抗菌薬の安定供給は当たり前ではない!? 製薬会社が研究開発から撤退していることを 80%が「知らない」と回答  抗菌薬・抗生物質の研究開発、供給に関する認知調査を実施

薬剤耐性(AMR)問題に取り組むAMR臨床リファレンスセンターは、「抗菌薬・抗生物質の開発停滞、供給トラブルについての認知調査」を全国の20-60代の男女331名に実施しました。結果、多くの方が抗菌薬の実情を知らないということがわかりました。
抗菌薬は細菌による感染症の治療に用いる薬です。抗菌薬を使用すると、細菌は逃げ延びようとし、抗菌薬が効かない「薬剤耐性菌」が生まれてしまいます。この抗菌薬が効かない薬剤耐性菌が増えてしまうことが、日本のみならず世界中で問題となっています。一方で、重要な対抗策となる新たな抗菌薬の開発や供給が滞り、薬剤耐性問題の悪化を加速させています。
新薬が開発されなかったり、定評のある薬の供給が滞ったりする事態がなぜ起こっているのでしょうか。
国民皆保険制度に守られている日本では気づきにくい医療の実情。しかし、抗菌薬開発の停滞という事態は確実に進んでいます。自分の健康を守るためにも医療と経済、医療とグローバル化の実情を知り、一人ひとりが危機意識を持ち、抗菌薬の開発、供給の問題を考えていく必要があります。

《調査サマリー》
ほとんどの人が抗菌薬不足における医療の深刻な実情に気がついていない!?

  1. 新しい抗菌薬の開発が滞っていることを 知っている人は、30%足らず……
  2. 抗菌薬の研究開発から撤退する製薬企業が増えていることを知らない人は、80%近く!
  3. 昨年、病院でよく使われる抗菌薬の供給トラブルから混乱が生じたことを知っていた人は、17.5%

※調査サンプル:一般人 331名 男女 各50%、20代~60代 年代別に調査
 調査期間  :2020年10月

新しい抗菌薬の開発が滞っていることを知っている人は、30%足らず……

AMR臨床リファレンスセンターの調査では、「新しい抗菌薬・抗生物質の開発が滞っていることを知っていますか?」という質問に「いいえ」と答えた人は70.1%で、多くの人が開発が滞っている現状を知りませんでした。
薬剤耐性菌が発生しても新しい抗菌薬をつくればいいと安易に考えてしまいますが、開発に莫大な資金と時間を要するため、現実には難しい問題があります。20世紀の終わり頃から、抗菌薬開発が滞るようになり、薬剤耐性菌の問題が注目される要因のひとつになりました。

Q. 新しい抗菌薬・抗生物質の開発が滞っていることを知っていますか?

抗菌薬の研究開発から撤退する製薬企業が増えていることを知らない人は、80%近く!

同調査で、「抗菌薬・抗生物質の研究開発から撤退する製薬企業が増えていることを知っていますか?」という質問に、「はい」と答えた人は、わずか2割でした。
抗菌薬は利益が少なく投資資金の回収が難しくなっています。そのため、新薬を開発しても事業として成り立ちにくく、米国では新規抗菌薬の開発に成功したバイオベンチャーが倒産した事例すらあります。
この状況に危機感を持っている国々では、研究開発そのものに対する補助金やファンド(プッシュ型インセンティブ)が立ち上がり、我が国でも始まっています。一方、開発した薬剤を安定的に供給するため利益保証制度などの施策(プル型インセンティブ)の重要性が指摘されており、各国が模索しています。

Q. 抗菌薬・抗生物質の研究開発から撤退する製薬企業が増えていることを知っていますか?

昨年、病院でよく使われる抗菌薬の供給トラブルから混乱が生じたことを知っていた人は、17.5%

抗菌薬のセファゾリンナトリウム注射用(日医工株式会社)の販売が2019年に一時中止され、それを機に全国的な抗菌薬供給トラブルが生じました。この問題に関して、同調査では17.5%しか知らないと答えています。
セファゾリンは、手術時の感染予防に多く使われている重要な薬です。また、メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)感染症の第一選択薬として使われています。
再びこのような事態に陥らないように今後は薬剤耐性菌の問題とともに抗菌薬の供給問題にも意識を向けていくことが必要です。

Q. 昨年、病院でよく使われている抗菌薬・抗生物質の供給トラブルから混乱を生じたことを知っていますか?

最適な抗菌薬が使えないと薬剤耐性菌が生まれる可能性が高まる

抗菌薬の供給と薬剤耐性菌にはどのような関係があるのでしょうか?供給が不安定になると最適な抗菌薬を使えなくなる可能性が生じます。例えば先ほどのセファゾリンはメチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)感染症の治療に最適の抗菌薬です。しかし、供給が滞るとその代わりにより広域(効く菌が多い)の抗菌薬が使われやすくなります。広域抗菌薬は、感染症に関係ない細菌が死滅したり薬剤耐性菌が生じたりする原因となります。セファゾリンの代替薬の多くは広域抗菌薬であり、抗菌薬の適正使用の流れに逆行することになりました。

歴史の長い抗菌薬の多くはジェネリック薬の割合が高い

1920年代にフレミングがペニシリンを発見し、1940年代に実用化されました。先ほどのセファゾリンは日本の藤沢薬品工業が開発し1971年頃から一般的に使われるようになりました。かつての日本では、多くの製薬企業が抗菌薬を開発していましたが、新規抗菌薬の開発が滞っていくとともに、複数の企業が抗菌薬市場から撤退しました。
現在、日本では長く使われている抗菌薬が多く、ジェネリック薬の割合が高くなっています。

既存抗菌薬の安定供給の難しさとグローバル化の影響

抗菌薬の使用量は、世界的にみると2000年から2015年までの期間に65%増加しています。開発途上国を中心により安価な抗菌薬が求められ、生産コストの低い国への生産移行が生じています。日本で使用されている抗菌薬も、その多くは主にコスト面の理由から原薬や製品を海外から輸入して製造しています。セファゾリンの供給トラブルは、イタリアから輸入している原薬に異物が混入していたことと、出発物質を製造する中国メーカーが中国当局による環境規制の影響で生産を止めたことがきっかけでした。
抗菌薬は合成や発酵によって中間体を作成し、そして原薬、医薬品へという製造工程があります。その過程で、複数の企業、国が関わっています。グローバル化によって安価な抗菌薬を得られる一方で、予想外のトラブルから供給が滞るリスクを抱えています。
薬剤耐性対策の観点からも、安定的に供給を続けられるようビジネスモデルを整えていくことが必要で、厚生労働省もこの問題に取り組みはじめています。 私たちも今後の動きに注目する必要があります。

必要な抗菌薬を守るために

私たちは健康保険制度によってどこでも同じ価格で処方薬を手に入れることができます。そのためか医療の向こう側にある事情を身近に感じることが難しいようです。しかし、実際に製薬のグローバル化が進み供給において問題がおきています。
抗菌薬の開発停滞、供給トラブルの問題は、私たち自身の病気治療に深く結びついています。自分の健康を守るためにも、薬剤耐性菌、抗菌薬、製薬業界のグローバル化など医療事情を知っておくと共に、現在ある貴重な抗菌薬を正しく使い、薬剤耐性菌を生み出さないようにすることが大切です。

なぜ薬剤耐性(AMR)が問題になっているのか

国連が「2050年にはAMRで年1000万人が死亡する事態」と警告

AMRとは?

AMR(Antimicrobial Resistance:薬剤耐性)とは、本来なら効果があるはずの抗菌薬が効かない、もしくは効きにくくなることです。抗菌薬とは細菌などの微生物が増えるのを抑えたり殺したりする薬です。抗生物質とも言われます。抗菌薬を使用すると、微生物はさまざまな手段で薬から逃げ延びようとし、その結果、抗菌薬が効きにくい薬剤耐性を生じることがあります。体内で増殖した薬剤耐性菌は、人だけでなく、動物や環境にも広がることがあります。

AMRは世界が抱える大きな問題

国連は昨年4月に、このまま何も対策をとらなければ2050年までにAMRによって年に1000万人が死亡する事態となり、がんによる現在の死亡者数を超え、経済的にも08~09年の金融危機に匹敵する破壊的なダメージを受けるおそれがあると警告しました。*本来なら治療可能な病気が、薬が効かないために人が亡くなっていくのは、本当に辛いことです。そうならないために、一人ひとりがAMRの問題に取り組むことが必要とされています。
今やAMRの問題は、人の健康だけでなく動物や環境にも目を配って取り組もうというワンヘルスの考え方に基づき、畜産、水産、農業など各分野で抗菌薬の使用の見直しなどに取り組まれています。
https://news.un.org/en/story/2019/04/1037471

No Time to Wait:Securing the future from drug-resistant infections
Report to the Secretary-General of the United Nations April 2019

AMR対策で私たちにできること

AMRが拡大した原因のひとつに、抗菌薬の不適切な使用があげられます。私たちにできることは、抗菌薬を正しく使用することと病気の感染を予防することです。かぜやインフルエンザなどウイルス性の疾患には、抗菌薬は効きません。医療機関にかかって薬を出されないと不安になるかもしれませんが、医師が抗菌薬はいらないと判断したら、それに従うことがAMR対策になります。そして、処方された場合は医師の指示に従いきちんとのむことが重要です。今ある抗菌薬を正しく使用するとともに、感染症にかからないこと、また人にも感染させないという感染対策が抗菌薬の使用を減らし、AMR対策につながります。

私たちにできるAMR対策

●抗菌薬を正しく使う
かぜに抗菌薬は効きません。抗菌薬が必要かな?と思ったら、自己判断で薬を服用せず、医療機関にかかり医師の指示に従いましょう。抗菌薬をとっておいたり、人にあげたり、もらったりするのはやめましょう。

●感染対策
・手洗い
手洗いは感染対策の基本です。外から帰ったとき、トイレの後、食事前などはしっかり手洗いをしましょう。
・咳エチケット
咳やくしゃみが出るときはマスクをして飛沫が飛ばないようにしましょう。マスクがない時は、ハンカチや袖の内側などで鼻と口を覆いましょう。
・ワクチン
ワクチンで防げる病気があります。必要なワクチンを適切な時期に打ちましょう。

感染を広げないことが大切です。感染症で症状(のどの痛み、咳、鼻水、発熱など)がある時は、外出を控えましょう。

お話しを伺った先生

具 芳明(ぐ よしあき)先生
国立国際医療研究センター病院 AMR臨床リファレンスセンター 情報・教育支援室長
総合内科専門医、感染症専門医
佐久総合病院、静岡県立静岡がんセンター、東北大学などを経て2017年より現職
薬剤耐性(AMR)対策を推進するための教育啓発活動や医療現場の支援に従事している

具 芳明先生
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国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院AMR臨床リファレンスセンター(厚生労働省委託事業)
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