ラン藻で高濃度D-乳酸生産技術の開発に成功

神戸大学先端バイオ工学研究センターの蓮沼 誠久 教授、神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の秀瀬涼太 特命准教授、明治大学農学部農芸化学科の小山内 崇 准教授らの研究グループは、動的メタボローム解析注1)によりラン藻(シネコシスティス PCC 6803)のD-乳酸を生産するメカニズムを解析し、酵素マリックエンザイムが増産に寄与することを明らかにしました。さらに、遺伝子工学注2)でD-乳酸生合成経路を強化することで、二酸化炭素と光からD-乳酸の直接生産に世界最高値(26.6 g/L)で成功しました。
本研究成果は、生分解性プラスチックであるポリ乳酸製造プロセスの構築に向けて重要な技術となることで、持続可能な低炭素社会構築への貢献が期待されます。
本研究成果は、2020年1月31日に、国際科学誌「ACS Synthetic Biology」にオンライン掲載されました。 

ポイント

高い純度で効率よくD-乳酸を生産できる微生物の報告例は少なく、加えて現在は従属栄養微生物注3)によりトウモロコシやサトウキビなど可食バイオマスを原料として生産されているため、環境・資源への負荷が高い。
環境・資源への負荷が少ない光合成微生物であるラン藻を使って、二酸化炭素からD-乳酸を生産する取り組みが報告されていたが、いずれも1 g/L程度の低い生産量だった。
酵素マリックエンザイムの働きにより細胞内リンゴ酸の量を減少させることが、ラン藻の糖代謝を活性化することを見出した。
遺伝子工学で特定機能を強化し、光合成で増殖したラン藻を暗黒で酸素がない環境で培養することで、高濃度D-乳酸を生産することに成功。

【概要】  
石油由来の汎用性化学品や機能性素材をバイオで生産することは、環境や資源の持続性の促進にとって重要です。近年、バイオ生産の手法として、微生物を用いたモノづくりに注目が集まっています。そのなかで微細藻類は、太陽光とCO2からオイルや色素など様々な有用物質を生産できることが知られています。
微細藻類の一種であるラン藻は、増殖力が旺盛で、遺伝子改変が容易である特徴をもっています。これまで、ラン藻のD-乳酸生産の取り組みはありましたが、低い生産性が実用可能性の障害となっていました。
ラン藻は光合成でCO2を糖の一種であるグリコーゲンに変換します。グリコーゲンを細胞内に蓄えたラン藻を暗黒で酸素がない環境で培養すると、グリコーゲンを代謝し、コハク酸や乳酸など有機酸を培地中に放出します。
ラン藻のD-乳酸生合成では、その一段階前の物質であるピルビン酸を増産させることが重要です(図1)。本研究グループは、リンゴ酸からピルビン酸に変換する酵素マリックエンザイムが、D-乳酸生成において極めて重要であることを発見しました。動的メタボローム解析を用いてD-乳酸増産メカニズムを解析したところ、マリックエンザイムを過剰に細胞内に作らせると、リンゴ酸からピルビン酸への変換だけでなく、グリコーゲンからピルビン酸を生成する経路が活性化していることを明らかにしました(図1)。また遺伝子工学によりピルビン酸からD-乳酸を生成するD-乳酸脱水素酵素の機能を強化させることで、貯蔵されたグリコーゲンからの対糖収率94.3%で26.6 g/LのD-乳酸を生産させることに成功しました(図2)。
本研究により、CO2からのD-乳酸製造プロセスの構築に向けて重要な一歩を踏み出しました。今後は、代謝経路の最適化・培養条件の検討等により、D-乳酸の増産を目指します。

研究の背景と経緯

D-乳酸は、生分解性プラスチックであるステレオコンプレックス型ポリ乳酸注4)の原料として大きな市場を形成しています。一方、D-乳酸を微生物でバイオ生産するためには高い純度と生産性が重要です。大腸菌などの従属栄養微生物を物質生産に用いる手法が知られていますが、トウモロコシやサトウキビなどの糖(グルコース)を原料として発酵により生産するため、陸上植物の栽培を必要とし、耕作地と淡水資源の問題、過剰伐採などによる生態系の破壊などの社会的問題があるほか、食糧との競合問題があります。一方、ラン藻は光合成により固定したCO2を有用物質に変換することができるため、D-乳酸に限らず様々な有用物質の生産微生物として理想的と言えます。さらにラン藻は、植物と比較して光合成能が極めて高いため、強光下でも培養が可能です。また培養に陸地が必要なく、海水の利用可能な種が多く存在します。以上より、ラン藻は、太陽光、CO2、海水のみの供給で有用物質生産ができる究極の物質生産微生物として期待されています。
従来、ラン藻がD-乳酸を生合成することは知られており、遺伝子組換えによるD-乳酸増産の試みはありました。しかしながら、光合成時の増殖と連動したD-乳酸生産系がほとんどで、生産性が低いものでした。その理由として、ラン藻のD-乳酸生産のメカニズムが十分に理解されていなかったことが挙げられます。
メタボローム解析技術は細胞内に含まれる多様な化合物を同定し、定量する手法です。さらに本研究グループはメタボローム解析技術を発展させ、代謝物質量の時間変化(ターンオーバー)を観測できる「動的メタボローム解析」技術を開発してきました。
本研究で用いたラン藻(シネコシスティス PCC 6803)は世界中で最もよく研究されているラン藻の一つで、増殖が早く、遺伝子改変が容易なため、光合成微生物のモデル生物注5)として知られています。これまでに、本研究グループによる動的メタボローム解析によって、シネコシスティス PCC 6803では、コハク酸が主にリンゴ酸を経由して生成されることがわかっています。今回の研究では、リンゴ酸をピルビン酸に変換する酵素マリックエンザイムに着目しました。マリックエンザイムがシネコシスティス PCC 6803の代謝に及ぼす影響を動的メタボローム解析により明らかにし、代謝工学注6)によりD-乳酸生産量を増大させることを目指しました。

研究の内容

D-乳酸増産メカニズムを詳細に調べるために、マリックエンザイムの働きを無くした細胞と、マリックエンザイムを細胞内に過剰に生み出し、その機能を強化した細胞を作成しました。この二つの細胞で代謝がどのように変化しているのかを動的メタボロームで解析したところ、細胞内のリンゴ酸量が低い場合、グリコーゲンからピルビン酸が多く生産されることがわかりました(図1)。
マリックエンザイムを過剰に有する細胞をもとに、遺伝子工学によりピルビン酸からD-乳酸を生成するD-乳酸脱水素酵素を過剰に細胞内に作らせることで、その機能を強化しました。また、副生成物である酢酸の生産を抑えるために、酵素酢酸キナーゼをもたない細胞を遺伝子工学により作出しました。
作出した組換えシネコシスティス PCC 6803株を、暗黒かつ酸素がない条件下(発酵条件)で培養しました。さらに発酵条件下での細胞密度の最適化を施すことにより、本研究グループによる先行研究の世界最高値(10.7 g/L)を大幅に上回るコハク酸生産量(26.6 g/L)およびコハク酸生産性(0.185 g/L/h)を実現しました(図2)。高いD-乳酸の生産性は、D-乳酸の製造プロセスの低コスト化に寄与すると思われます。

図1. 二酸化炭素からD-乳酸への変換経路
シネコシスティス PCC6803細胞内でCO2と光エネルギーにより生成・蓄積したグリコーゲンは、暗黒で酸素がない環境下で、活性化した代謝経路(赤矢印)でD-乳酸生成が進行することを明らかにした。

図2. 遺伝子改変型ラン藻のD-乳酸生産量
暗黒かつ酸素がない条件下で、発酵液中のラン藻の細胞密度の増加に伴い、独立栄養生物では世界最高値である26.6 g/LのD-乳酸の生産に成功した

今後の展開

ラン藻で生産される汎用性化学品や機能性素材の多くは、まだまだ社会実装するレベルに達していません。これは、目的物質の生産性が、従属栄養微生物で生産する場合に比べて低いことが大きな課題となっているためです。今回の研究成果は、動的メタボローム解析がシネコシスティスの性能評価に極めて有効であることを示しており、これをもとに設計した代謝改変を遺伝子工学により施したことで、ラン藻がもつバイオ生産微生物としてのポテンシャルを最大限に引き出しました。動的メタボローム解析および代謝工学でラン藻の光合成的物質生産能を高めることが、持続可能な低炭素社会の構築に貢献すると期待されます。

用語解説

注1)動的メタボローム解析
生体細胞の中には1000種類以上の低分子化合物が含まれていると言われている。この低分子化合物の種類(および量)に関する情報をメタボロームといい、メタボロームを明らかにする手法をメタボローム解析という。安定同位体を用いて、代謝化合物のターンオーバーを観測するメタボローム解析手法を動的メタボローム解析という。
 
注2)遺伝子工学
遺伝子を人工的に操作する技術。特に生物の自然な生育過程では起こらない遺伝子導入や遺伝子組換えを人為的に行う技術を意味する。
 
注3)従属栄養微生物 
生育に必要な炭素を得るために有機化合物を利用する生物をいう。ラン藻は二酸化炭素から炭素を得るため独立栄養微生物といわれる。
 
注4)ステレオコンプレックス型ポリ乳酸
乳酸は不斉炭素を1つ持ち、L 体と D 体の2種が存在する。L 体のみを重合させたものはポリ-L-乳酸、D 体のみを重合させたものはポリ-D-乳酸と呼ばれる。ポリ-L-乳酸 と ポリ-D-乳酸を混合したものは、耐熱性の高い樹脂となることが知られており、ステレオコンプレックス型ポリ乳酸と呼ばれる。
 
注5)モデル生物
多くの生物に当てはまる生命現象をもつ見本の生物をいう。実験室内で、飼育・培養や遺伝子改変が容易である利点をもつ。
 
注6)代謝工学
遺伝子の発現などを強化または抑制することで、代謝経路を人工的に改変・構築・制御する技術。

本成果は、以下の事業・開発課題等によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)
研究開発課題名:「ラン藻の発酵代謝工学ー光合成を基盤としたコハク酸・乳酸生産」
研究開発代表者:小山内 崇(明治大学 農学部 准教授)
研究開発期間:2018年度~2022年度(予定)
JSTは本事業において、温室効果ガスの排出削減を中長期にわたって継続的かつ着実に進めていくために、ブレークスルーの実現や既存の概念を大転換するような『ゲームチェンジング・テクノロジー』の創出を目指し、新たな科学的・技術的知見に基づいて温室効果ガス削減に大きな可能性を有する技術を創出するための研究開発を実施しています。

論文情報
・タイトル:“Malic enzyme facilitates D-lactate production through increased  pyruvate supply during anoxic dark fermentation in Synechocystis sp. PCC 6803”
DOI:10.1021/acssynbio.9b00281
(日本語タイトル:ラン藻Synechocystis sp PCC 6803において、マリックエンザイムは暗黒嫌気発酵下でピルビン酸の増産を通してD-乳酸生成に貢献する。)
・著者:Ryota Hidese, Mami Matsuda, Takashi Osanai, Tomohisa Hasunuma, Akihiko  Kondo
・掲載誌:ACS  Synthetic Biology

図1_二酸化炭素からD-乳酸への変換経路(明治大学)
図1_二酸化炭素からD-乳酸への変換経路(明治大学)
図2_遺伝子改変型ラン藻のD-乳酸生産量
図2_遺伝子改変型ラン藻のD-乳酸生産量

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