【表現者クライテリオン】安倍総理は「無自覚な宰相」なのか?
最新号『表現者クライテリオン』 特集は「安倍晋三 この空虚な器」
何が安倍政権の「人気」を支えているのか?
隔月刊誌『表現者クライテリオン』の最新号が発売になりました。特集テーマは「安倍晋三、この空虚な器」です。
安倍内閣はもうじき7年目に入ります。11月には、第一次内閣時代を通算した首相在職日数が、桂太郎を抜き歴代最長になるとのこと。平成の終わりから令和にかけて、憲政史上でも稀な長期政権が生まれ、さまざまな問題が噴出しているにも関わらず、今のところ倒れる気配もない。いったい何が、この「人気」を支えているのか、というのが今回の特集で取り上げたい問題でした。
いま、世界的にポピュリズムが台頭しています。これは、冷戦終結後、グローバルな資本主義が各国の政治を飲み込んでいった結果、右派も左派も(資本の論理に忠実な)新自由主義を軸に中道化していったことへの反動と理解すべきでしょう。既存の体制に不満を覚える層が、一方では移民制限やアイデンティティ復活を唱える新たな右派に、他方では富裕層・大企業課税の強化と積極財政を求める新たな左派に分極している。新自由主義的中道路線から見れば、どちらも反主流のポピュリズムということになっていますが、現下の情勢を見るに、反動の波が収まる気配はありません。次の大きな経済危機がやってくれば、左右ともに勢力をさらに拡大して、既存の支配体制を揺るがす事態へと発展していくでしょう。
ところが日本では、(欧米で顕著に見られるようなタイプの)ポピュリズムは起きていない。平成以後、新自由主義改革が段階的に進められ、「岩盤規制」の改革を唱える安倍政権もその延長線上にあるのは明白ですが、国内で激しい抵抗や批判を受けるどころか、むしろ高い支持率を保持し続けているわけです。もちろん、不満がないわけではない。ところが安倍政権はそれらの不満をうまく散らし、世論を巧みにコントロールしながら、権力を維持している。おかげで小泉政権以上に資本寄りの政策を採りながらも小泉ほどの反発を受けず、歴代の自民党政権でも一、二を争うほどの対米従属路線をとりながらも右派の攻撃を受けない。それどころか、熱心な安倍応援団まで従えているというのは、冷静に考えれば奇妙な現象です。
度を超した保守派の「忖度」
左派は、「戦前回帰をもくろむ極右」というレッテルを貼りたがりますが、これは客観的な事実と合っていません。欧州や米国の極右は、移民排斥や反グローバリズムを掲げて勢力を伸ばしていますが、安倍内閣が行っているのは移民政策の事実上の容認と、対内投資の積極的な受け入れであって、方向性は明らかに逆です。むしろ、この三〇年で新自由主義的なイデオロギーを目一杯に吸い込んだ中央官庁の、振り付け通りに動いているという方が実態に近いように思います。
首相の悲願とされる憲法改正にしても、現行の改正案は9条の条文はそのままに自衛隊の存在を明記する条項を新たに付け加えるという「加憲」であって、戦後の歴代政権が続けてきた解釈改憲をただ明文化するという以上のものではありません。それは「戦前回帰」をもくろむという強いイデオロギーに裏打ちされたものというより、(本誌特集で堀茂樹氏が書いているように)「戦後レジーム」を自堕落に追認する性質のものと理解すべきでしょう。
一方、保守派は「国家観のあるリーダー」であるかのように語りますが、これも事実とかけ離れている。
(本誌座談会で中島岳志氏も発言している通り)安倍晋三という政治家の言動からは反左翼という以上の目立った特徴は見いだせません。新自由主義でさえ、おそらく信念に基づくものではない。
外交でも、韓国に対しては強い態度に出る一方で、アメリカに対してはほとんど抵抗らしい抵抗もできないのは、日米貿易交渉の結果を見れば明らかです。(なお、読売新聞を中心に、日米交渉は安倍政権側の強い主導権の下で進められたと報じるメディアもありますが、自動車関税の撤廃さえ勝ち取れず、将来の制裁関税の発動回避も口約束しか取れていない交渉の、いったいどこに「強い主導権」があったというのか。保守系マスコミの政権「忖度」は度を超していると言わざるを得ません。)
左派も右派も、安倍首相を「強いリーダー」と見定めて、批判したり擁護したりしているわけですが、そのどちらも客観的な事実に反しているのではないか。
むしろ現在の日本は、権力の中心が巨大な「空虚な器」と化していて、皆がそれぞれの立場から勝手な幻想や期待を入れ込んでいるだけではないのか。安倍「人気」を、単に景気がいいからとか、野党がだらしないからといった分かりやすい話で収めるのではなく、今の日本が抱える「歪み」の象徴と理解することで、見えてくるものがある。本誌の特集や座談会では、そういう問題意識に沿って各氏が興味深い論を展開しています。是非、ご一読頂ければと思います。
From 柴山桂太(京都大学大学院准教授)
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