肝細胞がんにおいて奏効が生存期間の指標となることを証明 治療薬の有効性評価にかかる時間の大幅な短縮に期待
近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)内科学教室(消化器内科部門)主任教授 工藤 正俊を中心とする国際研究共同グループは、切除不能の進行肝細胞がんに対する薬物療法の奏効※1 が、治療後の生存期間(予後)を予測する指標となり、従来から主な指標として用いられている全生存期間※2 の代替となり得ることを世界で初めて証明しました。
新しい治療薬の有効性を評価する場合、全生存期間を指標とすると結果が得られるまでに非常に時間がかかりますが、この研究成果によって評価にかかる時間が大幅に短縮されると期待されます。
本件に関する論文が、令和4年(2022年)3月9日(水)に、がん治療や腫瘍学に関する専門誌であり、米国癌学会の公式雑誌である"Clinical Cancer Research"にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●進行肝細胞がんに対する薬物療法の奏効が、予後を予測する指標となることを世界で初めて証明
●奏効率※3 が、有効性評価に時間のかかる全生存期間という指標の代替になることが明らかに
●肝細胞がん治療薬の有効性評価にかかる時間が大幅に短縮されることに期待
【本件の背景】
がんの治療法の有効性を評価する指標はいくつかありますが、現在もっとも重視されているのは、患者が投薬開始から生存した期間を示す「全生存期間」です。しかし、全生存期間を指標とする場合、結果が得られるまでに非常に時間がかかることが課題となっています。
もう一つの評価指標として「奏効」があります。奏効は、治療によってがん細胞が縮小もしくは消滅したことを示すものですが、これが生存期間(予後)を予測する指標にもなるかどうかは不明でした。
【本件の内容】
近畿大学医学部を中心とする国際共同研究グループは、平成22年(2010年)から令和2年(2020年)までの間に世界で行われた肝細胞がんに関する無作為化比較試験※4 を記した34編の論文を分析し、奏効率と全生存期間に相関関係があるかを調査しました。
その結果、複数の研究結果を統合して分析するメタ解析※5 という方法を用いることで、奏効と全生存期間に相関関係があることを明らかにし、奏効が肝細胞がんの予後予測の指標になることを世界で初めて証明しました。また、奏効率が、従来指標として用いられてきた全生存期間の代替の指標となる可能性も見出しました。
これにより、奏効率を指標とすることで、全生存期間よりもはるかに短期間で肝細胞がんに対する治療薬の有効性評価が可能になることを示しました。
【論文掲載】
掲載誌:Clinical Cancer Research(インパクトファクター:12.531@2021)
論文名:
Objective Response Predicts Survival in Advanced Hepatocellular Carcinoma treated with Systemic Therapies
(進行肝細胞癌に対する全身薬物療法の奏効は予後予測因子である)
著 者:
工藤 正俊1*、Robert Montal2,3、Richard Finn4、Florian Castet3、上嶋 一臣1、西田 直生志1、Philipp K. Haber5、Youyou Hu6、千葉 康敬7、Myron Schwartz5、Tim Meyer8,9、Riccardo Lencioni10,11、Josep M. Llovet3,5,12
*責任著者
所 属:
1 近畿大学医学部内科学教室(消化器内科部門)、2 Department of Medical Oncology、Cancer Biomarkers Research Group, Hospital Universitari Arnau de Vilanova -IRBLleida、3 Liver Cancer Translational Research Group、 Liver Unit, IDIBAPS, Hospital Clinic University of Barcelona、4 Division of Hematology/Oncology, University of California、5 Mount Sinai Liver Cancer Program, Division of Liver Diseases, Tisch Cancer Institute, Icahn School of Medicine at Mount Sinai、6 ROCHE、7 近畿大学病院臨床研究センター、8 UCL Cancer Institute, University College London、9 Royal Free Hospital、10 University of Pisa School of Medicine、11 Miami Cancer Institute、12 Institucio Catalana de Recerca Estudis Avançats (ICREA)
【研究詳細】
研究グループは、まず、平成22年(2010年)から令和2年(2020年)までの間に世界で行われた進行肝細胞がんの無作為化比較試験についての論文65編の中から、質の高い34編を抽出しました。論文で取り上げられた症例について、RECIST(n=23)※6 およびmRECIST(n=5)※7 という方法を用いて評価した患者個人の奏効が、全生存期間の予後予測指標であるかどうかをメタ解析しました。その結果、患者個人の奏効は全生存期間の独立した予後予測指標となることが分かりました。
また、臨床試験単位で見た場合も、奏効率とmRECISTとの相関係数は0.677と、比較的相関度が高いことが分かりました。一方、奏効率とRECISTとの相関係数は0.532であり、肝細胞がんの場合はmRECISTで評価した方がより有用であることが明らかになりました。
以上の結果から、奏効が予後と相関することが分かり、さらにはこれまで用いられてきた全生存期間を主要評価項目としなくても、奏効率のみで治療薬の効果を評価できる可能性を示しました。これにより、従来よりもはるかに短い期間で治療薬の有効性評価が可能となることが期待されます。
【用語解説】
※1 奏効:がんの治療において治療を実施した後に、がん細胞が縮小もしくは消滅したことを示したもの。RECISTもしくはmRECISTでは、腫瘍縮小もしくは腫瘍壊死が30%以上の場合、効果があったと判定する。
※2 全生存期間:抗がん剤の臨床試験において、試験登録日もしくは治療開始日から生存した期間のことを示す。亡くなった原因ががんであるかどうかに関係なく、がん以外の病気や交通事故などで亡くなっても、統計上は同じ死亡として取り扱われる。
※3 奏効率:がんの治療において治療を実施した後に、全体集団の中で奏効した患者の割合を示したもの。
※4 無作為化比較試験:患者などの研究対象者を無作為に2つ以上の集団に分け、治療薬の効果などを比較検証する試験のこと。対象者の状態に偏りない集団にすることで、公平な検証ができる。
※5 メタ解析:複数の研究の結果を統合し、より高い見地から分析すること、またはそのための手法や統計解析のこと。無作為化比較試験のメタ解析は、根拠に基づく医療(Evidence-Based Medicine)において、最も質の高い根拠とされる。
※6 RECIST:Response evaluation criteria in the solid tumorの略。治療による縮小率を、腫瘍の長径の変化を計測することで評価する方法。
※7 mRECIST:modified RECISTの略。肝細胞がんの治療効果は他のがんとは異なり、腫瘍の縮小だけでなく腫瘍壊死でも判定できるため、腫瘍の壊死部分を計測に含めずに評価する方法。
【関連リンク】
医学部 医学科 教授 工藤 正俊(クドウ マサトシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/569-kudou-masatoshi.html
医学部 医学科 医学部講師 上嶋 一臣 (ウエシマ カズオミ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1540-ueshima-kazuomi.html
医学部 医学科 教授 西田 直生志 (ニシダ ナオシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/653-nishida-naoshi.html