新型コロナウイルスのヒト細胞侵入を阻害する成分を発見 「あおもり藍葉エキス」の新型コロナウイルス感染予防効果に期待

2022-02-10 23:00
あおもり藍の葉(左・中央)、抽出された「あおもり藍葉エキス」(右)

近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)病理学教室主任教授 伊藤 彰彦、東北医科薬科大学薬学部(宮城県仙台市)生薬学教室教授 佐々木 健郎、富山大学(富山県富山市)学術研究部 医学系(計算創薬・数理医学講座)教授・神戸大学大学院(兵庫県神戸市)医学研究科客員教授 髙岡 裕らの研究チームは、青森県にて栽培されたタデ藍の葉から抽出した「あおもり藍葉エキス※1 」が、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質 ※2のヒト細胞受容体※3 への結合を阻害することを発見しました。これは、新型コロナウイルスのヒト細胞への侵入を防ぐことに繋がり、新型コロナウイルス感染予防に役立つことが期待されます。
本件に関する論文が、令和4年(2022年)2月10日(木)23:00(日本時間)に、実験医学・実験薬学分野の国際的な学術誌"Experimental and Therapeutic Medicine"に掲載されました。

【本件のポイント】
●あおもり藍葉エキスが、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質のヒト細胞受容体への結合を阻害することを発見
●あおもり藍葉エキスは1万倍以上に希釈しても阻害効果を発揮し、人体に安全な濃度で使用可能
●本研究の成果を、新型コロナウイルスへの感染を予防する点鼻薬などに役立てることに期待

【本件の内容】
新型コロナウイルスがヒトの細胞に侵入する際、ウイルス表面のスパイクタンパク質がヒト細胞表面にある受容体に結合することが最初のステップとなります。そこで、近畿大学医学部を中心とする研究チームは、スパイクタンパク質と受容体の結合を阻害する成分の発見をめざして研究を行いました。
まず、体内でのウイルスの結合を再現する細胞の実験系を樹立し、スパイクタンパク質を蛍光標識※4 することで、細胞に結合したスパイクタンパク質の量を測定できる手法を確立しました。次に様々な天然物や化合物を、スパイクタンパク質と同時に細胞実験系に添加したところ、青森県にて農薬不使用で栽培されたタデ藍の葉から抽出した「あおもり藍葉エキス」を使用した際に、受容体に結合するスパイスタンパク質の量が減少することが分かりました。この結果から、あおもり藍葉エキスが、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質が受容体へ結合するのを阻害する、ということが明らかになりました。
また、このエキスを17,300倍に希釈しても阻害効果が確認できたため、人体に十分安全な濃度で使用可能であり、本研究の成果を新型コロナウイルスへの感染を予防する点鼻薬などに役立てることが可能と考えられます。

【論文掲載】
掲載誌:
Experimental and Therapeutic Medicine
(インパクトファクター:2.447@2021)
論文名:
Indigo Plant Leaf Extract Inhibits the Binding of SARS-CoV-2 Spike Protein to Angiotensin-Converting Enzyme 2
(藍の葉抽出物はSARS-CoV-2スパイクタンパク質のACE2への結合を阻害する)
著者:
萩山 満1*、武内 風香1*、菅野 亜紀2、米重 あづさ1、井上 敬夫1、和田 昭裕1、梶山 博1、高岡 裕3、佐々木 健郎4、伊藤 彰彦1
*筆頭著者
所属:
1 近畿大学医学部病理学教室
2 富山大学附属病院 臨床研究管理センター
3 富山大学学術研究部 医学系(計算創薬・数理医学講座)、及び神戸大学大学院医学研究科地域社会医学・健康科学講座 医療システム学分野 医療法・倫理学部門
4 東北医科薬科大学薬学部生薬学教室

【研究詳細】
近畿大学医学部を中心とする研究チームは、新型コロナウイルスSARS-CoV-2のスパイクタンパク質が、ヒト細胞の受容体ACE2(アンジオテンシン変換酵素2)に結合するのを阻害する天然物の発見をめざして研究を行いました。
まず、スパイクタンパク質と受容体の結合を再現する細胞培養系を樹立するため、ACE2を定常的に細胞表面に発現するイヌ腎上皮細胞と、蛍光標識した組換えスパイクタンパク質を用意しました。上皮細胞を通常培養した後、スパイクタンパク質を細胞培養液に添加し、細胞に結合したスパイクタンパク質の量を蛍光の強度で測定しました。
次に、スパイクタンパク質と同時に種々の天然物エキスや天然化合物を培養液に添加し、蛍光強度が減弱するかを検証しました。その結果、あおもり藍産業株式会社(青森県青森市)が栽培管理し、青森県にて農薬不使用で栽培されたタデ藍の葉から抽出した「あおもり藍葉エキス」を添加した際に、スパイクタンパク質の量を示す蛍光が減少し、スパイクタンパク質がACE2へ結合するのを阻害する、ということが明らかになりました。また、添加するあおもり藍葉エキスを17,300倍に希釈しても、結合阻害効果が確認できました。

ACE2が発現していない通常の細胞に、蛍光で標識したスパイクタンパク質を添加した場合(左)、ACE2を定常的に発現させた細胞に蛍光で標識したスパイクタンパク質を添加した場合(中央)、中央の状態に、さらにあおもり藍葉エキスを添加した場合(右)

あおもり藍葉エキスは、トリプタンスリン※5 という物質を高濃度に含有しています。トリプタンスリンは、SARS-CoV-2と異なる種類のコロナウイルスの増殖を阻害することが知られているため、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質とACE2の結合阻害効果はトリプタンスリンが要因である可能性が考えられました。そこで、あおもり藍葉エキスの代わりに、同濃度のトリプタンスリンを培養系に添加したところ、スパイクタンパク質とACE2との結合は阻害されましたが、その阻害効果はあおもり藍葉エキスの半分程度にとどまりました。
さらに、トリプタンスリンによる結合阻害について、コンピュータシミュレーションによって検証したところ、トリプタンスリンが優先的に結合するスパイクタンパク質のアミノ酸残基は、スパイクタンパク質がACE2と結合するアミノ酸残基と同一であることが分かりました。つまり、トリプタンスリンはスパイクタンパク質がACE2に結合する際に、競合的に働くと考えられます。
以上のことから、あおもり藍葉エキスは、含有するトリプタンスリンがスパイクタンパク質とACE2との間に介在することで、スパイクタンパク質のACE2への結合を阻害していると考えられます。また、このエキスはトリプタンスリン以外にも結合阻害成分を含有している可能性も示唆されました。
あおもり藍葉エキスはd-リモネン※6 を抽出する際の溶媒として用いており、既存のアルコール抽出エキス等とは異なる成分を数多く含んでいます。それら成分のいずれかが結合阻害に寄与していると考えられ、今後はその成分の同定に取り組む予定です。また、あおもり藍葉エキスは十分に希釈した、ヒトに安全な濃度で阻害効果を発揮できるため、新型コロナウイルスへの感染を予防する点鼻薬等への実用化をめざし、研究を継続します。

【"オール近大"新型コロナウイルス感染症対策支援プロジェクト】
近畿大学は、令和2年(2020年)5月から「"オール近大"新型コロナウイルス感染症対策支援プロジェクト」を始動させました。これは、世界で猛威をふるう新型コロナウイルス感染症について、医学から芸術までの研究分野を網羅する総合大学と附属学校等の力を結集し、全教職員から関連研究や支援活動の企画提案を募って実施する全学横断プロジェクトです。これまでに126件の企画提案が採択され、約2億3千万円の研究費をかけて実施しています。

【用語解説】
※1 あおもり藍葉エキス:青森県にて農薬不使用で栽培されたタデ藍の葉から抽出したエキス。抗菌性や消臭性に優れ、消臭スプレーなどの商品に活用されている。さらに近年、農作物の病害予防や成長促進効果、抗インフルエンザウイルス効果なども見いだされ、様々な研究が進んでいる。
※2 スパイクタンパク質:ウイルスの最も外側の構造で、ウイルスがヒト細胞に侵入する際に必要なタンパク質。新型コロナウイルスワクチンの一部は、コロナウイルスのスパイクタンパク質のmRNAを膜で包んでおり、接種することでスパイクタンパク質に対する抗体産生が誘導される。
※3 受容体:外からの刺激を内部に伝える器官で、細胞膜上に存在するものは、細胞外からやってくる様々な物質を選択的に需要し、細胞内に情報を伝達する。
※4 蛍光標識:目的の分子に、蛍光性のある物質を結合させ、目印とすること。
※5 トリプタンスリン:藍に含まれる成分のうち、アルカロイドの一種。抗アレルギーや抗炎症作用が期待されている。また、風邪の原因となるコロナウイルス(HCoV-NL63)のヒト細胞侵入を阻害する効果が発見されている。
※6 d-リモネン:オレンジの皮から精製した成分で、柑橘系の芳香がある。香料や天然物由来の溶媒として広く用いられている。

【関連リンク】
医学部 医学科 教授 伊藤 彰彦(イトウ アキヒコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/825-itou-akihiko.html

医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/

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