建築家/伊礼智×コピーライタ―/岡本欣也対談 "古き佳き設計を生かし、手を加え価値を高める"―書籍「心地よさの ものさし」より

伊礼智さんの近年の設計事例から性能と意匠を両立させた家のみを紹介する「伊礼智の住宅設計作法Ⅲ 心地よさの ものさし」。コピーライターの岡本欣也さんとの対談があります。岡本さんといえば、JTの「大人たばこ養成講座」シリーズ「あなたが気づけばマナーは変わる。」や、ゴディバ「日本は、義理チョコをやめよう。」というコピーでおなじみなので、コピーは見たこと・聞いたことがあるという方が多いのではないでしょうか。建築好きで吉村順三ファンの岡本さんが吉村設計マンションを購入しリノベーションを伊礼さんに依頼したいきさつや、伊礼さんの吉村設計への思いなどを語っていただいた本書から一部を抜粋して掲載します。―――「心地よさの ものさし」より

2019年の9月、フジタ第2箱根山マンションの一室がリノベーションされました。このマンションの持ち主はコピーライターを生業とされる岡本欣也さん。建築が好きで、特に吉村順三さんの建築ファン。吉村さんが手掛けた箱根のホテル小涌園、フジタ第1、第2マンションの存在はもちろん知っていましたが、その一室が売りに出されていることを知り、またこの物件の価値が落ちていると感じた岡本さんはこれを価値あるものとして残したいという思いを強くし、マンションを購入。建築家の伊礼智さんにリノベーションを託しました。自宅、職場に続く第3の拠点としてこのマンションを活用される岡本さんに、伊礼さんに依頼した経緯やこの空間の心地よさ、伊礼さんの設計について、お話をお伺いしました。

建築家の伊礼智さん(右)とコピーライターの岡本欣也さん(左)
建築家の伊礼智さん(右)とコピーライターの岡本欣也さん(左)

伊礼  吉村先生が設計したものにどう手を加えるかというのには相当なプレッシャーがありました。もとのいい部分は残すというか、戻せる部分は戻そうと思いました。ただ、性能なんかを考えると全く同じには戻せないし戻さない。ガラスをペアガラスにしたり。僕がここで残したのは長押し(なげし)です。吉村先生の建築の美しさは何とも言えない落ち着くきれいなプロポーションなので、それだけは残したいと思って、壊して全く同じ寸法、同じ高さで見付も同じでつくり直しました。横に水平ラインが廻っているというのが吉村先生らしいプロポーションだと思います。
リビング・ダイニングの障子のデザインも変えました。寝室の障子はオリジナルを残しています。吉村先生も晩年は障子の幅が大きくなっていったというのもあって、それぞれの幅の違いなんかも意識的に遊びながら変えました。

左が寝室、右がリビング・ダイニングの障子。敢えて幅を変えて遊びを演出している。リノベーションで張りなおした天井の無垢杉板のスジの向きもそれぞれ違いがある
左が寝室、右がリビング・ダイニングの障子。敢えて幅を変えて遊びを演出している。リノベーションで張りなおした天井の無垢杉板のスジの向きもそれぞれ違いがある

岡本  伊礼さんは『自分は影を潜めながら』とおっしゃいますが、僕から見ると結果的にはものすごく伊礼さんらしさがあふれる空間になっていると思います。いろいろな方のデザインを織り交ぜながらという考え方も含め、人もモノも融和させながら設計していただいた。そうは言っても随所に伊礼さん独自のセンスや考えがありますよね。
僕はキャビネットがすごく好きなんですが、実物を見て、使われている木の種類が場所によって緻密に変えられていたことに、こんなことを考える人がいるんだと感動しました。キャビネットだけでなく、随所にその考え方があるんです。襖の引き手部分だったり、戸棚のガラス戸の手掛け部分だったり。単純に「木」と漠然と思っていたら、ラワンベニヤだったりチークだったり杉だったり、そういう繊細さはこれまで見たことがありませんでした。

伊礼  目立たなくしたいんです。いかにも目立つようなディテールじゃなく、触れた時にわかればいいといつも思っています。

岡本  さりげなさ過ぎて写真なんかではわかりにくいけれど、実際に見ると手触りが違ったりしてわかるという繊細さですよね。本でしか伊礼さんの空間を知らなかったので、実際にできあがって、伊礼さんらしさというか全体のほんわかしたやさしい感じも含めてお人柄が表れているのかな。よく見るとディテールの厳しさがあるというと長押の水平ラインは寸法と高さを同じにしてつくり直し、ぐるりと廻したころも。その両方が伊礼さんのつくる空間なんじゃないかと思います。僕もモノ(広告)をつくる仕事をしているので、つくるということにおいてその人らしさがどう表れるのかということはだいたいわかります。その人らしさがそこはかとなく投影されていく。広告は自分だけでつくるわけではないし、それを見た人が、つくった人の名前まで知ることはない。でも同じ業界の人たちにはあの人らしいね、というのはよくわかるんですよね。

伊礼  僕も吉村流派と言われることがあります。その流派と呼ばれる建築家は大勢いますが、一般の方から見ると吉村さんと同じで見分けがつかないよね、と言われます。ただ、実際は全然違う部分は大きいし、業界の中ではその違いははっきりとわかる。音楽でいうと「主旋律は同じなのにコードが違う」という感じでしょうか。同じ素材を使っていてもどこか違う、というのはそういうディテールに現れるのかもしれませんね。

岡本  建築家の方それぞれに特徴や考え方があると思いますが、伊礼さんは作家性を前面に押し出さずに、意図的に引こう(自分を出さないように)としているという印象があります。

伊礼  僕はどちらかというとプロダクトデザイナーと感覚が近いと思っていて、できるだけ多くの人に使ってもらいたい。だから個性的な作品をつくるというよりも目立たないようにという思いが強いのかもしれません。まぁ、目を惹くようなものを創る能力もないのですが…(笑)。

岡本  「引いて出る個性」というのは作家としては上品な個性ですよね。

伊礼  吉村先生がそんな感じだったと僕は思っているので。吉村先生が「普通じゃだめなのかい?」と言われたという逸話は語り継がれていますが、僕もその普通が大切だと思っています。

岡本  その意識における正当な系譜?普通であることの尊さを引き継がれているのが伊礼さんなんじゃないかな。

伊礼  吉村先生のお弟子さんにあたる益子義弘さんの言葉で「空間のコク」というのがありますが、僕はその言葉がとても好きです。照明や素材なんかが影響してくるんですが、このマンションも吉村先生のほどよいコクがある。それをここでは守りたいと思いました。ラワンベニヤを選んだのもそういうことです。
例えばここの天井は細かいスジを入れた杉板で張り替えました。アルヴァ・アアルトが用いる手法で天井に細かい小幅板を使うと、空間に方向性を創り出して、かつ味わい深い天井になる。マンションリノベを得意とする小谷和也さんが知り合いの材木屋さんに頼んでヒノキでつくってもらっていたのです。僕は杉の赤身の部分でこれをつくってもらったら、あたらしいけれど10年くらいたったような天井に見える。コクのある空間になりました。

岡本  元々この天井はラワンベニヤでした。それが吉村さんらしさを出していたので、そのままがいいなと思っていましたが、張り替えると言われて驚きました。そうくるかと。

伊礼  ベニヤと無垢板の違いもあるんです。コクが出るのはベニヤよりも厚みのある無垢の板かな? と感じていたし、調湿機能や音の反射具合も心地よさに影響してくるので、それぞれのバランスを考えて、この方がいいと。

岡本  天井のラインが窓の方に向いていて、広がりとリビングのつながりを持たせていることも。視線がいざなわれているというのもすごく気持ちがいいと思っています。こういうことを全く何もないところからイメージされることや、木の種類によって見た目の味わいが変わるという計算をされているなんて、想像にもおよびませんでした。(続く)

------------------------------------------------------------------------------------
全文は書籍「伊礼智の住宅設計作法Ⅲ 心地よさの ものさし」に掲載しています。

新建新聞社(本社:長野県長野市・東京都千代田区)発行の「伊礼智の住宅設計作法Ⅲ 心地よさの ものさし」は、
ただいま好評発売中です。


AIが記事を作成しています