【ご報告】2020年度調査事業「病院で働く手話言語通訳者の全国実態調査」の調査報告書公開
手話言語通訳者が配置されている病院は全国で0.5%のみ
国立大学法人筑波技術大学 (障害者高等教育研究支援センター 大杉豊教授) と特定非営利活動法人インフォメーションギャップバスター (所在地:神奈川県横浜市港北区 理事長:伊藤芳浩) が連携して実施した、2020年度調査事業「病院で働く手話言語通訳者の全国実態調査」の調査報告書が完成しましたので、公開いたします。
標記調査は、国立大学法人筑波技術大学が受託した、平成30 (2018) 年度厚生労働省障害者総合福祉推進事業指定課題11「専門分野における手話言語通訳者の育成カリキュラムを検討するためのニーズ調査研究事業」(以下、H30事業) の調査によって、明らかになった医療分野における手話言語通訳のニーズと課題に基づいて、(1) 手話言語通訳者が働いている病院リストづくりによる現状把握と、(2) 病院で働く手話言語通訳者に関する全国実態調査による現状把握、ニーズと課題の明確化を目的として行いました。
聴覚障害者の医療に関心を持つ医療関係者のネットワーク(以下、聴障・医ネット)の手話通訳者設置医療機関リストによると、全国20病院に手話言語通訳者が配置されています。これは、厚生労働省による「医療機関における外国人旅行者及び在留外国人受入れ体制等の実態調査」によって報告された音声言語の医療通訳者が配置されている255病院と比較し、非常に少ない状況です。しかしながらH30事業の調査では、聴障・医ネットの報告にはない手話言語通訳者が配置されている病院の存在について多くの報告がされており、より正確な現状把握が必要と考えこの調査をすることとしました。
本調査結果から、手話言語通訳者を配置している病院は全国で42病院存在していることが明らかになりました。しかし、これはすべての病院の内、たった0.5%(42/8324病院*)にしか手話言語通訳者が配置されていないということでもあります。また、本調査では病院で働く手話言語通訳者において、養成・研修面と制度・体制面の両方でニーズと課題が山積していることも明らかになりました。これらの結果と、H30事業で提言されている内容を踏まえ、病院で働く手話言語通訳者のニーズと課題に関する短・中・長期的対策を検討しました。
*厚生労働省.「医療施設動態調査 (令和元年5月末概数) 」, https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/iryosd/m19/is1905.html (参照 : 2021-4-5).
※42病院のうち掲載許可を頂いた38病院は以下リンク先にて公開
調査結果の概要は以下の通りです。
①病院が手話言語通訳者を配置しても、通訳の財源がなく経営的な利点がない
本調査の結果、病院内手話言語通訳の財源は、「病院経費」が21/31病院(67.7%)、「特になし」が4/31病院(12.9%)、「自治体経費」が3/31病院(9.7%)で、この3つが順に多い結果となりました。また、ごく一部の地域では意思疎通支援事業により手話言語通訳者が病院へ定期配置されている例もありましたが、ほとんどの病院がそれぞれの経費で手話言語通訳者を配置・運営しており、独自の財源等は確認されませんでした。さらに、確認できた2019年度の22病院における総通訳件数は26,411件であり、9病院で確認できた総対応延べ人数は7,265人、12病院 (無回答1病院含む) で確認できた総対応実人数は5,154人あり、これだけ多くの手話言語通訳が財源なく運営なされているという状況も判明しました。
②手話言語による医療通訳育成カリキュラム基準がない(医療の基礎知識等医療の専門性習得・向上は、ほぼ病院内手話言語通訳者の自己努力に委ねられている)
医療・福祉に関する免許や資格を有する者を除き行われた、医療に関する基礎知識等、医療の専門性の有無に関する質問では、「なし」と答えた人が19/20人 (95.0%) でした。なお、H30事業の結果を踏まえて、2019年度から国立大学法人筑波技術大学が医療分野における手話言語通訳者育成カリキュラムの検討の取り組みを開始しています。
③病院内手話言語通訳者の身分が不十分
兼務(手話言語通訳者とはまた別の医療職や事務職としての雇用)で雇用されている場合を除き、28/33人 (90.9%) が非正規雇用でした。
④病院内手話言語通訳と派遣手話言語通訳の対応範囲や役割が明確にされていない
本調査の結果をもとに病院内手話言語通訳の利点と欠点を体系的に整理しました。
※調査報告書p183~187参照
⑤病院内手話言語通訳者によるネットワークがなく、病院内通訳体制がそれぞれの病院独自になっており統一されていない
本調査を機に、病院内手話言語通訳者によるネットワークを構築し、全国の病院内手話言語通訳の体制標準化の実現を目指すことになりました。
【本調査担当から】
私はろう者で、薬局薬剤師をしつつNPO団体で医療通訳に関する活動をしています。前職で病院薬剤師の経験もあり、自らの医療現場での経験等から、聴覚障害者の医療アクセス環境を良くすべく、病院に手話言語通訳者を配置する必要性を強く感じていました。しかし、現状として、手話言語通訳者が配置されている病院は全国でも数えるほどしかありません。その状況の中で、縁があってH30事業の調査員として関わらせて頂き、病院内手話言語通訳について更なる調査をすべく本調査に臨みました。
本調査の結果、病院内手話言語通訳の財源がないことをはじめとする、非常に多くのニーズと課題が明らかになりました。今後、手話言語通訳者を配置する病院を増やしていくために、これらを踏まえた法制度の制定や支援対策の確立が望まれます。そのためには、病院内手話言語通訳と派遣手話言語通訳の対応範囲や役割を明確化しつつ、これらに応じた分業体制を構築することで、財源の予算配分ができるのではないでしょうか。
本調査結果をもとに、手話言語通訳者を配置する病院が増え、聴覚障害者の医療アクセス環境が良くなり、最終的には医療の質の向上に繋がることを心から願っています。
【調査員から】
・鈴木美紀(大阪府立病院機構大阪急性期・総合医療センター 手話言語通訳者)
本調査に関わらせていただいたことに深く感謝致します。また、このような機会に背中を押してくださった諸先輩方にお礼申し上げます。この期間、素晴らしい仲間を得、その仲間とともに活動する中で私自身も多くのことを学びました。この調査で明らかになりました課題、これをもとに医療現場での手話言語通訳の養成及び体制の見直し、対策が検討されることを願います。この報告書が、聞こえない方に寄り添い受療権を守る手話言語通訳者またそれを取り巻く社会、その架け橋になれば幸いです。どうぞ、皆さまにもお力添えいただき、今一歩一緒に前に進みましょう。
・古屋敷一美(市立札幌病院 手話言語通訳者)
本調査を通し、迷いや悩みを持ちつつも日々真摯に通訳業務に臨む病院内手話言語通訳者の姿と、その手話言語通訳者の配置を独自の経営負担で実現する各病院の努力を見てとることができました。それぞれが持つ「優しさ」の上に、現在の病院内手話言語通訳者は成り立っているのだということを強く感じさせるものでした。
一方、その「優しさ」はどこかに犠牲を強いるものでもあり、そのしわよせは特に手話言語通訳者一人一人や、各病院に寄せられていると感じられます。
包摂社会を目指すため「優しさ」は重要です。しかし、誰かの犠牲の上に立つ病院内手話言語通訳者の発展には限界があると感じます。今後は今の状況を一歩進め、真の意味であらゆる人が包摂される社会と医療環境を求めていくための取り組みが必要ではないでしょうか。
この報告書が、多くの人たちに目に留まり、このことを考えていく一つのきっかけとなれば幸いです。
・槇原理恵(鳥取県立厚生病院 手話言語通訳者)
この報告書が今の現状です。誰もが安心して病院受診できる社会作りのきっかけになりますように。そして、全国でがんばっている病院で働く手話言語通訳者のみなさんへエールを込めて。
・山口龍子(鹿児島市立病院 手話言語通訳者)
現場での通訳だけをしてきて、こういった調査に初めて携わらせていただきました。今回の調査で調べきれていない部分もあると思います。しかし聴覚障害のある患者さんがいつでもどこでも、自分の言葉で伝え理解し、治療にのぞめる医療機関が1つでも増えていき、通訳者の「仕事」としての確立が今以上に進みますことを信じてやみません。そして、それが医療に関わる全ての人に良い影響を与えていくと信じています。この調査報告書が、小さな一歩だとしても確実なる前進になることも願っております。私自身も今後の仕事のあり方を考えさせられ、大変勉強になりました。ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。
詳細は調査員がまとめた報告に展開していますので、病院で働く手話言語通訳者のさらなる拡充に向けて、この報告書が活用されることを心より願っております。
※標記調査は、NPO法人インフォメーションギャップバスターのクラウドファンディングによる「手話による医療通訳育成・普及プロジェクト」と国立大学法人筑波技術大学の2020年度の「学長のリーダーシップによる教育研究等高度化推進事業」を調査資金として実施しました
【連絡先】
特定非営利活動法人インフォメーションギャップバスター
所在地:〒222-0001神奈川県横浜市港北区樽町3-7-15-456
電話:050-3196-9260
メールアドレス:staff@infogapbuster.org