乳癌細胞のリンパ節転移につながるメカニズムを解明 細胞移動を誘導するタンパク質の解析による癌転移の詳細解明に期待
近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)生命科学科准教授 早坂 晴子らの研究グループは、細胞移動を誘導するケモカイン※1 というタンパク質の役割を解析することで、乳癌細胞のリンパ節転移につながるメカニズムを解明しました。
本件に関する論文が、令和4年(2022年)2月8日(火)に、日本癌学会の機関誌"Cancer Science"にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●細胞移動を誘導するケモカインの役割を解析することで、乳癌細胞のリンパ節転移につながるメカニズムを解明
●癌組織で発現したケモカインCXCL12※2 による刺激がケモカインCCL21※3 の細胞移動を誘導し、乳癌細胞のリンパ節転移につながる
●今後、さまざまな癌においてケモカインの種類と役割を解析することで、癌転移の詳細が明らかになると期待
【本件の内容】
ケモカインは、細胞の組織への移動に関わる重要な分子です。癌組織ではいくつかのケモカインが発現し、原発巣での細胞増殖やリンパ節転移を促進させることがわかっています。しかし、ケモカインが癌細胞に対してそれぞれどのように作用し、リンパ節転移を促進するのかについては不明であり、詳細な解析が求められています。
研究グループは、マウス乳癌形成モデルを用いて、乳癌細胞が腫瘍間質※4 に発現したケモカインCXCL12によって刺激されることで、リンパ管内皮細胞から産生されるケモカインCCL21の細胞移動を誘導し、リンパ節転移につながることを明らかにしました。これにより、腫瘍組織に発現する複数のケモカインが作用することで、リンパ管への癌転移が促進される可能性が示唆されました。
腫瘍内には癌細胞だけでなく非癌細胞も多く存在し、そこから産生されるケモカインや腫瘍増殖因子がシグナルを送ることで、癌細胞の増殖や転移を助けます。ケモカインは、どの臓器に転移しやすいかの「転移指向性」を決める重要な分子であることがわかっており、今後、さまざまな癌において腫瘍内で産生されるケモカインの種類と役割を解析することで、癌転移の詳細が明らかになることが期待できます。
【論文掲載】
雑誌名:Cancer Science(インパクトファクター:6.72@2021)
論文名:
CXCL12 promotes CCR7 ligand-mediated breast cancer cell invasion and migration toward lymphatic vessels
(ケモカインCXCL12により乳癌細胞のCCR7リガンド依存的シグナルが亢進し、リンパ管への細胞遊走と浸潤が促進される)
著 者:
早坂 晴子1※、吉田 淳一2、黒田 康嵩2、西口 昭宏2、松崎 典弥2、岸本 慧1、西村 仁志1、岡田 麻里2、下村 由希2、小林 大地3、島津 義人4、田谷 雄二5、明石 満2、宮坂 昌之2
※ 責任著者
所 属:1 近畿大学、2 大阪大学、3 新潟大学、4 麻布大学、5 日本歯科大学
DOI :https://doi.org/10.1111/cas.15293
【研究の詳細】
本研究では、ヒト乳癌細胞株MDA-MB-231細胞から、リンパ節に高頻度で転移する乳癌細胞株を樹立しました。このリンパ節高転移細胞株では、元の細胞株に比べて、CCL21(受容体CCR7に結合するケモカイン)で誘導される高分子膜への浸潤能の活発化、およびマウス転移モデルでCCR7依存的なリンパ節転移の活発化がみられたことから、CCL21とその受容体CCR7によってリンパ節転移が調節されることがわかりました。
リンパ節ではCXCL12とCCL21が共に発現しており、癌細胞のリンパ節転移との関連が示唆されています。そこで、細胞遊走※5 と高分子膜への浸潤能に対するこれらのケモカインの協働性を解析したところ、乳癌細胞をCXCL12で前処理した場合にCCL21に対する応答性が上がることが明らかになりました。
これまでに本研究グループの先行研究から、CCL21に対する応答性はCCR7の二量体化※6 で調節されることが明らかになっています。そこで、乳癌細胞におけるCXCL12前処理の影響を解析したところ、CCR7の二量体化が促進されるとともにCCL21の結合能が上昇することがわかりました。さらに、乳癌細胞株を移植したマウスで形成された腫瘍組織を解析したところ、CXCL12は腫瘍間質に発現し、CCL21はリンパ管周囲に発現することがわかりました。
次に、人工的な生体組織モデルを用いて、乳癌細胞移動におけるケモカインの効果を解析したところ、乳癌細胞をCXCL12で前処理した場合に、CCL21が集中するリンパ管周囲に細胞が局在することが明らかになりました。以上のことから、CXCL12がCCL21に対する細胞応答性を促進し、リンパ管周囲に乳癌細胞が移動しやすくなることで、リンパ節転移が活発化する可能性が示唆されました。
【用語解説】
※1 ケモカイン:白血球の細胞遊走(細胞が特定の方向への移動すること)を誘導する活性をもつサイトカイン(細胞にシグナルを伝える低分子タンパク質)の一群で、これまでに50種類以上が報告されている。特定のケモカインは特定の7回膜貫通型Gタンパク質共役型受容体に結合し、細胞内にシグナルを誘導する。
※2 ケモカインCXCL12:さまざまな組織で発現するケモカインであり、癌の悪性度と関連することが知られている。
※3 ケモカインCCL21:主にリンパ組織で発現するケモカインであり、癌のリンパ節転移との関連が知られている。
※4 腫瘍間質:腫瘍組織内に存在する非腫瘍細胞。線維芽細胞や血管・リンパ管を構成する細胞などが含まれる。
※5 細胞遊走:細胞が一定方向に移動すること。高転移性を示す癌細胞はこの活性が高いことが多い。
※6 二量体化:2つの分子が近接して存在すること。
【関連リンク】
理工学部 生命科学科 准教授 早坂 晴子(ハヤサカ ハルコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1375-hayasaka-haruko.html