日本画像学会創立60周年記念で創設した 『複写機遺産』に、4機種が初認定
一般社団法人日本画像学会(本部:東京都中野区本町2-9-5 東京工芸大学内、会長:面谷 信)は、当学会の創立60周年を記念して創設した『複写機遺産』の初めての認定先を決定いたしましたので、お知らせいたします。
国内メーカーより申請された多数の機種について、複写機技術発展史上の重要性や、国民生活、文化・経済、社会、技術教育に対しての貢献と、その独自性や歴史的特徴を評価した結果、第一回の認定機として、以下に示す4機種を認定いたしました。
2018年度 複写機遺産
機器名称:リコー リコピー101
企業 :株式会社リコー
認定理由:複写の代名詞「リコピー」の起源となった卓上複写機
機器名称:富士ゼロックス 914
企業 :富士ゼロックス株式会社
認定理由:国内で製造された初めての乾式電子写真方式の事務用複写機
機器名称:キヤノン NP-1100
企業 :キヤノン株式会社
認定理由:ゼロックス社の特許網を破った独自技術による普通紙複写機
機器名称:コニカ U-Bix480
企業 :コニカミノルタ株式会社
認定理由:国産技術による最初の間接乾式電子写真複写機
遺産認定記念行事
日本画像学会では、今回の初めての複写機遺産認定にともない、複写機遺産認定式及び記念講演を予定しています。2018年12月7日(金)9:30~16:30に一橋講堂(東京都千代田区一ツ橋2-1-2 学術総合センター内)にて開催する日本画像学会60周年記念シンポジウム『イメージング技術の未来展望』の中で、複写機遺産認定式・複写機遺産認定記念講演を行います。
『複写機遺産』認定事業とは
2018年は、日本画像学会の創立60周年であるとともに、米国のチェスター・カールソン(Chester F. Carlson)が、1938年10月22日に最初の電子写真画像形成実験に成功してから80周年にあたります。電子写真技術を用いた複写機、プリンターの普及が、オフィスにおける事務作業、文書処理業務に革新をもたらしました。電子写真技術の発展は、日本の情報機器産業に携わる企業の研究者や技術者が大きく世界をリードし、また学術的側面からは日本画像学会が強力に支えて参りました。
チェスター・カールソンの発明から80年を迎える2018年、日本画像学会は、創立60周年を記念し、日本における複写機産業の原動力となった初期の複写機の、技術的、社会的功績を顕彰し、現存する歴史的複写機に採用された技術を長く記憶にとどめ、後世に伝えるために『複写機遺産』を創設して認定する事業を開始することにしました。
「複写機遺産」とは、複写機関連技術の歴史を示す具体的な事物・資料であり、複写機関連技術の「発展史上」重要な成果を示すもの(工学的視点から)、または複写機関連技術で「国民生活、オフィス業務、文化、経済、社会、技術教育」に対して貢献したものとします。認定に際しては、以下の基準に該当するもので、広く複写機関連技術・複写機関連工学への貢献度を評価します。
(1) 対象物が、その独自性(例えば、はじめて開発されたもの、最初のもの、
現在最古のもの、以前に広く使われた複写機で現存個体数がきわめて
少ないもの)によって区別されるもの。
(2) その他、複写機関連技術史上の特徴を保有しているもの。
(3) 既に博物館などで記念物として認定されたものも含む。
認定に際しては、会員からの推薦を元に、複写機遺産委員会おいて、書類審査によって絞られた候補について現地調査を実施し、資料の保存状態を確認させていただくとともに、資料の技術価値を示す文献の調査、資料の開発、生産、販売等に関わられた方への聞き取り調査(可能な場合)を行い、認定基準を満たす候補資料数点を選出します。
普通紙複写機の果たして来た歴史的役割
- 革命的と評された事務処理の効率化
1800年代、イギリスに始まった“産業革命”が世界中に伝播し、社会のあらゆる面で近代化が劇的に進みます。ビジネスが活発になり、オフィスの中ではこれに伴う文書のやり取りが大幅に増え、1830年前後にはタイプライターの普及が始まります。やがて電話の普及によって遠隔地間での商取引きなどのスピードが格段に上がり、商談の量自体も大幅に増え、これに伴って事務書類の量も膨大なものとなって行きました。1800年代の後半には、機械式の高度なタイプライターや専門職としてのタイピストが登場します。
1887年には、事務用書類のための最初の複写機として米シカゴのA・B・Dick社から「謄写版印刷機」が売り出されます。創業者のディック氏は材木商で、価格表を何枚も書き写すのが面倒になり、謄写版開発者のトーマス・エジソンから機械の製造と販売権を取得して商品化した、というエピソードが残されており、その後1900年代に入ると謄写版印刷機は、規模の大きな事業所には欠かせない機器となっていました。より高画質のオフセット印刷機も同様に、この時期から広く採用が進んで行くことになります。
こうして情報の流通量が膨大になるにつれて、伝達の簡便性や効率性、スピードがますます求められるようになったため、印刷の原版制作に多くの工数と時間を要し、費用も大きい謄写版やオフセットでは、機動的な情報処理のニーズに対応し切れなくなってきます。1910年前後になると「フォト・コピー(写真複写機)」が登場、Photostat(フォトスタット)社の製品がスタンダードな機器として普及しました。1920年代には、ジアゾ染料を塗布した感光紙を用い、光反応によって印字するジアゾ式複写機が開発されたほか、銀塩式や感熱式など、その後も続々と新しい複写方式が生まれます。3M、コダック、RCAなどが名を連ねた1950年代に入ると、複写技術の乱立状態になりました。しかしいずれも、コピーの処理速度やコスト、現像液方式では用紙の乾燥、感熱紙や感光紙では神経質な管理、さらには習熟を必要とする機械全体の操作性などいくつかの課題要素を抱えおり、誰もが手軽にいつでも使用できるところまで洗練されていませんでした。その最後に登場したのが、従来の諸課題をほとんど解決する静電式の普通紙複写機でした。
- 事務機器市場という新しい産業を創出
静電式の普通紙複写機が商品として登場してから60年近くを経た今では、その認識はほんど薄れてしまっていますが、実は非常に高度な精密機器です。
複写機を構成する部品や機構は、譬えるなら自動車部品並みの大きさに近いものがあります。それだけの大きさがありながら、その部品に求められる精度は繊細な腕時計並みのものであり、1960年代、世界に羽ばたこうとしていた日本の自動車産業、あるいは家電産業などを支えた部品技術のトップランナーをもってしても、静電複写機の桁違いの高精度エンジニアリングの要求には、大きな挑戦が必要でした。普通紙複写機が登場したことにより、日本の部品や材料産業の技術水準を大きく引き上げたといっても過言ではなく、モノ作り産業の裾野が飛躍的に広がりました。
チェスター・カールソンについて
電子写真技術を発明したチェスター・カールソンは、1906年生まれで、発明当時は若き技術者でした。1930年にカリフォルニア工科大学物理学部を卒業し、大恐慌下のニューヨークで苦労して職を転々とした後、ようやくR.P.マロリー社の特許部に落ちつきました。この職場で彼は、特許の出願手続きに必要な大量の図面や仕様書を複製し、申請書類を整える業務に従事しました(後に特許部長)。タイプライター、手書き、フォトスタット方式による資料撮影など、手間と時間がかかるもので、処理件数が多く急ぎのものも少なくありませんでした。
彼は働きながら弁理士の資格を取り(1936年)、多忙な仕事の傍ら、より手軽で簡便な複写法を求めて熱心に研究に取り組んでいたということです。その結果、慢性的な腱鞘炎に悩まされるようになり、このことがますます電子写真技術の完成に情熱を傾けさせました。そしてついに1938年10月22日、電子写真技術で、初めて文字を再現することに成功しました。
電子写真技術とは
電子写真技術による複写原理は、主に以下の6つの工程からなります。チェスター・カールソンが電子写真技術を発明した当時は、硫黄を塗布した金属板を摩擦帯電させ、文字を記したガラス板を重ねて露光を行い、さらにライコポジウムという粉末を振りかけて文字を顕像化しました。最後に、ワックスを塗布した用紙を金属板に押圧して文字を転写しています。この一連の工程は、原理的に現在の複写機でもほとんど変わっていません。
(1) 帯電:光導電性(光を照射した部分の電気伝導性が増加する)を有する
感光体表面に均一な電荷を与える。
(2) 露光:原稿からの反射光を帯電した感光体に照射する。光照射された
部分は付与した電荷が減衰し、電気的な画像(静電潜像)が形成される。
(3) 現像:静電潜像に対して帯電した着色微粒子(トナー)を供給し現像する。
この工程で、粉体による可視画像が形成される。
(4) 転写:現像された粉体画像を、用紙に電気的な作用で写し取る。
(5) 定着:転写した粉体画像を加熱などにより溶融し、媒体上に固着させる。
(6) クリーニング:転写時に感光体上に残留した粒子を除去し、
次の画像形成に備える。
日本画像学会について
一般社団法人日本画像学会は、画像の基礎と応用に関する情報交流を行い、画像技術の進歩と発展を目指す技術者、研究者の集まりです。そして、学会は画像科学と技術、およびこれらに関する分野の情報を交換、吸収するさまざまな場を提供しています。
1958年(昭和33年)に電子写真学会として発足。以来、電子写真、ノンインパクトプリンティングを中心とするハードコピーに関する新しい材料、新しいデバイスやプロセス、画像処理などに関する実用的な技術開発と、画像科学に関する基礎学問の発展に寄与してきました。
1998年(平成10年)に創立40周年を迎えるにあたり、学会名を日本画像学会とし、取り扱う技術領域をエレクトロニックイメージングも含むデジタル画像技術をカバーするように発展拡大いたしました。
2008年(平成20年)には創立50周年を迎え、記念事業としてデジタルプリンタ技術全4巻を刊行しました。
2010年(平成22年)に法人設立登記を行い「一般社団法人日本画像学会」として新たに出発しました。現在、会員数は約1,000名で、イメージングに対する大きな夢の実現に努力しています。
なお、日本画像学会は、日本学術会議協力学術研究団体に指定されています。