「ヨーヨー・マ&キャサリン・ストット デュオリサイタル2023」 名古屋公演レポート

世界最高峰のチェリスト、ヨーヨー・マ。そして、彼のパートナーとして30年以上共演続け、2024年でコンサートピアニストとしてプロのキャリア終了を宣言したキャサリン・ストットによる、2年ぶり14回目の来日公演「ヨーヨー・マ&キャサリン・ストット デュオリサイタル2023」が、名古屋・京都・所沢・東京・福岡の全国5都市で行われます。初日となった10月25日(水)愛知県芸術劇場コンサートレポートが、池田卓夫氏(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗(R))より届きました。

ヨーヨー・マ&キャサリン・ストット

チェロのヨーヨー・マとピアノのキャサリン・ストットによるデュオリサイタル2023の初日を10月25日、愛知県芸術劇場コンサートホールで聴いた。2人は1978年に出会い、1985年からデュオを続ける名コンビだ。いざステージに現れるとチューニングを一切せず、シームレス(切れ目なし)に語り継がれる「愛の歌」の数々に身を委ねるうち、心が解き放たれ、幸せな気分で満たされていく。

前半と後半、それぞれが小品と構えの大きなチェロ・ソナタの組み合わせ。来年が没後100年のガブリエル・フォーレ「子守歌」で始まり、ドヴォルザーク「我が母の教えたまいし歌」、セルジオ・アサド(名ギターデュオ「アサド兄弟」の兄の方)「メニーノ」、ナディア・ブーランジェの「歌」を経て再びフォーレの「蝶々」で閉じる小品メドレー。多くが歌を原曲とするのを意識してか、2人ともゴリゴリ&バンバンとは弾かず、繊細で滑らか(レガート)な音の連なりで客席の耳を吸い寄せる。時間の進行とともに歌の呼吸が深くなり、情熱をこめながら豊かな歌を奏でる。「蝶々」は見事に天を翔けた。

コンバンハ! ヨーヨーが日本語で語りかける。「蝶です。なんて美しい。森英恵さんのシンボル、蝶の嫌いな人はいません。自然、人の営み、音楽、芸術、科学、宇宙…。私たちはその宇宙から学ぶこともできれば、できないこともあります。それが今日のプログラムです。どうぞ、お楽しみください」

マイクが置かれると間髪を入れず、キャサリンがドミートリイ・ショスタコーヴィチ「チェロ・ソナタ ニ短調 作品40」冒頭のピアノを弾きだす。1934年、28歳の作曲家がボリショイ劇場の首席チェロ奏者ヴィクトル・クバツキーの勧めで書いた作品だが、旧ソ連の独裁者スターリンの大粛清が始まった年でもあり、後に顕著となる軽妙な諧謔(ユーモア)と絶望に近い悲劇性の同居がすでに存在している。ヨーヨーが若い作曲家の才気を漏れなく引き出すうち、キャサリンのピアノはどんどんテンションを上げ、ヴィルトゥオーゾ(名手)の面目を躍如とさせる。2人の息はぴったり。諧謔がだんだん狂気を帯び、絶望に近づく瞬間も自然の摂理に身を委ね、生きる力を再発見する。人生の素晴らしさに目を向け、力強い響きで今度は不屈の「蝶」を舞い上がらせた。

後半冒頭ではキャサリンが英語で、アルヴォ・ペルト「鏡の中の鏡」について説明した。「1978年に旧ソ連時代の母国エストニアを離れる際に書いた曲です。それまでの作風を一変させたメディテーション(瞑想)。人生すべてのものは不要で、ただ単純さだけが存在します」。ピアノが和音を奏で、チェロが延々と素朴な旋律を歌う反復を通じ、美しくゆったりした時間が過ぎゆく中、世界に向けた2人の強いメッセージを感じた。

セザール・フランクの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」チェロ編曲版にも、ペルトからシームレスで入った。フランクが名ヴァイオリニストで作曲家の友人、ウジェーヌ・イザイの結婚祝いに書いた名曲だから幸せな気分に満ち、時に男女の性愛を思わせる官能性も漂わせる名曲中の名曲だが、ヨーヨーとキャサリンは熱に溺れず、早めのテンポでしっとりと語り合う。気づけば情熱が高まり、物憂げな歌も聴こえてくるが、2人は官能を超えた愛の本質へと突き進み、最後は鮮やかな「蝶」の舞いが現れた。

ブラヴォーが飛び交う中、アンコールが2曲、ほぼ続けて演奏された。最初はエドワード・エルガーが周囲の反対を押し切って結婚に漕ぎつけた妻、アリスに捧げた「愛のあいさつ」。今の世界が渇望する「夢みる時間」を一瞬でもいいから届けたい、そんな2人の優しい思いが伝わった。続いてヨーヨーが羽ばたくポーズを示し、カミーユ・サン=サーンスの「白鳥」を弾いた。隅々までリラックスしつつ、深く歌い込む雰囲気が実に素晴らしい。最後は蝶ではなく鳥だったが、居合わせた全員の気持ちが宙を舞い、客席はほぼ総立ちになった。
池田卓夫 音楽ジャーナリスト@いけたく本舗(R)
https://www.iketakuhonpo.com/

「ヨーヨー・マ&キャサリン・ストット デュオリサイタル2023」公演概要

●京都公演 *「水を想う、文化を想う、平和を想う」ゼロからの祈りコンサート 真言宗立教開宗1200年/ゲスト出演:ヨーヨー・マ&キャサリン・ストット
日程・会場:10月27日(金)開演:18:30 東寺 金堂前(屋外)※雨天決行/荒天中止

演奏曲目=京都

ガブリエル・フォーレ:子守歌 作品16
リリ・ブーランジェ:ノクターン
ガブリエル・フォーレ:蝶々 作品77
セザール・フランク ヴァイオリンとピアノのためのソナタ イ長調(チェロ編曲版) ほか

●所沢公演 ※当日券あり。
日程・会場:10月28日(土)開演19:00 所沢市民文化センター ミューズ アークホール

●東京公演 ※全席完売
日程・会場:10月29日(日)開演19:00 サントリーホール 大ホール

●福岡公演 ※全席完売
日程・会場:10月31日(火)開演19:00 福岡シンフォニーホール(アクロス福岡)

演奏曲目=名古屋(10/25公演終了)/所沢/東京/福岡

ガブリエル・フォーレ:子守歌 作品16
アントニン・ドヴォルザーク:我が母の教えたまいし歌
セルジオ・アサド:メニーノ
ナディア・ブーランジェ:歌
ガブリエル・フォーレ:蝶々 作品77
ドミートリイ・ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ ニ短調 作品40
***
アルヴォ・ペルト:鏡の中の鏡
セザール・フランク:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ イ長調(チェロ編曲版)

出演者プロフィール

ヨーヨー・マ(チェロ)Yo-Yo Ma, cello

チェリスト、ヨーヨー・マの人生とキャリアは、信頼と理解を生み出す文化の力に対する彼の不変の信念を物語っています。チェロのレパートリーの中から新しい作品やよく知られた作品を演奏したり、コミュニティや機関と協力して文化の社会的影響を探ったり、思いがけない音楽の形に取り組んだりすることで、想像力を刺激し、人間性を強化するようなつながりを育むことに努めています。
1955年、パリに住む中国人の両親のもとに生まれたヨーヨー・マは、4歳から父親にチェロを習い始めました。その3年後に家族でニューヨークに移住し、ジュリアード音楽院でチェロを学んだ後、ハーバード大学でリベラル・アーツ教育を学びました。
これまでに120枚以上のアルバムを制作し、グラミー賞を19回受賞、9人のアメリカ合衆国大統領のために演奏し、最近ではバイデン大統領の就任式で演奏しました。また、全米芸術賞、大統領自由賞、ビルギット・ニルソン賞のほか、2021年には芸術のノーベル賞とも言われている高松宮殿下記念世界文化賞などを受賞しています。
2006年からは国連平和大使を務めており、TIME誌の「2020年最も影響力のある100人」の一人に認定されました。

キャサリン・ストット(ピアノ)Kathryn Stott, piano

5歳のとき、私は居間にあったアップライトピアノと友達になり、8歳のときには若い音楽家のための全寮制学校、ユーディ・メニューイン・スクールに入学しました。この学校で学んでいた間、時折来訪する、ナディア・ブーランジェとヴラド・ペルルミュテールという2人から大きな影響を受けました。彼らのおかげで私のフランス音楽への情熱に火がつき、特にフォーレは私の人生で最も愛すべき音楽となりました。
ロンドンの王立音楽院でさらに学んだ後、リーズ国際ピアノコンクールを経て、突然プロの音楽家の世界に入りました。1978年、まったく偶然にヨーヨー・マと出会ったことは、私の人生の中で最も幸運な瞬間の一つとなりました。1985年以来、私たちは世界の多くの魅力的な地域を訪れ、それぞれの伝統を共有している音楽家たちと音楽の冒険をするというコラボレーションを楽しんできました。
現在、私はオーストラリア室内楽フェスティバルのアーティスティック・ディレクターとして、年1回多くの音楽家たちを集め、違った手法で創造性へ挑戦することを楽しんでいます。若い音楽家たちと一緒に仕事をすることに情熱を感じていて、現在はオスロにある音楽アカデミーで教えています。また、作曲家の方々からとても素晴らしい曲を提供していただいており、特に作曲家のグレアム・フィットキン氏とは非常に親密な共同作業を楽しみました。

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