指定難病である自己免疫性膵炎が発症する際の免疫反応の全容を解明 自己免疫性膵炎の新たな治療法開発に期待

2024-09-27 01:00
膵臓が大きく腫大している自己免疫性膵炎患者のCTとPET CT画像

近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)内科学教室(消化器内科部門)特命教授 渡邉智裕と、同助教 原茜、同医学部免疫学教室特命准教授 高村史記(執筆当時、現所属:理化学研究所生命医科学研究センター)を中心とする研究グループは、米国国立衛生研究所との共同研究により、指定難病である自己免疫性膵炎について、発症初期から完全に発症するまでの免疫反応の全容を解明しました。自己免疫性膵炎が発症した際に、どのような免疫細胞が活性化され、どのような物質が作り出されて炎症に至るかを明らかにし、特に「通常型樹状細胞※1」「形質細胞様樹状細胞※2」「CXCR3陽性CD4T細胞※3」という3種類の免疫細胞が作り出すタンパク質が、発症に影響することを同定しました。
本研究成果は、3種類の免疫細胞が作り出すタンパク質が、自己免疫性膵炎の治療の新たな標的となることを示しており、今後、治療法開発に貢献することが期待されます。
本件に関する論文が、令和6年(2024年)9月27日(金)AM1:00(日本時間)に、国際的な臨床研究の学術誌"JCI Insight(ジェーシーアイ インサイト)"にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●自己免疫性膵炎の発症初期から、完全に発症するまでの免疫反応の全容を解明
●「通常型樹状細胞」「形質細胞様樹状細胞」「CXCR3陽性CD4T細胞」という3つの免疫細胞が作り出すタンパク質であるサイトカイン※4とケモカイン※5が、発症に影響することを発見
●本研究成果は、3種類の免疫細胞が作り出すタンパク質が、自己免疫性膵炎の新たな治療標的になることを示唆

【本件の背景】
自己免疫性膵炎は高齢男性によく発症する指定難病で、膵臓が大きく腫れて黄疸・腹痛を伴い、悪化と治癒を繰り返すことが特徴です。この自己免疫性膵炎は、IgG4という特殊な抗体を作る免疫細胞が膵臓に集まることで発症するIgG4関連疾患であることが知られています。
近年、自己免疫性膵炎に関する研究が進んで診断される患者数が増加しており、日本においては現在約20,000人と推定されていますが、発症メカニズムは未だに不明です。一般的に、ステロイドを用いた免疫抑制による治療が主流ですが、ステロイドには多くの副作用があるうえ、再発も多く、新たな治療法の開発が求められています。
研究グループは、これまで自己免疫性膵炎の研究に取り組み、疾患に「形質細胞様樹状細胞」という免疫細胞が関わることや、この細胞が腸内細菌叢※6の乱れを認識して放出するタンパク質により発症することを明らかにしてきました。しかし、膵臓に形質細胞様樹状細胞が集まる理由や、膵臓に集まった形質細胞様樹状細胞が引き起こす免疫反応の詳細は明らかになっていません。

【本件の内容】
本研究では、自己免疫性膵炎の発症初期から完全発症に至るまでの免疫反応の全容解明をめざして、モデルマウスと、自己免疫性膵炎患者の血液を用いて解析を行いました。
まず、作製した自己免疫性膵炎モデルマウスの膵臓における免疫反応を、発症前・発症早期・症状が進行した後期の段階で解析し、膵臓に集まる免疫細胞の種類と、免疫細胞が作るタンパク質であるサイトカインとケモカインを調べました。その結果、発症早期には「通常型樹状細胞」が特定のサイトカインとケモカインを放出し、これによりケモカインの受容体であるCXCR3が陽性のCD4T細胞を膵臓におびき寄せることがわかりました。この「CXCR3陽性CD4T細胞」は、サイトカインを産生して膵臓にダメージを与える一方で、ケモカインを作り出し、さらにこのケモカインに反応してウイルスなどに対する感染防御免疫の誘導に重要なI型インターフェロン※7を産生する「形質細胞様樹状細胞」も膵臓に集まることを明らかにしました。膵臓に集まった「形質細胞様樹状細胞」が、I型インターフェロンなどのタンパク質を大量に放出することで炎症が進行し、最終的に「CXCR3陽性CD4T細胞」と「形質細胞様樹状細胞」がお互いに活性化しあって、炎症が急激に進むことも明らかになりました。さらに、自己免疫性膵炎の患者は、3つの免疫細胞が作り出すサイトカインとケモカインが非常に増加しており、治療により炎症が改善すると著明に減少することも解明しました。
本研究成果により、通常型樹状細胞、形質細胞様樹状細胞、CXCR3陽性CD4T細胞が作り出すサイトカインとケモカインが、自己免疫性膵炎の新たな治療標的となることが示唆されました。

【論文概要】
掲載誌:JCI Insight(インパクトファクター:6.3@2023)
論文名:A Positive Cytokine/Chemokine Loop Establishes Plasmacytoid Dendritic Cell-Driven
    Autoimmune Pancreatitis in IgG4-Related Disease
    (サイトカイン・ケモカインで形成されるポジティブフィードバックループが
     形質細胞様樹状細胞を活性化し、自己免疫性膵炎・IgG4関連疾患を引き起こす)
著者 :原茜1、渡邉智裕1,*、三長孝輔1、吉川智恵1、栗本真之1、瀬海郁衣1、益田康弘1、
    高田隆太郎1、大塚康生1、鎌田研1、高村史記2、工藤正俊1、Warren Strober3
    *責任著者
所属 :1 近畿大学医学部内科学教室(消化器内科部門)、
    2 理化学研究所生命医科学研究センター、
    3 米国国立衛生研究所粘膜免疫研究室

【研究詳細】
研究グループは先行研究において、モデルマウスと臨床検体を用いた研究により、自己免疫性膵炎・IgG4関連疾患の発症に形質細胞様樹状細胞が影響を及ぼすことと、形質細胞様樹状細胞が腸内細菌叢の乱れを感知してI型インターフェロン(以下、I型IFN)を大量に放出し、炎症を起こすことを報告しました。しかし、形質細胞様樹状細胞が膵臓に集まるメカニズムや、この細胞が引き起こす免疫反応の全体像は不明でした。そこで、研究グループは自己免疫性膵炎・IgG4関連疾患において、形質細胞様樹状細胞が膵臓に集まる仕組みを明らかにすることを試みました。
まず、マウスにpoly(I:C)※8を反復投与し、自己免疫性膵炎モデルマウスを作成しました。モデルマウスを用いて検証を行った結果、発症初期には膵臓に炎症の原因とされる形質細胞様樹状細胞はほとんど存在せず、活性化された通常型樹状細胞がサイトカインであるI型IFNとケモカインであるCXCL9・CXCL10※9を産生し、初期の炎症を誘導することが明らかになりました。次に、CXCL9・CXCL10に反応してCXCR3陽性CD4T細胞が膵臓に誘導され、この細胞がさらなる炎症をもたらすことがわかりました。また、CXCR3陽性CD4T細胞はインターフェロン-γ※10を産生し、膵臓にダメージを与える一方で、ケモカインCCL25※11を膵臓で産生します。このCCL25が、最も炎症に大きな影響を与える形質細胞様樹状細胞を最終的に膵臓に引き寄せ、炎症が完成することが明らかになりました。つまり、通常型樹状細胞とCXCR3陽性CD4T細胞が初期の炎症を誘導し、CXCR3陽性CD4T細胞と形質細胞用樹状細胞が炎症を完成させることがわかりました(図)。さらに、完成期には形質細胞様樹状細胞とCXCR3陽性CD4T細胞が相互に活性化しあい、大量のI型IFN・CXCL9・CXCL10・CCL25が放出され、炎症が加速することも突き止めました。また、実際にTLR3・CXCR3・CCL25・I型IFNを阻害すると、炎症はほとんど起こりませんでした。ここから、通常型樹状細胞・形質細胞様樹状細胞・CXCR3陽性CD4T細胞を自己免疫性膵炎・IgG4関連疾患の病的細胞と同定し、病気の初期・完成期におけるこれらの細胞の役割をサイトカイン・ケモカインのレベルで明確にすることができました。
最後に、自己免疫性膵炎・IgG4関連疾患患者の血液を用いた検討を行いました。その結果、活動期の自己免疫性膵炎・IgG4関連疾患では、血液中のI型IFN・CXCL9・CXCL10・CCL25が、健常人・慢性膵炎患者と比較して著明に上昇することがわかりました。また、ステロイドにより病気が改善すると、血液中のI型IFN・CXCL9・CXCL10・CCL25は著明に低下しました。
本研究成果は、自己免疫性膵炎・IgG4関連疾患患者の発症メカニズムの解明や、新規治療法開発への新たな一歩につながることが期待されます。今後は、サイトカイン・ケモカインレベルではI型IFN・CXCL9・CXCL10・CCL25を標的に、また細胞レベルでは形質細胞様樹状細胞やCXCR3陽性T細胞を標的にした新規治療法の開発が望まれます。さらに、こうしたサイトカイン・ケモカインの血液中の濃度や形質細胞様樹状細胞・CXCR3陽性T細胞の数が自己免疫性膵炎・IgG4関連疾患の診断や活動性の評価につながることが期待されます。

図 自己免疫性膵炎・IgG4関連疾患の発症に関わる免疫細胞と、サイトカイン・ケモカイン

【研究代表者コメント】
渡邉智裕(わたなべともひろ)
所属  :近畿大学医学部内科学教室(消化器内科部門)
職位  :特命教授
学位  :博士(医学)
コメント:今回は、自己免疫性膵炎の発症メカニズムを明らかにすることができました。今後も膵炎や膵臓がんの病気のメカニズム解明を通して、患者さんに新しい治療を届けたいと思います。

【用語解説】
※1 通常型樹状細胞:CD11cというマーカーを有する免疫の司令塔細胞。侵入してくる微生物を最初に認識し、T細胞に命令を下す。感染に対する免疫防御を行うが、過剰に活性化されると、免疫疾患を起こす。
※2 形質細胞様樹状細胞:微生物を認識し、I型インターフェロンを産生することに特化した特殊な樹状細胞。免疫防御に貢献する一方で過剰に活性化されると免疫疾患を起こす。
※3 CXCR3陽性CD4T細胞:ケモカイン受容体の一種である、CXCR3が発現した細胞で、樹状細胞の命令に従って、さまざまな免疫反応を起こす免疫の実行細胞。
※4 サイトカイン:主に免疫細胞が産生し、免疫反応を引き起こす液性のタンパク質。微生物感染時には免疫防御に役立つが、定常時に過剰に活性化されると免疫疾患を引き起こす。
※5 ケモカイン:主に免疫細胞が産生し、免疫細胞を臓器におびき寄せる液性のタンパク質。
※6 腸内細菌叢:腸内細菌が構成する複雑な微生物生態系。近年、さまざまな疾患に関連することが明らかになっている。
※7 I型インターフェロン:細胞から分泌されるタンパク質であるサイトカインの一種。微生物感染、特にウイルス感染の場合に多く産生され、微生物感染の際の免疫防御に重要な役割を果たしている。その一方で、非感染時に多く産生されると、免疫疾患を引き起こす。
※8 poly(I:C):人工的に作られた2本鎖RNA。インターフェロン誘導体として作用する免疫刺激剤。
※9 CXCL9・CXCL10:ケモカインの一種。CXCR3を有するT細胞を臓器におびき寄せる。
※10 インターフェロン-γ:T細胞から分泌されるサイトカインの一種。微生物感染の場合に多く産生され、微生物感染の際の免疫防御に重要な役割を果たしている。その一方で、非感染時に多く産生されると、免疫疾患を引き起こす。
※11 CCL25:ケモカインの一種。特定のT細胞を臓器におびき寄せる。

【関連リンク】
医学部 医学科 特命教授 渡邉智裕(ワタナベトモヒロ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1505-watanabe-tomohiro.html
医学部 医学科 特命准教授 三長孝輔(ミナガコウスケ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2000-minaga-kousuke.html
医学部 医学科 特命准教授 鎌田研(カマタケン)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1640-kamata-ken.html
医学部 医学科 教授 工藤正俊(クドウマサトシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/569-kudou-masatoshi.html

医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/

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