湿地の水からその場所に住む生物のDNAを検出 「環境DNA分析」で2種類ドジョウの生息地域の分布が明らかに

中池見湿地の環境DNA分析における2種のドジョウの陽性検出回数(丸の大きさは相対的な検出数を示す)
中池見湿地の環境DNA分析における2種のドジョウの陽性検出回数(丸の大きさは相対的な検出数を示す)

近畿大学農学部(奈良県奈良市)准教授の北川 忠生、龍谷大学先端理工学部(滋賀県大津市)准教授の山中 裕樹の研究チームは、採取した水からその場所に住む生物のDNAを検出することができる環境DNA分析技術を用いて、福井県敦賀市の中池見湿地※1 において、ドジョウと、近年発見されたドジョウの近縁種(TypeI種)の分布パターンを調査しました。その結果、従来のドジョウは湿地内全域に広く生息するのに対し、TypeI種は湿地内でも限られた区域に分布する傾向があることが明らかになりました。この結果は、2種のドジョウに生息条件の違いがあることを示唆するとともに、希少な新種の生息地の保全においても重要な情報となります。
本研究に関する論文が、令和2年(2020年)9月7日(月)に、日本魚類学会の英文誌“Ichthyological Research”に掲載されました。

【本件のポイント】
●環境DNA分析法を開発し、採取した水から2種のドジョウの生息地を調査
●希少なドジョウを採取することなく生息地がわかるため、生物に負担をかけない調査が可能に
●2種のドジョウの雑種は認められないが、明確に棲み分けていないことが明らかに

【研究の背景】
水田などに生息しているドジョウ(学名:Misgurnus anguillicadatus)は、国内ではこれまで1種であると考えられていました。しかし近年のDNA研究から、形態的には酷似するもののDNAの塩基配列が大きく異なるドジョウの近縁種(TypeI種、学名未決定)が、中部日本以東に不連続的に生息していることが明らかとなっています。
平成25年(2013年)から行った近畿大学の研究チームの先行研究により、福井県の中池見湿地には、2種のドジョウが雑種を産することなく、ともに生息していることが確認されました。また、同チームが実際に採集調査を行ったところ、調査した3地点間でドジョウ2種の出現頻度に違いがあることが明らかになりました。湿地内でのドジョウ2種の生息場所に違いがあることが示唆される結果であり、さらなる調査が期待されましたが、広い湿地の中で多くの地点のドジョウを採取する調査は困難であるとともに、継続的な採集調査は魚体や生息地への負荷もかかることが課題となっていました。

【本件の内容】
近畿大学の研究チームは魚体や生息地への負荷がかからない調査を実施するため、水中に存在する微量なDNAから生物の生息の有無を調べることができる「環境DNA分析」を専門とする龍谷大学の研究チームと共同研究を行い、2種のドジョウそれぞれについて識別できる環境DNA分析法を確立しました。同湿地における2種のドジョウの分布や季節移動を調べるために、繁殖期(6月前後)を含む4~10月の毎月、水路、水田、池など環境の異なる12地点からの採水と分析を行いました。
その結果、ドジョウは湿地内全域に広く生息するのに対し、ドジョウの近縁種(TypeI種)は湿地内でも限られた区域に分布する傾向があることが明らかになりました。しかし、多くの地点で2種は同時に検出されたため、明確な棲み分けをしていることは確認できませんでした。2種の間の雑種は今までみつかっていないことから、両種は同じ場所にいても交配しないか、または、交配しても雑種が発生しない仕組みを確立している可能性があります。

中池見湿地のドジョウ(森宗智彦氏 撮影)
中池見湿地のドジョウ(森宗智彦氏 撮影)
学名未決定のドジョウの近縁種(森宗智彦氏 撮影)
学名未決定のドジョウの近縁種(森宗智彦氏 撮影)

【論文掲載】
雑誌名 :日本魚類学会英文誌“Ichthyological Research”
     (インパクトファクター:0.657 2019年)
論文名 :
Environmental DNA analysis provides an overview of distribution patterns of two dojo loach species within the Naka-ikemi Wetland, Fukui Prefecture, Japan
(環境DNA分析による福井県中池見湿地内のドジョウ2種の分布様式の全体像の把握)
著者名 :岡田 龍也(1)、辻 冴月(2)、芝田 直樹(2)、
     森田 圭吾(1)、北川 忠生(1)、山中 裕樹(3)
     ※ 共筆頭著者=岡田 龍也、辻 冴月
著者所属:(1)近畿大学大学院農学研究科環境管理学専攻
     (岡田の現所属:株式会社a環境研究所、近畿大学農学部)
     (2)龍谷大学大学院理工学研究科環境ソリューション工学専攻
     (辻の現所属:山口大学工学部環境DNA研究センター)
     (3)龍谷大学先端理工学部
掲載論文:https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs10228-020-00776-0

【研究の詳細】
中池見湿地に生息しているドジョウとドジョウの近縁種(TypeI種)の間の交雑個体は、今のところ発見されていません。同じ湿地内で近縁な2種が共存できている仕組みを調べるためには、2種の湿地内全体の分布を明らかにする必要があります。
「環境DNA分析」とは、水中に生息する生物からはがれ落ちた皮膚や粘膜、排泄物に由来する微量なDNAを検出する手法です。フィルターろ過により試料水中の環境DNAを回収して分析を行うため、実際に生物を捕まえる調査に比べて労力も少なく、調査場所を保全しながら調査することができます。今回の研究のように、足場が悪く実際に足を踏み入れて採集調査をすることが困難な場所が多い湿地ではとても有効な手段です。
今回の環境DNA分析では、2種のドジョウのミトコンドリアDNAの塩基配列の違いを利用し、リアルタイムPCR※2 装置を用いて各種の配列を種の違いにより検出できるシステムを確立しました。湿地内の12地点から採集した水に対し、1地点あたり5回の分析を行い、各種のPCR陽性反応が何回得ることができるかを確認しました。DNAの量が多い(生息数が多い)ほど、安定的に陽性反応が得られることになります。
平成29年(2017年)の4月から10月にかけて毎月採水調査を実施しました。先行研究として平成28年(2016年)に行ったドジョウの3地点での直接採集の調査結果と、今回環境DNAで検出したドジョウ2種それぞれの出現の割合はほぼ一致しており、環境DNA分析が高い精度で2種の生息状況を反映していることが明らかになりました。また、ドジョウは湿地内全域に広く生息するのに対し、TypeI種は湿地内でも限られた区域に分布する傾向があることが明らかになりました。この結果は、2種のドジョウの間に生息条件の違いがあることを示唆するとともに、希少なTypeI種の生息地保全においても重要な情報となります。調査した12地点には、水路、水田、池、湧水の溜まりなど多様な環境が含まれていましたが、生息環境と2種のそれぞれの出現には関係性は認められませんでした。多くの地点で2種は同時に検出されたため、ある程度、同じ場所にいるにもかかわらず雑種個体が出現しないのは、2種間でなんらかの交配しない仕組みを確立しているか、交配しても雑種個体が発生しないことが考えられます。

環境DNA分析
環境DNA分析

【用語解説】
※1 中池見湿地:福井県敦賀市郊外にある湿地で、ラムサール条約指定もされており、湿地内が野生生物の保護地域に指定されている。
※2 リアルタイムPCR:PCRとは、DNAの一部の目的の領域を増幅することができる反応のこと。蛍光反応をPCRに組み込み、反応と同時に増幅を確認することができる技術。

【関連リンク】
農学部 環境管理学科 准教授 北川 忠生 (キタガワ タダオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/890-kitagawa-tadao.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/


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