妊娠につながる良好なマウス受精卵を選ぶ革新的AI開発に成功 -不妊症の原因となる卵子の質の評価に応用可能-

2022-11-04 13:00
研究内容・成果

慶應義塾先端科学技術研究センターの徳岡雄大研究員と同大学理工学部の舟橋 啓教授、山田 貴大専任講師、近畿大学生物理工学部の山縣 一夫教授、東京大学生産技術研究所の小林 徹也准教授らのグループは、深層学習を用いることで、マウス受精卵の細胞分裂の様子を連続的に撮影したデータから高精度に出生予測を行うAI(NVAN)の開発に成功しました。NVANによる出生予測の分類精度は83.87%と驚くほど高く、これまでの世界最高峰の機械学習手法や胚培養の経験者による目視検査を凌駕することに成功しました。本手法は、体外受精の胚評価における新たな基盤技術として、ヒト生殖補助医療や家畜動物生産分野に貢献することが期待されます。
本研究成果は学術雑誌Artificial Intelligence in Medicine誌Webサイトにてオンライン速報版が2022年11月2日(英国時間)に公開されました。

【本研究のポイント】
・受精卵の細胞核や染色体を生きたまま連続観察するライブセルイメージングと深層学習を用いることで、マウス受精卵の出生可能性を世界最高の精度で予測することに成功した。
・NVANは、出生予測に寄与する胚の形態的特徴を定量的に示し、解釈することができる。この機能により、マウス胚の出生には、桑実胚期の細胞核の形状および細胞分裂のタイミングが重要であることを示唆した。
・NVANは胚培養の経験者による目視検査による出生予測を超える予測精度を達成した。現在、不妊治療現場では胚培養士が目視で受精卵の質を評価している。今後はヒトの受精卵に応用し、生殖補助医療による妊娠率向上に貢献することが期待される。

【研究背景】
不妊症は世界で約4,850万組が罹患しており、その治療法のひとつに体外受精(IVF)があります。しかし、IVFの有効性は低く、国内での生殖補助医療による妊娠成功率は12.6%に留まっています。従来のIVF治療におけるヒト胚の評価は、熟練した胚培養士による胚の形態学的分析に基づいた手作業でのスコアリングにより行われ、胚培養士間、クリニック間での判断基準が異なることがあり、妊娠につながる受精卵を正確に評価することが困難でした。最近でこそ、タイムラプスインキュベーターを用いて胚の発生過程における動的な形態変化をもとに胚評価につなげる試みがなされていますが、未だ評価のばらつきや、その根拠に関しては検討の余地が多くありました。一方、顕微鏡技術やイメージング技術の向上に伴い、さまざまなライブセルイメージング技術が確立されてきました。本研究グループは2013年頃から、マウス受精卵を用いて発生における細胞分裂過程の時系列3次元蛍光顕微鏡画像からセグメンテーション※1 などの画像解析により、染色体分配異常、卵割の同期性、発生速度などの定量的指標を抽出し、出生予測につながる指標の獲得を進めてきました。当時は画像処理精度が低い上に手作業に頼る部分が多いために、発生過程における正確な定量的指標の獲得は困難でした。本研究グループは2020年に深層学習アルゴリズムのひとつである畳み込みニューラルネットワーク(Convolutional Neural Network, CNN)を用いたセグメンテーションアルゴリズムQuantitative Criteria Acquisition Network(QCANet)を開発し、世界最高精度で発生中の胚の画像から細胞核部分のみを同定することに成功し、マウス発生過程における数々の定量的指標を獲得することに成功しました。本研究では、本研究グループの独自技術であるQCANetを用いて、妊娠に至った胚と流産した胚それぞれより形態的特徴などの多変量時系列データを抽出し、それを機械に学習させることで、出生予測を高精度で行うアルゴリズムの開発、さらには出生に寄与する指標(特徴)の獲得を目指しました。

【研究内容・成果】
本研究で構築したアルゴリズムであるNormalized Multi-View Attention Network(NVAN)は、マウス胚の多変量時系列データから出生予測を行います。入力に与える時系列データは、本研究グループが以前開発したQCANetを用いてマウス胚時系列3次元蛍光顕微鏡画像から抽出します。NVANは4つの処理から構成され、妊娠に至った胚62個と流産した胚29個の形態的特徴の中から出生に寄与する特徴のみを積極的に学習します。
本研究で開発したNVANによるマウス受精卵(未学習データ)の出生予測の分類精度は83.87%を示し、既存の機械学習による分類法(74.19%)および胚培養の経験者による分類(64.87%)を凌駕する精度を示すことに成功しました。またNVANのもうひとつの特徴として、機械が画像情報のどの部分を重要視しているかを遡及的に明らかにできる点が挙げられます。その結果、マウス受精卵の出生予測には、桑実胚期の細胞核の形状および細胞分裂のタイミングが重要であることをNVANは示唆しました。

【今後の展開】
NVANはマウス受精卵の時系列3次元蛍光顕微鏡画像を用いることで高精度な出生予測が可能であることを示しました。将来的にヒト胚への応用を考えた場合、非染色で胚の質を判断可能となる定量的指標の獲得が必要になります。現在、舟橋研究室では胚への侵襲性が低い、非染色で撮像された画像(明視野顕微鏡画像)に対しても高精度にセグメンテーションを行うアルゴリズムの開発を進めています。今後、これらの手法により得られた多変量時系列データを用いることでヒト生殖補助医療や、ウシなどの家畜動物生産分野に貢献できると考えています。
※本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(19J13189、20H03244)、JST CREST(JPMJCR1927、JPMJCR2011)などの助成や支援を受けて行われました。

<原論文情報>
タイトル  :An explainable deep learning-based algorithm with an attention mechanism for predicting the live birth potential of mouse embryos
タイトル和訳:深層学習による説明可能なマウス胚出生予測アルゴリズム
著者    :徳岡 雄大1、山田 貴大1、増子 大輔2、池田 善貴2、小林 徹也3、山縣 一夫2、舟橋 啓1
       1慶應義塾大学 2近畿大学 3東京大学 生産技術研究所
掲載誌:Artificial Intelligence in Medicine (DOI:10.1016/j.artmed.2022.102432)

<用語説明>
※1 セグメンテーション
画像から注目領域(本研究では細胞核)のみを抽出する画像処理技術

【関連リンク】
生物理工学部 遺伝子工学科 博士 山縣 一夫(ヤマガタ カズオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1365-yamagata-kazuo.html

生物理工学部
https://www.kindai.ac.jp/bost/

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