自然界には存在しない「反転型の葉緑素」の人工的創出に成功 光合成生物の進化を解明するうえで重要な成果
近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)理学科化学コース教授の佐賀 佳央らの研究グループは、自然界には存在しない「反転型の葉緑素※1 」を人工的に創りだすことに成功しました。この「反転型の葉緑素」は実際に光合成することができるため、この成果を発展させることで、光合成生物が利用できる光を人工的に調節し、生育速度などをコントロールして、食料増産などへ展開させることも期待できます。
本件に関する論文が、令和2年(2020年)11月9日(月)19:00(日本時間)、英国の科学誌“Scientific Reports”にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●実際に光合成することができる自然界には存在しない「反転型の葉緑素」を創ることに成功
●葉緑素がなぜ今の分子構造になったのか、生物進化を解明するうえで重要な成果
●本研究を発展させ、光合成反応をコントロールすることで、食料増産への展開に期待
【本件の内容】
光合成は太陽光を効率よく変換する反応で、地球上の食糧、エネルギー、環境維持に重要な役割を果たしています。現在地球上に繁栄している植物や藻類は、光合成を行う葉緑素を含んでいるため、太陽光の大部分を占める目に見える光(可視光)を有効に利用することができています。
研究グループは、植物に存在する葉緑素とは炭素結合パターンが180°反転している、自然界には存在しない新たな「反転型の葉緑素」を創りだすことに成功しました。「反転型の葉緑素」は、植物の緑色の素である葉緑素や、血液の赤色の素であるヘムと共通の分子骨格を持つ「生命の色素」※2 の一種に分類できますが、自然界には存在しない新たな炭素結合パターンを持っており、「反転型の葉緑素」を創りだすことによって、「生命の色素」のレパートリーが拡張されたといえます。今回成功した「反転型の葉緑素」の形成は、生物が現存しない葉緑素を獲得しうることを実験的に示したものであり、生物進化の解明にとって重要な研究成果です。
また今後、本研究を発展させることによって、光合成生物が利用できる光を人工的に調節して、光合成能力をあげ、農作物の生育を促進するなど、食料増産への展開も期待できます。
【論文掲載】
掲載誌:Scientific Reports(インパクトファクター:3.998 @2019)
論文名:
In situ formation of photoactive B-ring reduced chlorophyll isomer in photosynthetic protein LH2
(光合成タンパク質LH2内でのB環が還元された光活性なクロロフィル異性体の生成)
著 者:佐賀 佳央(近畿大学理工学部教授、主著者)
大塚 悠史(近畿大学大学院総合理工学研究科・博士前期課程2年)
船越 大地(立命館大学大学院)
政岡 宥人(立命館大学大学院)
木原 優(立命館大学大学院)
日高 翼(立命館大学大学院)
波多野 尋花(金沢大学大学院)
淺川 雅(金沢大学准教授)
長澤 裕(立命館大学教授)
民秋 均(立命館大学教授)
【研究の詳細】
本研究では、光合成を行うバクテリア(光合成細菌)の中で光を吸収しているタンパク質をそのまま酸化的条件で反応させることで、タンパク質内のバクテリオクロロフィル※3 を自然界には存在しない色素に変換することに成功しました。この新しい色素は、現存する葉緑素とは炭素結合パターンが反転した異性体の関係にある、ユニークな特徴を持っています。
植物の緑色の素である葉緑素や血液の赤色の素であるヘムは、共通の分子骨格(ポルフィリン骨格※4 )を持つ「生命の色素」と呼ばれます。本研究で新たに作り出した反転型葉緑素もポルフィリン骨格ですが、自然界には存在しない新たな炭素結合パターンを持っていることや、吸収できる光の波長や獲得したエネルギーの伝達速度を変化させつつ機能を発現したことから、生命活動で機能する新たなポルフィリン型色素として「生命の色素」のレパートリーを拡張できたといえます。
新しくできた反転型葉緑素は、タンパク質内で可視光を吸収し、そのエネルギーを伝達することが可能であることがわかりました。すなわち、自然界には存在しない炭素結合パターンでできていますが、光合成タンパク質のなかで働くことが明らかになりました。したがって、本研究は、光合成タンパク質に結合するバクテリオクロロフィルが酸化的条件で反転型葉緑素を獲得し、タンパク質内で働くことが可能なことを実験的に示した初めての例となります。現存する葉緑素(クロロフィル)は、植物の祖先にあたるバクテリアに含まれるバクテリオクロロフィルが地球環境の変化(酸素発生による酸化的環境の形成)によって化学的に変換されてできた可能性が考えられていますが、光合成タンパク質の構造や反応時の環境によっては、現存しない分子骨格の色素ができうる可能性が示唆されました。
本研究によって創り出された反転型葉緑素は、なぜ生物進化の段階で葉緑素が現存する分子構造になったのかを明らかにする新しい切り口となり、現在不明な光合成生物の進化における葉緑素の獲得メカニズムの解明に大きく寄与できます。
また、光合成タンパク質が吸収できる光の波長は光合成反応効率と直接的に関係するため、本研究を発展させ、光合成生物が利用できる光を人工的に調節し、光合成生物の生育速度や生育量を調節することで、食料の増産などへの展開が期待できます。
【研究支援】
本研究は、科学技術振興機構・さきがけ「超空間制御と革新的機能創成」(課題番号JPMJPR1416)と、科学研究費補助金・新学術領域研究「革新的光物質変換」(課題番号18H05182)の支援のもとに行われました。
【用語解説】
※1 葉緑素:クロロフィルとも言われる。現存する植物や藻類の主要色素であり、可視光を効率よく吸収できる。酸素発生型の光合成の明反応で機能する重要な分子である。
※2 生命の色素:血液の赤色の素の分子(ヘム)や植物の緑色の素の分子(葉緑素)のようなポルフィリン骨格を持つ生命にとって重要な天然分子。
※3 バクテリオクロロフィル:酸素を発生しない光合成細菌の主要色素。クロロフィルと同じポルフィリン骨格を持つが、炭素結合パターンが異なるため、可視光をあまり吸収できないという特徴がある。
※4 ポルフィリン骨格:炭素4個と窒素1個でできた5角形の分子が4個環状に連結し、構成原子の間に2重結合と単結合(1重結合)が交互にでてくるパターンの分子骨格。生命の色素の基本骨格であるとともに、太陽電池や有機ELなどの機能性材料の原料骨格として重要である。
【関連リンク】
理工学部 理学科 教授 佐賀 佳央 (サガ ヨシタカ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/351-saga-yoshitaka.html