました。しかしながら、これまでリンゴ酸生産に利用されてきたFumは、熱安定性が低く、効率的な生産は十分に行えていませんでした。そのため、代替となる高活性でかつ高い熱安定性を示すFumの発見が、急務となっています。
微細藻類は、二酸化炭素を栄養源として利用し、生育することができます。さらに、好熱性の微細藻類は、高温で生育するため、他の微生物による汚染を受けにくいという利点を持ちます。そのため、近年では、好熱性の微細藻類の様々な応用利用が検討されています。一方で、好熱性の微細藻類のクエン酸回路の研究は、これまでほとんど行われてきませんでした。好熱性の微細藻類の代表的な種として、それぞれシアニディオシゾン(通称シゾン)注1)とサーモシネココッカス注2)がいます。本研究では、シゾンのFum(CmFUM)とサーモシネココッカスのFum(TeFum)の生化学解析を行い、リンゴ酸生産に適した性質を持つか評価しました。
CmFUMとTeFumは、大腸菌から精製しました。CmFUMとTeFumは共に、リンゴ酸よりもフマル酸を基質としたときに、高い活性を示しました。フマル酸を基質としたときのCmFUMの反応効率は、TeFumや他の生物のFumのものよりも高いことが判明しました。また、CmFUMは、中温性の微生物のFumと異なり、50℃で長時間熱処理をしても、高い活性を維持し続けることが判明しました。
以上から、CmFUMは、高い活性と熱安定性の両方を兼ね備えていることが判明しました。今後、CmFUMを用いたリンゴ酸生産の方法を検討し、最適化することで、今までよりも効率的にリンゴ酸を生産できるかもしれません。
この研究は、明治大学大学院農学研究科 伊東 昇紀(博士後期課程1年)、小山内崇(准教授)らのグループによって行われました。JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCA(代表小山内崇)およびJSPS科研費新学術領域研究「新光合成」(領域代表基礎生物学研究所皆川純教授、計画班代表大阪大学清水浩教授)の援助により行われました。
本研究成果は、2020年9月16日発行のスイス国際科学誌「Frontiers  in Microbiology」に掲載されました。
           
※研究グループ
明治大学 農学部農芸化学科 環境バイオテクノロジー研究室
准教授 小山内 崇(おさない たかし)
博士後期課程1年生 伊東 昇紀(いとう しょうき)
研究技術員 岩住 香織(いわずみ かおり)
補助研究員 鋤柄 春奈(すきがら はるな)

1.背景                                  
クエン酸回路は、エネルギー生産やアミノ酸の生合成に関わる重要な代謝経路で、酸素呼吸を行う全ての生物が持っています。クエン酸回路は、いくつかの反応と、それを担う酵素群により成り立っています。クエン酸回路を構成する酵素の1つであるフマラーゼ(Fum)は、フマル酸とリンゴ酸の相互変換を担う酵素(図1)で、これまで哺乳類や植物、糖を炭素源とする細菌のもので精力的に解析が進められてきました。Fumが担う反応の生成物であるリンゴ酸は、食品や医薬品、農業など、幅広い分野で利用できる有用物質です(図1)。リンゴ酸の機能や用途は、次々と発見されており、近年では、シャンプーや化粧品といった生活用品における利用も、注目されています。そのため、Fumは、産業的なリンゴ酸の生産に利用されています。
リンゴ酸の生産に利用されるFumは、主に培養可能な微生物由来のものです。コリネバクテリウムという糖を炭素源とする細菌のFumを用いた生産が、最もよく研究されてきました。コリネバクテリウムを用いたリンゴ酸の生産では、副生成物の生成を抑えるために、40-60℃で熱処理を行います。しかしながら、コリネバクテリウムを含む中温性の微生物のFumは、熱安定性が不十分で、熱処理によって活性が落ちてしまいます。超好熱菌が持つ熱に安定なFumの利用も検討されていますが、反応温度が高すぎるのと、中温性の微生物のFumよりも活性が低いため、あまり現実的ではありません。このように、活性と熱安定性の両方が高い天然のFumは、見つかっておらず、以前コリネバクテリウムのFumにおいて、変異導入による熱安定性の改善が行われました。
そうした状況の中で、私たちが目を付けたのが、好熱性の微細藻類のFumです。微細藻類は、光合成によって取り込んだ二酸化炭素を唯一の炭素源として生育することができます。中でも、好熱性の微細藻類は、高温で生育するため、熱に弱い他の微生物が同じ培養液に混入しにくく、様々な応用利用が検討されています。好熱性の微細藻類中でもシゾン(図2)、サーモシネココッカスという種は、培養が容易に行え、全遺伝子情報が明らかになっています。加えて、シゾンは、真核生物の中で最も単純な細胞構造をもっています。そのため、これら2種は、モデル生物として様々な研究に利用されています。しかしながら、好熱性の微細藻類の一次代謝における生化学的な知見は乏しく、Fumに関してはこれまで解析が行われてきませんでした。
 そこで、私たちは、シゾンのFum(CmFUM)とサーモシネココッカスのFum(TeFum)を精製し、生化学解析を行いました。そして、これらの酵素がリンゴ酸生産に適した性質を持っているか評価しました。

2.研究手法と成果                             
CmFUMとTeFumは、大腸菌から組換えタンパク質として精製しました。CmFUMとTeFumは共に、リンゴ酸よりもフマル酸を基質としたときの方が、高い活性を示しました。フマル酸を基質としたとき、CmFUMの活性は52℃,pH 7.5で、TeFumの活性は45-55℃,pH 7.0で最大になりました。CmFUMとTeFumの活性の大きさを評価するために、これらの最適条件下で反応効率を求めました(図3)。その結果、CmFUMは、これまでに解析された他の生物のFumよりも、高い反応効率を示すことが分かりました(図3)。
そこで次に、私たちは、CmFUMの熱安定性を評価するために、2種類の実験を行いました。まず、様々な温度で15分間熱処理を行った後のCmFUMの活性の変化(残存活性)を調べました(図4)。その結果、CmFUMの残存活性は、53-60度の範囲で温度に依存して直線的に低下しました(図4)。また、CmFUMの残存活性が半分になる温度は、57℃でした(図4)。この温度は、コリネバクテリウムのFumとその変異型が記録している温度よりも高いです。次に、50℃で長時間熱処理を行った後のCmFUMの残存活性を調べました(図5)。コリネバクテリウムを含む中温性の微生物のFumは、50℃で熱処理をすると、直ちに活性を失います。一方で、CmFUMは、長時間の熱処理後も活性を示し、残存活性が半分になる時間は、8.5時間でした(図5)。
以上の研究から、CmFUMが、高活性でかつ高い熱安定性を示すことが明らかになりました。この結果は、『高温条件下で、クエン酸回路の働きを活発にして、生育する』というシゾンの特徴を、よく説明しています。また、CmFUMは、リンゴ酸生産における熱処理後も、安定して高活性を示すことが期待されます。

3.今後の期待                               
本研究グループは、好熱性の微細藻類のFumの生化学的な性質を明らかにしました。本研究で得られた知見は、好熱性の微細藻類のクエン酸回路の理解に大きく貢献し、それらの生物の応用利用を行いやすくすると予想されます。また、CmFUMは、効率的なリンゴ酸生産に適した性質を有していました。今後は、CmFUMを用いた実際のリンゴ酸生産方法を検討し、最適化することで、安定的なリンゴ酸の供給につながると期待されます。

4.論文情報                                

タイトル

Fumarase from Cyanidioschyzon  merolae stably shows high catalytic activity for fumarate hydration under  high temperature conditions
(日本語タイトル Cyanidioschyzon merolaeのフマラーゼは高温条件下で安定してフマル酸水和へ高い触媒活性を示す) 

著者名

Shoki Ito, Kaori Iwazumi, Haruna Sukigara, Takashi  Osanai

雑誌

Frontiers  in Microbiology

DOI

doi: https://doi.org/10.3389/fmicb.2020.560894
5.補足説明                                
注1)シアニディオシゾン(通称シゾン)
イタリアの温泉から単離された単細胞性の紅藻。真核生物として、最も単純な細胞構造を持つ。真核藻類の中で最初に、全ゲノム配列が決定された。学名は、Cyanidioschyzon  merolaeである。
注2)サーモシネココッカス
大分県の別府温泉から単離された単細胞性のラン藻。窒素固定を行わない。2002年に全ゲノム配列が決定された。学名は、Thermosynechococcus  elongatusである。

※図の解説
図1. Fumが担う反応
Fumは、フマル酸とリンゴ酸の間の変換反応を進みやすくする酵素です。
図2. シアニディオシゾン(通称シゾン)
モデル生物として、世界中で広く研究されている微細藻類の一種。直径は約1.5マイクロメートルで、単細胞性です。
図3. フマル酸を基質としたときの各生物のFumの反応効率
反応効率は、基質を生成物に変換する効率です。CmFUMは、これまでに解析された他の生物のFumよりも、高い反応効率を示します。
図4. 各温度で15分間熱処理を行った後のCmFUMの残存活性
残存活性は、熱処理を行っていないときの活性を100%としたときの相対値で表しています。CmFUMの残存活性は、熱処理の温度が高いほど低下していき、57℃で半分になります。
図5. 50℃で長時間熱処理を行った後のCmFUMの残存活性
残存活性は、熱処理を行っていないときの活性を100%としたときの相対値で表しています。CmFUMの残存活性は、熱処理時間が長いほど低下していき、8.5時間で半分になります。

図1. Fumが担う反応
図1. Fumが担う反応
図2. シアニディオシゾン(通称シゾン)
図2. シアニディオシゾン(通称シゾン)
図3. フマル酸を基質としたときの各生物のFumの反応効率
図3. フマル酸を基質としたときの各生物のFumの反応効率
図4. 各温度で15分間熱処理を行った後のCmFUMの残存活性
図4. 各温度で15分間熱処理を行った後のCmFUMの残存活性
図5. 50℃で長時間熱処理を行った後のCmFUMの残存活性
図5. 50℃で長時間熱処理を行った後のCmFUMの残存活性

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