円偏光を発生させる第3世代円偏光有機発光ダイオードを開発 次世代の3D表示用有機ELディスプレイ等製造への応用に期待
近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)応用化学科教授 今井喜胤(いまいよしたね)、大阪公立大学大学院(大阪府大阪市)工学研究科教授 八木繁幸らの研究グループは、安価でエネルギー変換効率が高く、第3世代の発光材料と呼ばれるTADF分子という発光性の分子を用いて、第3世代円偏光有機発光ダイオード※1 を開発しました。開発したダイオードに外部から磁力を加えることで、3D立体映像を映し出す際に使われる、らせん状に回転しながら振動する「円偏光」を、TADF分子に由来する緑色の光で発生させることに成功しました。さらに、加える磁力の方向を変えることで、緑色の円偏光の回転方向を制御できることも明らかにしました。本研究成果により、円偏光有機発光ダイオードの発光量子効率を理論上の限界まで引き上げることが可能となり、製造コスト削減が期待できます。将来的に、第3世代、さらには、その次の世代の発光材料を用いたフルカラー3D表示用有機ELディスプレイ等の製造や、高度な次世代セキュリティ認証技術の実用化につながることが期待されます。
本件に関する論文が、令和5年(2023年)10月21日(土)AM2:00(日本時間)に、化学分野の国際的な学術誌である"Frontiers in Chemistry Nanoscience(フロンティアズ イン ケミストリー ナノサイエンス)"にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●第3世代の発光材料と呼ばれる、光学不活性※2 なTADF分子を用いて有機発光ダイオードを作製し、外部から磁力を加えることにより、緑色の円偏光の発生に成功
●加える磁力の方向を変えることで円偏光の回転方向を制御し、右回転と左回転の円偏光を選択的に取り出すことに成功
●本研究成果を、次世代フルカラー3D表示用有機ELディスプレイの製造や、高度な次世代セキュリティ認証技術の実用化などへ生かすことに期待
【本件の背景】
特定の方向に振動する光を「偏光」といい、その中でも、らせん状に回転しているものを「円偏光」といいます。円偏光を利用した発光デバイス(円偏光を発する有機発光ダイオード)は、3D表示用有機ELディスプレイなどに使用される新技術として注目されています。現在、光学活性な分子で構成された材料を用いて円偏光有機発光ダイオードを作製し、右回転または左回転の円偏光を発生させる方法が一般的です。
こうした発光ダイオードの材料として、第1世代である蛍光材料、第2世代であるリン光材料が知られており、携帯電話などのディスプレイを中心に実用化されています。第1世代の蛍光材料は比較的安価に合成できますが、蛍光材料を用いた有機発光ダイオードは発光量子効率が低く、また、第2世代のリン光材料は発光量子効率が良いものの、希少価値が高いレアメタルを使用するため、デバイス製造コストが高くなるという課題があります。近年は、第3世代として、貴金属元素を含まず炭素や水素などを含む安価な材料で構成され、エネルギー変換効率が極めて高い熱活性型遅延蛍光※3(Thermally Activated Delayed Fluorescence:TADF)材料が開発され、注目されています。
研究グループは、先行研究において、右回転と左回転の円偏光を発生させる分子が等量混在している状態(光学不活性)の分子を用いた場合でも、外部から磁力を加えることにより、円偏光を発生させる新しい手法を用い、第2世代の発光材料である光学不活性なリン光材料を用いた円偏光発光デバイスの開発に成功しています。今回は、TADF分子を用い、円偏光を発生させる第3世代のデバイスの開発を目指し、研究に取り組みました。
【本件の内容】
研究グループは、第3世代の有機発光ダイオードの材料として開発が進んでいるTADF分子を用いて有機発光ダイオードを作製し、このデバイスに対して外部から磁力を加えることによって、TADF分子の発光に由来する緑色の円偏光を発生させることに成功しました。また、磁力の方向を変えることで円偏光の回転方向の制御が可能であることを明らかにしました。
本研究成果により、室温かつ永久磁石による磁場下に第3世代有機発光ダイオードを設置するだけで、円偏光を発生させることが可能となりました。また、光学不活性な分子は、特殊な合成方法や分離・精製技術が不要であり、一般的に光学活性な分子よりも安価に入手できるため、本手法を用いることで、円偏光有機発光ダイオードの製造コストが抑制できる可能性があります。これにより、第3世代(TADF分子)のみならず第4世代(TADF分子と蛍光分子)を用いた3D表示用有機ELディスプレイ等の製造コスト削減や、高度な次世代セキュリティ認証技術の実用化などにつながることが期待されます。
【論文掲載】
掲載誌 :Frontiers in Chemistry Nanoscience
(インパクトファクター:5.5@2022)
論文名 :
External magnetic field-induced circularly polarized luminescence and electroluminescence from optically inactive thermally activated delayed fluorescence material 4CzIPN
(光学不活性な熱活性化遅延蛍光物質4CzIPNの外部磁場誘起円偏光発光と電界発光)
著者 :黒田拓海1、北原真穂1、八木繁幸2、今井喜胤1* *責任著者
所属 :1 近畿大学理工学部、2 大阪公立大学大学院工学研究科
DOI :10.3389/fchem.2023.1281168
論文掲載:https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fchem.2023.1281168/abstract (オープンアクセス)
【研究の詳細】
研究グループは、九州大学教授 安達千波矢らのグループが開発し、第3世代の有機発光ダイオードの材料として開発が進んでいる光学不活性なTADFのうち、1,2,3,5-テトラキス(カルバゾール-9-イル)-4,6-ジシアノベンゼン(4CzIPN)を発光材料として用い、第3世代緑色有機発光ダイオードを作製しました。この有機発光ダイオードに対して外部から磁力を加えることによって、緑色の円偏光を発生させることに成功しました。また、加える磁力の方向を変えることで、円偏光の回転方向の制御が可能であることを明らかにしました。さらには、用いた有機発光ダイオードのエネルギーの変換効率の最大値が15.5%となり、蛍光材料の理論限界である約5%を大幅に超えていることから、三重項状態※4 にある4CzIPNからのアップコンバージョンを経て得られる第3世代の蛍光からも円偏光が発生していることが明らかとなりました。
【研究者のコメント】
今井喜胤(いまいよしたね)
所属 :近畿大学理工学部 応用化学科
職位 :教授
学位 :博士(工学)
コメント:磁場を用いる我々の手法が、第3世代の発光体へと適用範囲が広がりました。このことは、さまざまな機能性を備えた発光デバイスを開発できることを意味しており、高付加価値を備えた円偏光発光ダイオードの開発が期待されます。
【研究支援】
本研究は、科学研究費補助金 挑戦的研究(萌芽)(課題番号 JP21K18940)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「独創的原理に基づく革新的光科学技術の創成」(研究総括:河田聡)研究課題「円偏光発光材料の開発に向けた革新的基盤技術の創成」(研究代表者:赤木和夫)によって実施されました。
【用語解説】
※1 円偏光発光ダイオード:電圧をかけると有機物が発光する現象を有機EL(Electroluminescence)といい、この現象を利用した発光デバイスを有機発光ダイオード(Organic Light-Emitting Diode)という。この際、発光が円偏光であるダイオードを有機円偏光発光ダイオードという。
※2 光学不活性:物質が直線偏光の偏光面を回転させる性質(旋光性)があるとき、この物質は光学活性であるといい、偏光面を回転させる性質がないとき、この物質は光学不活性という。
※3 熱活性型遅延蛍光:最低三重項励起状態(T1)から最低一重項励起状態(S1)へ熱的に励起されることで逆項間交差(アップコンバージョン)が起こり、そのとき、遅れて生成したS1状態から観測される蛍光。TADF材料は、基底状態からS1に励起した分子がすぐに失活する際に放つ蛍光だけでなく、T1からのアップコンバージョンによる遅延蛍光も発光に利用でき、高い発光量子効率を達成することができるため、有機ELを利用したOLEDなどの発光デバイスへの応用が期待されている。
※4 三重項状態:エネルギーの低い軌道に二電子が存在する時、電子が平行で同じ向きの場合は三重項、平行で逆向きも場合は一重項という。一般的に、三重項状態のほうが一重項状態より電子の反発が少なく、より安定な状態。
【関連リンク】
理工学部 応用化学科 教授 今井喜胤(イマイヨシタネ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/362-imai-yoshitane.html