野生ミナミハンドウイルカの餌生物と採餌行動を水中観察で確認 準絶滅危惧種の生態解明と保全につながる国内初の研究成果
近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)博士前期課程2年の高橋 力也(指導教員:講師 酒井 麻衣)は、三重大学大学院附属鯨類研究センター、御蔵島観光協会、東海大学との共同研究によって、伊豆諸島御蔵島周辺海域に生息する野生のミナミハンドウイルカの餌生物と採餌行動を明らかにしました。ミナミハンドウイルカは、岸近くに生息する傾向が強く、人間活動の影響を受けやすいとして、IUCN※1 のレッドリスト※2 において「準絶滅危惧種」として記載されています。これまでは、ミナミハンドウイルカが「いつ」「どこで」食べているかという情報がほとんどなかったため、生存に関わる食性を明らかにすることで、生態解明と保全につながることが期待されます。
本件に関する論文が、令和2年(2020年)11月13日(金)に、海棲哺乳類学の国際誌“Aquatic Mammals”に掲載されました。
【本件のポイント】
●ミナミハンドウイルカの採餌行動を水中観察し、餌生物やその行動を調べた国内初の研究
●ミナミハンドウイルカの餌生物として、15種以上の魚類やイカやタコなどの頭足類を確認
●日中に採餌を行う個体はメスが多いことを確認
【本件の背景】
ミナミハンドウイルカ(学名:Tursiops aduncus)は、南アフリカからアジア南東部、オーストラリアにかけての大陸沿岸に面した温暖で浅い海に生息しています。ミナミハンドウイルカの餌生物はさまざまな魚類や頭足類であり、生息域によって異なることから、それぞれの生息域で調べる必要があるとされてきました。伊豆諸島の御蔵島は、本土から南へ約200km離れた海洋島で、周囲は深い海に囲まれており、ミナミハンドウイルカが生息する他の地域とは異なる環境です。そこに生息するミナミハンドウイルカの食性はほとんどわかっていませんでした。
【本件の内容】
鯨類は水中で生活しているため行動の詳細を直接観察することは困難ですが、御蔵島は海水の透明度が高く、水中観察に適しています。本研究は、ミナミハンドウイルカの採餌行動を水中観察して、餌生物やその行動を調べた国内初の研究です。また、イルカウォッチング事業者への聞き取り調査や、混獲個体※3 の胃内容物解析も併せて行うことで、詳細な食性の解析を行いました。
その結果、御蔵島に生息するミナミハンドウイルカについて、15種類以上の魚類やイカやタコなどの頭足類を餌生物として確認しました。また、日中の採餌行動は稀であること、早朝に発見された混獲個体から豊富な胃内容物が確認されたこと、その中から夜間に深海から表層へ上がってくるような中深層性のイカなどが確認されたことから、夜間から早朝にかけて積極的な採餌行動をしていることが示唆されました。さらに、日中に観察された採餌は、ほとんどメスが行っていることがわかりました。メスによる日中の採餌が多い原因として、母親から子どもが採餌行動を学習することや、妊娠・授乳期の母親の餌要求量が増えていることが推測されました。
【論文掲載】
掲載誌 :“Aquatic Mammals”(インパクトファクター:0.740, 2019-2020)
論文名 :
Prey Species and Foraging Behaviour of Indo-Pacific Bottlenose Dolphins(Tursiops aduncus)Around Mikura Island in Japan
(伊豆諸島御蔵島周辺海域に棲息するミナミハンドウイルカ(Tursiops aduncus)の餌生物と採餌行動)
著 者:高橋 力也(1)
酒井 麻衣(1)
小木 万布(2)
森阪 匡通(3)
瀬川 太雄(3)
大泉 宏(4)
著者所属:(1) 近畿大学大学院農学研究科
(2) 御蔵島観光協会
(3) 三重大学大学院生物資源学研究科附属鯨類研究センター
(4) 東海大学海洋学部海洋生物学科
掲載URL :Aquatic Mammals:https://www.aquaticmammalsjournal.org/
DOI:https://doi.org/10.1578/AM.46.6.2020.531
【研究の詳細】
御蔵島周辺に生息するミナミハンドウイルカの食性については、餌生物に関する情報はいくつかあるものの、特にそれを「いつ」「どこで」食べているかについての情報はほとんどありませんでした。
今回新たに、11種の魚類・7種の頭足類・1種の甲殻類の餌生物のほか、餌生物とは断定できないものの、その可能性がある種として、10種の魚類と1種の甲殻類が確認されました。これはミナミハンドウイルカが、さまざまな生物を餌の対象としていることを示しています。
採餌の時間や場所については、107時間の水中動画の解析で採餌が11回確認できました。また、イルカウォッチング事業者23人を対象とした聞き取り調査では、17人(全体の70%)が「1シーズン(4月~11月)に目撃する採餌行動は1~10回程度である」と回答しました。それに加えて、胃内容物から検出された餌生物の生息環境を調べたところ、夜間に深海から表層へ上がってくるような中深層性のイカなどが複数確認され、そのような未消化の胃内容物を含む個体は早朝に発見されていました。これらのことから日中の採餌行動は稀であり、夜間から早朝にかけて積極的に採餌している可能性が示唆されました。今後、イルカは夜間の沖合に出て採餌をしているのか、夜間も個体が沿岸に存在して採餌を行っているのか、さらなる研究が必要とされます。
また、水中動画解析で明らかになった11例の採餌に加えて、観光客やイルカウォッチングガイドから情報提供された採餌中の動画や写真39例を用いて、オス・メスどちらが日中に採餌を行っているのかについて解析したところ、有意にメスが多いことがわかりました(メス39例、オス4例、性別不明7例)。この理由として、メスに同伴する子ども個体が採餌行動を学習するためである可能性や、授乳期や妊娠期のメスはエネルギー消費量が多いことにより、餌の要求量が増えているためである可能性などが考えられます。しかし、決定的な証拠は得られておらず、今後より長期的に観察を続けてデータを増やす必要があります。
【用語解説】
※1 IUCN:国際自然保護連合の略。国際的なレッドリストを作成している機関。
※2 レッドリスト:絶滅の恐れがある野生動物のリスト、国際的には国際自然保護連合(IUCN)が作成しており、国内では、環境省のほか、地方公共団体なども作成。
※3 混獲個体:漁網に絡まって死んでしまった個体。
【関連リンク】
農学部 水産学科 講師 酒井 麻衣 (サカイ マイ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1358-sakai-mai.html