【岡山理科大学】化石に眠る太古のタンパク質を「見る」技術を開発 理大などの研究グループ/世界初の手法 恐竜化石にも応用可能

岡山理科大学などの研究グループは、岡山、香川両県にまたがる瀬戸内海(備讃瀬戸)の海底から産出した数万年前のゾウ類化石を使って、化石の組織形態を壊さずに化石内に存在するタンパク質を可視化、検出する方法を開発しました。見た目だけでは種の特定が難しい化石でも、タンパク質のアミノ酸配列を解析することで、高精度な種同定が可能になりました。化石に含まれる骨の主成分・コラーゲンを染色する特殊な手法で、世界初の方式です。これで恐竜など絶滅動物の化石からのタンパク質が抽出できる可能性があります。
論文は国際的学術誌「Journal of Proteome Research」に掲載されました。
岡山理科大学恐竜学科の辻極秀次教授、千葉謙太郎講師、兵庫県丹波市恐竜課の稲葉勇人・教育普及専門員(岡山理科大学大学院生)らが7月18日、岡山理科大学岡山キャンパスと丹波市立たんば恐竜博物館をオンラインで結び共同記者会見して発表しました。
研究グループによると、タンパク質は、遺伝情報を担うDNA よりも化学的に安定しており、数百万年以上にわたって化石内部に残存する可能性が示されています。そのため、DNA が失われてしまった古い化石からでも、タンパク質を分析することで、絶滅動物の系統関係や生態などを明らかにできると期待されています。この研究分野を「パレオプロテオミクス」と呼びます。
ところが、従来のタンパク質分析は、化石試料の一部を粉末にして成分を抽出する方法が主流で、化石に付着した微生物や、研究過程において現生生物由来のタンパク質が混入してしまう可能性を排除できず、分析結果の信頼性が長年の課題となっていました。
こうした不安要素を排除するため、本研究では、瀬戸内海の海底で見つかり倉敷市自然史博物館で所蔵されていたゾウ類の象牙、肋骨などの化石を検査対象とし、薄くスライスした「研磨標本」で、骨のタンパク質の主成分であるコラーゲンを特異的に染色する特殊染色法を実施しました。再生医療が専門の辻極教授が元々、実験動物の組織などを染色する際に使っていた手法で、これを化石に応用しました。
その結果、化石の微細な組織構造を保ったままタンパク質の存在とその分布位置を直接「見る」ことに世界で初めて成功しました。
今回の発表の主なポイントは以下の3点です。
⓵ 化石の組織を壊さずにタンパク質を「見る」手法の確立
複数の特殊染色法を試した結果、「Van Gieson(ワンギーソン)染色」という方法が、化石の元々の構造が保たれている標本に含まれるコラーゲンを、鮮やかな赤色に染色するのに最も効果的であることを突き止めました。これにより、化石の微細構造を破壊することなく、タンパク質の存在と分布を直接、目で見て確認する技術が確立できました。
⓶ 化石骨に数万年前のコラーゲンが残存していることを多角的に証明
Van Gieson 染色で陽性反応を示した今回の化石骨について、最先端の質量分析計でアミノ酸配列を解析した結果、その配列は絶滅したゾウ類のI 型コラーゲンと最もよく一致しました。これらの結果は、検出されたタンパク質が外部からの汚染ではなく、数万年前に生きていたゾウ類に由来する内因性のものであることを強く示しています。
⓷ 骨と象牙でタンパク質の保存状態が異なることを解明
また本研究では、同じゾウ類の化石でも、骨と歯(象牙)ではタンパク質の保存状態に大きな違いがあることも明らかになりました。骨からは良好なタンパク質が検出された一方、象牙からはほとんど検出されませんでした。これは、象牙を構成する象牙質が、象牙細管と呼ばれる微細な管を無数に持つ構造であるため、タンパク質の分解が進みやすかったためと考えられ、今後のパレオプロテオミクス研究でタンパク質が残りやすい試料を選定する上で重要な指針となります。
論文筆頭著者の稲葉・教育普及専門員は「パレオプロテオミクスの研究にいつもつきまとうのは、『本当に古代のものか?』という汚染の問題です。今回確立した染色法は、複雑な分析の前に、化石に残るタンパク質の保存状態を『目で見て』確かめることができる画期的な手法です。数万年前のコラーゲンが目の前で鮮やかな赤色に染まった時の感動は忘れられません。この技術が、誰も見たことのない恐竜のタンパク質の発見など、未来の研究の扉を開く一助となればうれしいです」と話しています。
恐竜化石からタンパク質抽出への挑戦
今回は数万年前の化石のタンパク質の確認でしたが、恐竜化石だと数千万年以上前となり桁違いの時間が経過しています。恐竜化石のタンパク質抽出の可能性について、辻極教授は「極微量なので濃縮する必要があります」としたうえで、「恐竜は現在、形だけでしか分類できていませんが、タンパク質のアミノ酸配列を調べれば、どんな生物から進化してきたかなどいろいろなことが分かります。恐竜を生物として解析し、恐竜の生理機能に迫っていきたい」との目標を語りました。
また、千葉講師は「(恐竜化石のタンパク質解析が成功すれば)情報の解像度というのは圧倒的に変わります。古生物というのは本当に情報が限られている分野ではあるんですが、我々が想像のつかないようなところまで分かっていくんじゃないかと思います」と強い期待感を強調しました。
研究グループは既に恐竜化石のタンパク質解析に着手しており、辻極教授は「来年には論文にまとめたい」との見通しを示しています。


