イネの成長と免疫のエネルギーバランスを調整する仕組みを解明 病気に強いイネの開発に期待

2022-05-16 18:00

近畿大学大学院農学研究科・アグリ技術革新研究所(奈良県奈良市)教授 川﨑 努、博士前期課程(当時)一丸 航太、講師 山口 公志らの研究グループは、大阪大学蛋白質研究所(大阪府吹田市)、横浜国立大学(神奈川県横浜市)、岩手生物工学研究センター(岩手県北上市)、農業・食品産業技術総合研究機構(茨城県つくば市)との共同研究により、イネが病原菌非存在下では不必要な免疫の活性化を抑制し、成長にエネルギーを消費できるよう調整していることを明らかにしました。本研究成果により、病気に強いイネの開発に繋がることが期待されます。
本件に関する論文が、令和4年(2022年)5月16日(月)18:00(日本時間)に、世界的に権威のある科学誌"Nature Communications"に掲載されました。

【本件のポイント】
●イネの免疫誘導で重要な役割を果たす「PBI1」というタンパク質を発見
●病原菌の有無に応じて、イネの成長と免疫のエネルギーバランスを調節する仕組みを解明
●本研究成果が、今後、病気に強いイネの開発に繋がることに期待

【本件の背景】
農業生産において病害による収量の損失は約15%にものぼり、この損失量は10億人分の食料に相当します。また、近年、世界規模での環境変動や、国際貿易に伴う病原菌・害虫の移動により、従来の病害発生地域とは異なる地域での病害も発生しています。さらに、新たな病原菌が出現して植物でパンデミックを引き起こし、作物が壊滅的な被害を受けた例も多数報告されています。このような現状を打開し、食料生産を持続的に安定化するための次世代耐病性技術の開発が望まれています。
近畿大学大学院農学研究科の研究グループは、これまでイネの耐病性に関する研究に取り組み、イネの免疫を制御する因子として、「PUB44」という酵素を発見しました。また、このPUB44が免疫応答をはじめとする様々な生命現象をコントロールするために、何らかのタンパク質と相互作用していることが示唆されていました。

【本件の内容】
研究グループは、PUB44と相互作用することで免疫応答をコントロールする因子を探索し、「PBI1」というタンパク質を発見しました。このPBI1を解析した結果、イネの免疫系で重要な役割を果たす「WRKY45」という転写因子※1 の活性を制御していることを見出しました。
さらに、病原菌の非存在下では、PBI1がWRKY45の機能を阻害して不必要な免疫の活性化を抑制する一方で、病原菌に感染するとPUB44が活性化し、PBI1が分解されて免疫が活性化することを明らかにしました。
これは、不必要な免疫誘導によるエネルギー使用を抑え、イネの成長にエネルギーを消費できるよう調整していると考えられます。本研究成果は、PBI1がWRKY45の活性化のオン・オフを介してイネの成長と免疫のエネルギーバランスを調整していることを示しており、今後、病気に強く、収量が安定したイネの開発に繋がることが期待されます。

病原菌の非存在下(左)、病原菌感染時(右)の免疫系の応答

【論文掲載】
掲載誌:Nature Communications(インパクトファクター:14.919@2021)
論文名:
Cooperative regulation of PBI1 and MAPKs controls WRKY45 transcription factor in rice immunity
(イネの免疫におけるPBI1とMAPKの協調的制御によるWRKY45転写因子の制御)
著 者:
一丸 航太1、山口 公志1、原田 健一2、西尾 優作1、堀 百香1、石川 和也1,3、井上 晴彦4、繁田 修佑1、井上 健人1、嶋田 啓太1、吉村 智美1、竹田 匠3、山下 栄樹2、藤原 敏道2、中川 敦史2、児嶋 長次郎2,5*、川﨑 努1,6*
*責任著者
所 属:1 近畿大学大学院農学研究科、
    2 大阪大学蛋白質研究所、
    3 岩手生物工学研究センター、
    4 農業・食品産業技術総合研究機構、
    5 横浜国立大学大学院工学研究院、
    6 近畿大学アグリ技術革新研究所

【研究詳細】
イネの細胞膜に存在するCEBiP・LYK4・LYK6・OsCERK1複合体は、真菌の構成成分であるキチンや細菌の構成成分であるペプチドグリカンを認識し、様々な免疫反応を発動することが知られています。近畿大学大学院農学研究科の研究グループは、これまでの研究で、ユビキチンリガーゼ※2 であるPUB44が免疫の活性化において重要な役割を果たしていることを報告しました。
今回、新たに発見したPBI1が、PUB44の働きでユビキチン化※3 され、分解されることを解明しました。また、大阪大学蛋白質研究所・横浜国立大学の構造生物学を専門とする研究グループとの共同研究により、PBI1が、4つのヘリックスバンドル構造※4 をもつことも明らかにしました。
さらに、PBI1と相互作用する因子の探索を行い、PBI1がイネの免疫の鍵因子として働くWRKY45と相互作用することを見出しました。WRKY45は、転写因子として免疫に関与する様々な遺伝子の発現を制御していることが知られています。実際、WRKY45の過剰発現体※5 は、イネの重要病害である「いもち病」や「白葉枯病」に対して強い抵抗性を誘導することが報告されています。
本研究では、PBI1がWRKY45に相互作用することによって、WRKY45の転写因子としての機能を抑制することが明らかになりました。そのため、病原菌の非存在下では、WRKY45による不必要な免疫誘導が生じないように、PBI1がWRKY45を抑制していると考えられます。さらに、イネのCEBiP・LYK4・LYK6・OsCERK1複合体による病原菌認識に伴って、PUB44がリン酸化されることも明らかになりました。その後、リン酸化されたPUB44は、PBI1に相互作用・ユビキチン化してPBI1を分解し、その結果、WRKY45がPBI1による抑制から解放され、様々な免疫反応を誘導されると考えられます。このように、本研究では、PBI1が、WRKY45のオンとオフを制御する重要な免疫因子であることを明らかにしました。

【今後の展望】
WRKY45の過剰発現体は、イネの重要病害である「いもち病」や「白葉枯病」に対して強力な抵抗性を誘導するため、耐病性育種として重要視されてきました。一方で、WRKY45の過剰発現によるイネ成長の阻害も確認されており、WRKY45の過剰発現によって不必要な免疫反応が誘導され、それによるエネルギーの損失が原因で成長が抑制されると予想されます。
今回発見したPBI1をイネに多く発現させることにより、病原菌の非存在下においてWRKY45による不必要な免疫誘導を極力抑えることができると考えられます。さらに、ゲノム編集などの技術を用いてPBI1とWRKY45の両方を通常より多く発現させることで、PBI1の分解に伴ってWRKY45による強い免疫反応を誘導することが可能になると予想されます。
これにより、今後、病気に強く、かつ収量が安定したイネの開発に繋がることが期待されます。

【研究助成】
本研究は、科学研究費補助金、科学研究費基金、農林水産省・戦略的国際共同研究推進事業、三菱財団研究助成による助成を受けたものです。

【用語解説】
※1 転写因子:遺伝子の転写を制御するタンパク質。
※2 ユビキチンリガーゼ:ユビキチンを標的タンパク質のリジン残基に付加する酵素。ユビキチンは76個のアミノ酸からなる小さなタンパク質。
※3 ユビキチン化:ユビキチンが、ユビキチンリガーゼの働きにより標的タンパク質に付加されること。
※4 ヘリックスバンドル構造:平行又は逆平行の複数のαヘリックスで構成されるタンパク質の構造。
※5 過剰発現体:特定の遺伝子を過剰に発現させた個体を指す。

【関連リンク】
農学部 生物機能科学科 教授 川﨑 努(カワサキ ツトム)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/482-kawasaki-tsutomu.html
農学部 生物機能科学科 講師 山口 公志(ヤマグチ コウジ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1246-yamaguchi-koji.html

大学院農学研究科
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/

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