原始左右相称動物・扁形動物の"原型(プロトタイプ)脳"から神経内分泌系の進化起源を特定

図1.下垂体後葉ホルモンは、左右相称動物に普遍的だと考えられます。
図1.下垂体後葉ホルモンは、左右相称動物に普遍的だと考えられます。

【発表のポイント】
・脊椎動物の神経内分泌系の"要"である下垂体後葉ホルモン、「バソプレシン/オキシトシン」の同族ペプチドを、原始左右相称動物・扁形動物ヒラムシ(海産プラナリアの仲間)の"原型(プロトタイプ)脳"から発見しました。
・扁形動物門(Platyhelminthes)で発見したことから、この同族ペプチドをプラチトシン(platytocin)系と名付けました。このプラチトシン系は、これまで報告のあった下垂体後葉ホルモンの同族ペプチドと比べて、進化的に最も古い動物からの発見です。
・プラチトシン系は、扁形動物においても哺乳類と同様に抗利尿ホルモン(バソプレシン)として機能していることを見出しました。これらの成果により、これまで不明であった神経内分泌系の進化起源の解明が期待されます。

岡山大学学術研究院自然科学学域(牛窓臨海)の坂本 浩隆准教授(神経内分泌学)と、島根大学、近畿大学、三重大学、金沢大学、ニュージーランド・オークランド大学/オタゴ大学、英国オックスフォード大学の国際研究グループは、脊椎動物の神経内分泌系1)の"要"である下垂体後葉ホルモン2)、「バソプレシン/オキシトシン」の同族ペプチドを原始左右相称動物3)の扁形動物4)ヒラムシ(海産プラナリアの仲間)から発見しました。
神経ペプチドである下垂体後葉ホルモンは、脊椎動物と無脊椎動物において広く存在することから、左右相称動物に普遍的な神経ペプチドは、その共通祖先においてすでに存在していたと考えられますがその進化起源は明らかになっていませんでした。今回、左右相称動物の共通祖先に近いとされるシンプルな体制を持つ、原始左右相称動物である扁形動物門(Platyhelminthes)から下垂体後葉ホルモンの同族ペプチドを特定することに成功し、この祖先型ホルモンをプラチトシン(platytocin)系と名付けました。さらに、プラチトシン系は扁形動物でも哺乳類と同様に抗利尿ホルモン(バソプレシン)として機能していることを見出しました。これらの成果から、これまで不明であった下垂体後葉ホルモンの進化起源の解明が期待されます。
これらの研究成果は、米国科学振興協会(AAAS)より発行されている科学雑誌「Science Advances」にオンライン(現地時間(米国東部標準時):3月4日14:00、日本時間:3月5日4:00)で掲載されました。

【坂本准教授からのひとこと】
数億年もの永きにわたり、古い体制を残しつつも地球上に生き残ってきた扁形動物ヒラムシさんに心より敬意を表します(しかも研究にご協力いただきありがとうございました!)。血管-循環器系を未だ獲得していないヒラムシで、神経内分泌系がはたらいていることをとても興味深く感じます。同じ開口分泌が"要"となるものの、全く別物と考えられている二者:「脳シナプス系」と「内分泌系」の進化、獲得を考証する上で非常に意義深い!と、悠久の神秘に想いを馳せることができました。
わずか全長数ミリの中に、数億年にわたる進化の謎をひもとくヒントがある!?

【発表内容】
<現状>
下垂体後葉ホルモンのバソプレシンに関する研究の歴史は古く、OliverとSchöfer(1895)がウシの下垂体抽出物に血圧上昇、血管収縮作用があることを報告したことが発端です。バソプレシンという名称は、この生理作用に注目して、「vaso(血管)+press(圧)+in」と命名されました。その後、Romer(1914)によりこの抽出物に抗利尿作用があることが明らかになりました。その作用から、バソプレシンは、別名抗利尿ホルモン(ADH)と呼ばれ、高校生物の教科書にも記載される最もメジャーな神経ペプチドホルモンのひとつとして広く認知されています。1950年代に、du Vigneaudらによってこの抽出物には2種類のペプチド(もう一方はオキシトシン)が含まれることが明らかとなりました。du Vigneaud(1901~1978年)は、バソプレシン、およびオキシトシンを発見したこの業績により、1955年にノーベル化学賞を受賞しています。
これらのバソプレシン/オキシトシンは、昆虫などの外骨格系の無脊椎動物(前口動物5))などでも発見されており、左右相称動物に普遍的であり、その起源は左右相称動物の共通祖先まで遡ることができると考えられます(図1)。そこで私たちは原始的な左右相称動物である扁形動物(Platyhelminthes)ヒラムシに注目して研究を行ってきました。扁形動物は再生研究で有名なプラナリアなどを含み、血管•循環器系や体腔がなく、口と肛門が同一というシンプルで原始的な体制の左右相称動物として知られています。しかし、散在神経系の放射相称動物(クラゲ、イソギンチャクなど)とは大きく異なり、ニューロンが集中化 [原型(プロトタイプ)脳を獲得] し、自由行動等の中枢制御メカニズムを獲得した最初の動物といえます。

<研究成果の内容>
今回、坂本准教授らの国際研究グループは、原始的ながらも神経系が集中している扁形動物ヒラムシの脳神経節、"原型(プロトタイプ)脳"を研究することにより、下垂体後葉ホルモンの先祖型を発見し、プラチトシン(platytocin)系と命名しました(図2)。扁形動物のプラチトシン系は、これまで下垂体後葉ホルモン系が見つかっている動物種に比べて、進化的に最も古い動物からの特定です。

図2.たった4個のニューロンからプラチトシンは放出される。当該論文より改変。
図2.たった4個のニューロンからプラチトシンは放出される。当該論文より改変。

内分泌系はホルモンを血中に放出することにより全身性に作用することができます。つまり、内分泌系がはたらくためには、ホルモンが血流(呼吸—循環器系)を介して作用することが前提となります。また、神経内分泌系は、脳ニューロンが下垂体後葉を介して、ホルモンを血中にむかって放出することにより全身を循環させ、効率的に機能させることができています(図3)。私たちはこれまでに、ヒラムシの"原型脳"が中枢化しているにもかかわらず、心臓・血管系を欠くことに着目して、ヒラムシにホルモンと受容体との関係が存在するかを調べてきました。

図3.神経内分泌系:視床下部—下垂体後葉系の作用メカニズムを示した模式図です。神経内分泌系では、ホルモンが血流(呼吸—循環器系)を介して作用することが前提となります。
図3.神経内分泌系:視床下部—下垂体後葉系の作用メカニズムを示した模式図です。神経内分泌系では、ホルモンが血流(呼吸—循環器系)を介して作用することが前提となります。

私たちは、まず、次世代シーケンサー7)をもちいてヒラムシ"原型脳"における遺伝子発現を網羅的に解析しました。その結果、多くの神経ホルモン、およびそれらの受容体の候補遺伝子群の同定に成功しました。さらに、生理機能に着目した解析を進めた結果、今回のプラチトシン系の機能解明に至りました。
この扁形動物におけるプラチトシン系の発見は、これまで見つかっていた下垂体後葉ホルモン族と比べて、最も古い原始的な動物からの発見となりました。つまり、下垂体後葉ホルモン(神経内分泌)系の起源は、前口動物と後口動物5)の分岐点にまで遡れることを明らかにしました。

<社会的な意義>
現代生命科学には『多種多様な生物がどのように外部環境に適応し、行動調節機構をどのように進化させてきたのか』という重要課題が残されています。今回、系統進化学的に重要な位置にある原始左右相称動物・扁形動物ヒラムシの神経ホルモン-受容体系に焦点を当てることにより神経内分泌系の進化起源の特定に至りました。
ヒラムシで見出した下垂体後葉ホルモンの同族ペプチド(プラチトシン)は、先に分岐した刺胞動物6)(クラゲ、イソギンチャクなど)のゲノム等には見出せず、このプラチトシンこそがヒトの下垂体後葉ホルモンの祖先型と思われます。周知の通り、「内分泌系による生体調節」には血管系の存在が前提となります。つまり、血管系が存在しない(未分化な)扁形動物において神経・内分泌系が既に存在することは、これまでの既成概念をも覆す大発見であると考えられます。今回、ヒラムシで'ホルモン-受容体系'が機能していることを明らかにしました。このことは、生物は'ホルモン-受容体系'を先に獲得し、進化の過程で「神経シナプス系」と「内分泌系」へ細分化させた、という新たな仮説を提唱できるかもしれません。今後、この扁形動物ヒラムシを突破口として、同じ開口分泌が鍵となる二者:「シナプス」と「内分泌」との相同性、および相違性に着目し、脳シナプスの機能的進化起源までも明らかにできることが期待されます。

【論文情報等】
論文名:
Vasopressin–oxytocin-type signaling is ancient and has a conserved water homeostasis role in euryhaline marine planarians
「原始左右相称動物・扁形動物ヒラムシから明らかになった抗利尿ホルモンの進化起源」
掲載誌:Science Advances(サイエンス・アドバンシズ)
著 者:
Aoshi Kobayashi, Mayuko Hamada, Masa-aki Yoshida, Yasuhisa Kobayashi, Naoaki Tsutsui, Toshio Sekiguchi, Yuta Matsukawa, Sho Maejima, Joseph J. Gingell, Shoko Sekiguchi, Ayumu Hamamoto, Debbie L. Hay, John F. Morris Tatsuya Sakamoto and Hirotaka Sakamoto*(責任著者)
DOI :10.1126/sciadv.abk0331

発表論文はこちらからご確認いただけます。
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abk0331

【研究資金】
本研究は、下記の支援を受けて実施しました。
・日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 若手研究(A)24680039 研究代表者:坂本 浩隆
・JSPS科学研究費補助金 挑戦的萌芽研究 15K15202 研究代表者:坂本 浩隆
・JSPS科学研究費補助金 国際共同研究加速基金 15KK0257 研究代表者:坂本 浩隆
・JSPS科学研究費補助金 基盤研究(S)15H05724 研究分担者:坂本 浩隆
・JSPS科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)(学術研究支援基盤形成)先端バイオイメージング支援プラットフォーム(ABiS)16H06280研究支援者:坂本 浩隆
・JSPS科学研究費補助金 基盤研究(B)21H02520 研究代表者:坂本 竜哉
・JSPS科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)(シンギュラリティ生物学)21H00428 研究代表者:坂本 竜哉
・日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム 幹細胞・再生医学イノベーション創出プログラム 961149 研究分担者:坂本 浩隆
・鈴木謙三記念医科学応用研究財団 疾病別指定研究助成金(中枢性尿崩症の病態解明) 19-085 研究分担者:坂本 浩隆

【補足・用語説明】
1) 神経内分泌系
自律神経系や内分泌系は、脳のなかの視床下部と下垂体によって調節されており、視床下部-下垂体系を中心としたホルモンの制御機構を神経内分泌系と呼ぶ。したがって、内分泌系が体内(末梢)のホルモン機構をあつかうのに対して、神経内分泌系は脳(中枢)の内分泌系とも言える。神経細胞(ニューロン)によって合成、分泌された神経ホルモンがはたらいていることも大きな特徴。

2) 下垂体後葉ホルモン
バソプレシンとオキシトシンの総称。ともに視床下部のニューロンによって合成されて、血中に放出された後に全身性に作用します。バソプレシン(別名、抗利尿ホルモン(ADH))は、腎臓のろ過装置である腎小体を介して水の再吸収を促し、尿量を減らす非常に強い作用(抗利尿)をもっています。一方、オキシトシンは分娩時の子宮筋の収縮や授乳時の射乳を引き起こすことが知られています。

3) 左右相称動物と放射相称動物
左右相称動物とは、脊椎動物を含む左右対称の動物の一般名称。一方、放射相称動物とは放射状に対称となる体制をもつ動物。クラゲ、イソギンチャクなどを含む。

4) 扁形動物
平たく薄っぺらいかたちをした生き物で、一見、軟体動物のナメクジのように見えますが、理科の再生実験で有名なプラナリア、および寄生虫のサナダムシなどと同じなかまです。
扁形動物は、口と肛門の区別がありませんが、左右相称のからだをもち、原始的ながらも既に脳神経系が中枢化(脳神経節)しています。また、ヒラムシのからだはきわめて扁平形ですので、呼吸は拡散作用(皮膚呼吸)で行うことができ、呼吸—循環器系などの体制はもっていません。以上のことから、現存する扁形動物にも非常に原始的な体制が保存されており、左右相称動物の祖先型に最も近い動物だと考えられています。まさに、その古くシンプルな体制から「生きる化石」という言葉が当てはまるかもしれません。

5) 前口動物と後口動物
前口動物とは、発生段階で、原口が成体の口となる動物の総称。多くの無脊椎動物を含みます。一方、後口動物は、原口が成体の肛門となる動物の総称。哺乳類などの脊椎動物が含まれます。

6) 刺胞動物
クラゲやイソギンチャクなど、放射相称状の体制と捕食や防御のための毒針「刺胞(しほう)」を持つ動物群。神経系は散在神経系と呼ばれる網目状の構造で、中枢神経系は無いとされる。浮遊性や固着性の生活をし、自由に運動する能力は比較的低い。左右相称動物の誕生以前から存在していた起源(約6億年前)のより古い動物群。

7) 次世代シーケンサー
次世代シーケンサーを用いると、DNAの塩基配列を高速で解読することできます。次世代シーケンサーの登場により、遺伝子情報の読み取り能力が飛躍的に向上されました。このことにより、ゲノム情報が明らかになっていない非モデル動物からも遺伝情報を網羅的に解読し、効率よく解析できるようになりました。今回、この次世代シーケンサーを用いることにより非モデル動物のヒラムシでも効率よく研究を進めることができました。

【関連リンク】
農学部 水産学科 准教授 小林 靖尚(コバヤシ ヤスヒサ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1436-kobayashi-yasuhisa.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/


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