【岡山理科大学】<星野名誉教授・特別寄稿> 「牧野富太郎が命名したシラガブドウ」
岡山理科大学名誉教授、元ワイン発酵科学センター長
星野卓二
シラガブドウは、1918年に牧野富太郎により新種として発表された、つる性植物である。牧野富太郎は、この春から始まった、NHKの朝ドラ「らんまん」のモデルとなった植物学者である。日本の植物学の父と称され、新種や新品種など1500種類以上の植物を命名した。
シラガブドウは、環境省では絶滅危惧ⅠB類とされている。シラガブドウは、岡山県の高梁川流域にのみ分布し絶滅が危惧される植物で、日当たりの良い河岸に生育する。野生のヤマブドウと同様に雌雄異株であり、秋には雌株に小型の黒いブドウの房をつける。シラガブドウは、茎に稜があり角張っていて、断面が四角形であり他の野生ブドウと区別される。
NHKの朝ドラ「らんまん」で改めて脚光
牧野は、岡山県新見市と高梁市の植物採集を日記で詳細に記録している。その記録は、「牧野富太郎 植物採集行動記録(明治・大正編)、山本正江・田中伸幸編、2004年 高知県立牧野植物園発行」にまとめられている。行動記録によると、牧野は、大正3年(1913年)8月3日から8月13日の朝まで講習会や植物採集のために岡山県の高梁市、新見市に滞在している。シラガブドウは、お世話になった白神寿吉にちなんで牧野富太郎が名付けた。白神寿吉は、旧阿哲郡上市町に生まれ、後に広島高等師範学校植物学教室の助教授となり、新見市の名誉市民でもある。新見市出身の白神寿吉は、牧野の滞在中に植物採集に同行して、講習会等の世話をした。日記には、牧野が新種として発表した、ヤマトレンギョウ、アテツマンサク、シラガブドウなどをその時に採集したと書かれている。
新見市の利元寺境内に記念の石碑
牧野富太郎と白神の交友を証明するものとして、新見市の利元寺境内の碑がある。それには、「白神葡萄 Vitis Shiragai Makino 見付け主 名付けの主も年ふりて 共に白髪のおやぢとぞなる。九十一歳 昭和二十七年正月 牧野結網」と書かれている。牧野結網は牧野富太郎のペンネームである。文章中の「見付け主」が白神寿吉で、「名付けの主」が牧野富太郎であると考えられ、共に年老いたことを記した。牧野富太郎が91歳(数え歳)であり、その時の白神寿吉は74歳(数え歳)であった。植物学を研究していた白神寿吉にとって、牧野富太郎との野外での植物採集は素晴らしい経験であったと考えられる。
野生のシラガブドウとマスカット・オブ・アレキサンドリアを交雑して、新しい赤ワイン用ブドウを作る試みが2018年から始まった。岡山理科大学、倉敷市およびふなおワイナリーとの共同研究である。赤ワイン用のブドウは色つきが重要であるが、最近の地球温暖化の影響で着色障害を受ける地域が拡大、北上している。特に、西日本の瀬戸内地方では昼夜の温度差が少なくブドウの色つきが良くない。しかし、シラガブドウは、高温でも着色性に優れていて糖度も高く栽培種との交雑により、優良な新品種の作出が期待できる。
2022年秋には、交雑株がブドウの房をつけた。雑種株はシラガブドウに近いものから、マスカットに近いものまで様々な形態を持った株が得られた。それらの中から、果実が黒色で新品種候補となる複数の系統からワインの試験醸造を行うことができた。まだ新品種の選別まで至ってはいないが、数年中には新品種を世に出すことを計画している。
成育環境や生活史を研究し、保護保全に少しでも貢献
シラガブドウは、岡山県高梁川流域にのみ生育する貴重な種である。環境省の絶滅危惧種にも指定されていて、積極的な保護が必要な植物である。シラガブドウの花や果実は小さく目立たなく、しかも、利用されることがないため、根元から切られる場合が多い。河川の改修工事などにより個体数が減少していて、積極的な保護が必要である。今後は、岡山県内のシラガブドウの生育環境や生活史を定期的に調べて、保護保全に少しでも貢献したいと思っている。