イネが病原菌の感染力の源を検出して免疫を誘導する仕組みを解明 病気に強い植物の開発に期待
近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)博士後期課程1年 吉久 采花、研究員 吉村 智美、同研究科・アグリ技術革新研究所教授 川﨑 努らの研究グループは、岩手生物工学研究センター(岩手県北上市)、京都大学(京都府京都市)との共同研究により、イネの最大の病害の一つである白葉枯病菌の感染力の源となるタンパク質を検出し、強力な免疫反応を誘導する仕組みを明らかにしました。本研究成果により、病気に強い植物の開発に繋がることが期待されます。
本件に関する論文が、令和4年(2022年)9月1日(木)(日本時間)に、世界的に有名な植物科学誌"New Phytologist"に掲載されました。
【本件のポイント】
●イネの免疫誘導で重要な役割を果たす「OsERF101」というタンパク質を発見
●イネの病原菌認識センサーが、病原菌の感染力の源となるタンパク質を認識して免疫を誘導する仕組みを解明
●本研究成果が、今後病気に強い植物の開発に繋がることに期待
【本件の背景】
農業生産において病害による収量の損失は約15%にものぼり、これは10億人分の食料に相当します。また近年、世界規模での環境変動や、国際貿易に伴う病原菌・害虫の移動により、従来の病害発生地域とは異なる地域での病害も発生しています。さらに、新たな病原菌が出現して植物でパンデミックを引き起こし、作物が壊滅的な被害を受けた例も多数報告されています。このような現状を打開し、食料生産を持続的に安定化するための次世代耐病性技術の開発が望まれています。
作物生産に大きな損害をもたらすXanthomonas属※1 やRalstonia属※2 の病原菌は、Transcription Activator-Like(TAL)エフェクター※3 と呼ばれる病原性因子をもち、それが病気を引き起こす根源であると考えられています。イネで見つかった病原菌認識受容体(センサー)であるXa1は、病原菌のTALエフェクターを認識して強い免疫反応を誘導することが知られていますが、その分子メカニズムは不明でした。
【本件の内容】
研究グループは、イネの病原菌認識受容体(センサー)であるXa1と白葉枯病菌のTALエフェクターの相互作用を解析しました。その結果、Xa1がもつBEDドメイン※4 が、TALエフェクターと相互作用することにより、Xa1がTALエフェクターを検出し、免疫反応を活性化することを見出しました。
さらに、Xa1による免疫制御経路を解明するため、Xa1と相互作用する因子を探索し、「OsERF101」という転写因子※5 を発見し、OsERF101が、Xa1によるTALエフェクターの認識および免疫誘導において極めて重要な働きをしていることを明らかにしました。
TALエフェクターは、Xanthomonas属やRalstonia属の病原菌が病気を引き起こす根源として知られていますが、Xa1の機能を用いることで、それらによる重要病害を克服することが期待されます。
【論文掲載】
掲載誌:New Phytologist(インパクトファクター:10.323@2021)
論文名:The rice OsERF101 transcription factor regulates the NLR Xa1-mediated immunity induced by perception of TAL effectors
(イネのOsERF101転写因子は、Xa1によるTALエフェクターの認識によって誘導される免疫を制御する)
著者 :吉久 采花1、吉村 智美1、清水 元樹2、佐藤 颯花1、松野 匠吾1、峯 彰3、山口 公志1、川﨑 努1,4*
*責任著者
所属 :1 近畿大学大学院農学研究科、2 岩手生物工学研究センター、3 京都大学農学研究科、4 近畿大学アグリ技術革新研究所
【研究詳細】
病原菌は、エフェクターと総称されるタンパク質を植物細胞内に分泌することが知られています。エフェクターは、植物の免疫反応を抑制するなど、病原菌の増殖を助ける働きをしています。Xanthomonas属やRalstonia属の病原菌がもつTranscription Activator-Like(TAL)エフェクターは、ゲノム編集に応用された特殊なDNA結合ドメイン※6 をもち、宿主の細胞内に分泌されると、核に移動し、転写因子として宿主の遺伝子を強制的に発現させます。例えば、白葉枯病菌のTALエフェクターの一つは、イネの糖輸送体遺伝子の転写を強制的に誘導し、細胞膜の糖輸送体の量を増加させます。増加した糖輸送体によって、糖が細胞内から細胞外に積極的に放出され、放出された糖は白葉枯病菌の栄養源となり菌の増殖を助けることが知られています。
イネで見つかったNB-LRR型受容体※7 であるXa1は、N末端側※8 にBEDドメインをもち、TALエフェクターを認識して、非常に強力なエフェクター誘導免疫を誘導することが知られていますが、その分子メカニズムは不明でした。今回、Xa1の相互作用因子として「OsERF101」という転写因子を発見し、Xa1が、OsERF101を介して、間接的にTALエフェクターを認識していることを明らかにしました。さらに、OsERF101過剰発現体※9 では、Xa1に依存した抵抗性が強くなることから、OsERF101は、Xa1依存型免疫のポジティブレギュレーター※10 として機能していることが明らかになりました。さらに、OsERF101が、bHLH型の転写因子を介して免疫反応を誘導していることも見出しました。
一方、OsERF101のノックアウト体※11 では免疫反応が抑制されることが予測されましたが、OsERF101過剰発現体とは異なるタイプのXa1依存型免疫が活性化されることが明らかになりました。このことから、上記の図に示すように、OsERF101によって抑制されるX因子が存在し、X因子もまた、Xa1依存免疫に関与していることが示唆されました。さらに、X因子の下流では、Myb型転写因子※12 を介して免疫が誘導されることが明らかになりました。
【今後の展望】
TALエフェクターをもつXanthomonas属やRalstonia属の病原菌の多くは、作物生産に大きな損害をもたらすことが知られています。特に、アブラナ科黒腐病やナス科・ウリ科青枯病は、国内外において、非常に深刻な被害をもたらしています。今回発見したXa1による免疫システムを応用できれば、イネ白葉枯病だけでなく、これらの病害に対しても、強力な免疫を誘導することが可能になり、病気に強く、かつ収量が安定した植物の開発に繋がることが期待されます。
【研究助成】
本研究は、科学研究費補助金、科学研究費基金、農林水産省・戦略的国際共同研究推進事業による助成を受けたものです。
【用語解説】
※1 Xanthomonas属:グラム陰性菌。Xanthomonas(キサントモナス)属細菌は、100種以上のもの植物に対して病気を引き起こす。
※2 Ralstonia属:グラム陰性菌。Ralstonia(ラルストニア)属細菌は、ナス科植物などに、重要病害として知られている青枯病を引き起こす。
※3 TALエフェクター:病原細菌がもつ特殊なDNA結合ドメインをもつ転写因子。宿主遺伝子の転写を誘導する。TALエフェクターのDNA結合ドメインは、ゲノム編集技術として使用され、CRISPR/Cas9システムが登場する前は主流であった。TALエフェクターを用いたゲノム編集技術は、TALENと呼ばれる。
※4 BEDドメイン:BEDドメインは、DNAに結合するタンパク質領域として発見されたが、タンパク質間相互作用に関係することが示唆されている。植物のNB-LRR型受容体の中で、BEDドメインをもつもとが多数見つかっており、BEDドメインがエフェクター認識に関わることが示唆されている。
※5 転写因子:遺伝子の転写を制御するタンパク質。
※6 DNA結合ドメイン:転写因子などがもつDNAに直接結合するタンパク質領域。
※7 NB-LRR型受容体:Nicleotide-binding(NB:核酸結合部位)とLRR(ロイシンリッチリピート)をもつ受容体。動物にも存在し、免疫反応に関与している。動物では、Nod-LRR型受容体と呼ばれている。
※8 N末端側:タンパク質のN末端領域。
※9 OsERF101過剰発現体:OsERF101を多く発現する遺伝子組換えイネ。
※10 Xa1依存型免疫のポジティブレギュレーター:Xa1に依存した免疫反応を、正に調節する因子。
※11 ノックアウト体:遺伝子の機能を欠損させた変異体。
※12 Myb型転写因子:動植物に存在する転写因子のファミリーの一つ。
【関連リンク】
農学部 生物機能科学科 教授 川﨑 努(カワサキ ツトム)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/482-kawasaki-tsutomu.html
農学部 生物機能科学科 講師 山口 公志(ヤマグチ コウジ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1246-yamaguchi-koji.html
農学研究科
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/
アグリ技術革新研究所
https://www.kindai.ac.jp/atiri/