『植物は自身を分解することで体内の金属バランスを保つ』

明治大学農学部生命科学科 吉本教授の研究グループが新規モデルを提唱

明治大学農学部生命科学科の吉本光希教授の研究グループは植物が細胞内自己分解システム「オートファジー(注1)」を駆使し、体内金属バランスを維持することで、広範囲な亜鉛ストレスに適応していることを報告しました。

本件のポイント

●植物はオートファジーを発動させることにより亜鉛欠乏と亜鉛過剰ストレスの両方に適応しているという新たなモデルを提唱しました。
●このモデルは、植物の金属恒常性維持研究に一石を投じ、将来的に、過酷な亜鉛ストレス環境でも育成可能な農作物の作出に貢献する可能性を秘めています。
●本研究成果は、米国国際植物科学総説雑誌「Trends in  Plant Science」に2021年7月27日付(アメリカ東部時間)で掲載されました。

概要

明治大学農学部生命科学科の吉本光希教授、同大学院農学研究科博士後期課程2年兼日本学術振興会特別研究員の篠崎大樹さんは、植物必須金属元素の1つである亜鉛の欠乏ストレスと過剰ストレスの両方において、オートファジーがストレスレベルを軽減し、症状の発症を抑制していることを報告しました。本報告では、これまでの研究で明らかにしてきた亜鉛ストレス応答におけるオートファジーの役割を軸に、新たな植物体内金属恒常性維持システムを提案しました。本モデルは、植物が過酷な亜鉛ストレス環境に適応するために備え持つ高度なシステムの一端を解明し、将来的に、食糧危機の解決に繋がるような技術開発に貢献できる可能性を秘めています。以上の成果は、Cell Pressが発行する国際植物科学総説雑誌「Trends in Plant  Science」に掲載されました。

研究の背景

植物が健全に成長するのに必須な元素は17種類知られており、その半数以上が金属元素です。土壌中のそれらの金属元素の不足は植物の健全な生育を阻害します。このような金属欠乏が農業上の問題となる一方で、急速な工業化に伴い、過剰な重金属による環境汚染も問題化しています。植物体内の金属恒常性維持システムを解明し、金属の欠乏と過剰によるストレスに植物がどの様に適応しているか理解することは、過酷な環境でも栽培可能な農作物の開発や、少ない肥料で効率的に農作物を生産する技術開発に重要です。
これまで、植物における金属恒常性維持の研究は、主に、どの様に金属を外部環境から吸収し必要箇所に届けるかという「輸送」に注目した研究が盛んに行われてきました。吉本教授のグループは、細胞内自己成分分解機構の一つであるオートファジーの研究を展開する過程で、輸送以外の金属欠乏応答機構として、オートファジーが体内に存在する既存の金属のリサイクルメカニズムとして機能している可能性に着目しました。オートファジーとは、細胞内の分解対象物を脂質二重膜の小胞で包み込み、液胞に輸送して分解するシステムです。この分解産物は新たな生体成分を合成するために再利用されます(図1)。

図1
図1

図1:植物細胞におけるオートファジーの過程

細胞内(細胞質内)に生じた隔離膜が伸長し、分解対象物(図中には赤色で表記)を包み込んだ脂質二重膜でできたオートファゴソームを形成します。オートファゴソームの外膜は液胞膜と融合し、内膜に包まれた分解対象物が液胞内部へと放出され、オートファジックボディとなります。オートファジックボディは液胞内の酵素の働きにより速やかに分解され、分解産物は新たな生体成分を合成するために再利用されます。

本グループは、以前、亜鉛欠乏時にオートファジーが誘導され、生体内亜鉛リサイクル効率が上昇することを報告しました(過去のプレスリリース「明治大学 農学部 生命科学科 吉本光希准教授らの研究グループ 植物が備え持つ亜鉛欠乏耐性機構の一端を解明 ~植物は自身を分解することで亜鉛欠乏耐性を獲得している~」を参照:https://www.meiji.ac.jp/koho/press/6t5h7p00002ynr6l.html)。細胞内の亜鉛の多くはタンパク質等に結合しているため、これらの生体分子を分解することで遊離亜鉛が得られます。植物は亜鉛欠乏時にオートファジーを活性化し、得られた遊離亜鉛を必要な箇所に供給することにより、亜鉛欠乏耐性を発揮しています。加えて、亜鉛欠乏症の原因は、過剰に吸収された鉄が引き起こす活性酸素種(注2)生成による酸化ストレスであることも発見しました(論文「Autophagy  Increases Zinc Bioavailability to Avoid Light-Mediated Reactive Oxygen Species  Production under Zinc Deficiency」:https://academic.oup.com/plphys/article/182/3/1284/6116152)。
また、本グループはさらに研究を発展させ、亜鉛過剰ストレスへの適応にもオートファジーが重要な働きをしていることを最近報告しました。土壌中の亜鉛が過剰になると、鉄の植物体内への吸収が阻害され、植物に鉄欠乏症状が現れます。本グループは、亜鉛過剰時のオートファジーは生体分子の分解により鉄を遊離させ、必要箇所にその鉄を供給することで鉄欠乏を抑制していることを明らかにしました(論文「Optimal  Distribution of Iron to Sink Organs via Autophagy Is Important for Tolerance to  Excess Zinc in Arabidopsis」:https://academic.oup.com/pcp/advance-article/doi/10.1093/pcp/pcab017/6126429)。
今回は、これらの研究成果を中心に、植物の亜鉛ストレス応答機構の新たなモデルを構築し、総説専門雑誌内のフォーラム記事として発表しました。

研究成果

土壌から植物体内への金属の吸収に関わる輸送体タンパク質(注3)は、亜鉛と鉄の両方の吸収に関与します。土壌中のこれらの金属濃度が適切な場合、植物は亜鉛と鉄を適切なバランスで吸収することができます(図2 中央)。一方で、亜鉛欠乏時には鉄の吸収量が増加し、また、亜鉛過剰時には鉄の吸収量が減少することにより、植物体内の亜鉛ー鉄バランスが崩れると考えられます。亜鉛欠乏時のオートファジーは、遊離亜鉛の供給を通じ、この崩れたバランスを矯正します。これにより、過剰な鉄により誘導される活性酸素種生成が抑制され、葉の黄化(クロロシス)として観察される亜鉛欠乏症状が緩和されます(図2 左)。亜鉛過剰時のオートファジーは鉄を供給することにより、亜鉛過剰により崩れた亜鉛ー鉄バランスを回復させます。鉄欠乏は葉緑素の合成を阻害するため、亜鉛過剰時にクロロシスが生じますが、オートファジーにより鉄が供給されることにより、この症状が緩和されると考えられます(図2 右)。このように、オートファジーは亜鉛欠乏下と過剰下で別種の金属の供給システムとして機能し、亜鉛―鉄シーソーを管理することで、幅広い亜鉛ストレスに適応しているというモデルを世界で初めて提唱しました。

図2
図2

図2:オートファジーによる細胞内『亜鉛―鉄シーソー』の管理

土壌からの金属の吸収を担う輸送体タンパク質は亜鉛(紫の丸で表記)と鉄(緑の丸で表記)の両方の吸収に関与します。適切な亜鉛濃度の土壌では、亜鉛と鉄はバランスよく吸収され、植物は健全に生長することができます(中央)。しかし、亜鉛欠乏時には相対的に鉄の量が多くなり、植物体内の亜鉛ー鉄シーソーが傾きます。オートファジーは生体物質を分解することで遊離亜鉛を供給し、このバランスの崩壊を矯正して亜鉛欠乏症状の発症を抑制します(左)。また、亜鉛過剰時には鉄の量が減少し、逆方向にシーソーが傾きます。亜鉛過剰下では、オートファジーは鉄を供給することでバランスを矯正し、植物を健全な成長へと導きます(右)。

今後の期待

今回のモデルで、亜鉛と鉄という2種類の金属元素の植物体内における拮抗関係と、そのバランスを保つためにオートファジーが重要な働きをしていることが示されました。この成果は植物の金属恒常性維持機構の全体像解明に貢献し、過酷な環境でも生きのびる植物の強かさの根源を理解することに繋がります。また、植物体内における栄養素のマネジメント機構が理解されることにより、少ない肥料で効率良く作物を栽培する技術や、高度な環境ストレス耐性を持った作物の開発に貢献できると期待されます。

論文情報

●論文タイトル:Autophagy  balances the zinc-iron seesaw caused by Zn-stress
●著者:Daiki  Shinozaki & Kohki Yoshimoto
●掲載雑誌:Trends in  Plant Science
●DOI:10.1016/j.tplants.2021.06.014
●公開日時:2021年7月27日 午前11時(アメリカ東部時間、オンライン先行公開)
●URL:https://doi.org/10.1016/j.tplants.2021.06.014      

用語説明

(注1)オートファジー
真核細胞内の主要な自己分解経路の一種です。細胞内に生じた隔離膜が伸長し分解対象物を内包したオートファゴソームを形成、オートファゴソームを細胞内の分解区画である液胞に輸送して内容物を分解します(図1)。

(注2)活性酸素種
高い酸化能力をもち、生体に酸化ダメージを与える化合物で、一般的に、スーパーオキシド、ヒドロキシルラジカル、過酸化水素、一重項酸素が知られています。

(注3)輸送体タンパク質
生体膜を貫通するパイプ状のタンパク質で、膜内外の物質輸送を担います。植物において土壌からの栄養吸収を担う輸送体は、根の細胞膜に局在し、外部環境の物質を根の細胞内へと輸送します。


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