不妊治療時の排卵誘発剤投与が受精卵に悪影響を与えないことを確認 長年議論されてきた排卵誘発剤投与の可否に一石を投じる研究成果

ライブセルイメージング技術により検出した受精卵での染色体分配異常の例
ライブセルイメージング技術により検出した受精卵での染色体分配異常の例

近畿大学生物理工学部(和歌山県紀の川市)遺伝子工学科教授 山縣一夫と、扶桑薬品工業株式会社(大阪府大阪市)、医療法人浅田レディースクリニック(愛知県名古屋市)らの研究グループは、不妊治療時に女性患者に対して行うホルモンなどの排卵誘発剤※1 投与が、受精卵そのものの染色体分配※2 や発生の速さに大きな影響を与えないことを、マウスを用いたライブセルイメージング技術※3 により明らかにしました。本研究により、排卵誘発剤を用いることで、より多くの品質が高い卵子を得られることが分かり、長年議論されてきた排卵誘発剤投与の可否について一石を投じる成果となりました。
本件に関する論文が、令和6年(2024年)3月18日(月)に、ライフサイエンスに関する国際的な学術雑誌"Journal of Reproduction and Development(ジャーナル オブ リプロダクション アンド デベロップメント)"に掲載されました。

【本件のポイント】
●不妊治療時の排卵誘発剤は、卵子の質に影響を与えないことをマウスにより確認
●ライブセルイメージング技術により、染色体分配や発生の速度に異常がないことを検証
●長年議論されてきた、排卵誘発剤投与の可否に一石を投じる研究成果

【本件の背景】
日本では、令和3年(2021年)時点で4.4組に1組が不妊に悩んでおり、体外受精などの生殖補助医療を受け、11人に1人の割合で誕生しています(日本産科婦人科学会調査)。しかし、生殖補助医療の利用開始から45年が経過し、全世界で約1,000万人がこの技術により誕生しているにも関わらず、出生率はあまり高くなく、日本では10~20%ほどに留まっています。この原因として、母体の高齢化や環境ストレスによる卵子の質の低下が挙げられており、出生率向上のために高品質な卵子を得ることが課題となっています。
生殖補助医療を行う際に卵巣から卵子を得る方法は、ホルモンなどの排卵誘発剤を投与し、卵巣中の複数の卵胞※4 に刺激を与えて成長を促し、さらに誘発剤の投与を行うことで成熟させる「刺激周期法」と、誘発剤投与を行わない、もしくは最小限に抑え、月に一回の自然なサイクルで卵子を得る「自然周期法」の大きく2種類があります。刺激周期法は、複数回の注射等が必要となる一方、一度の採卵で得られる卵子の数が多くなり、採卵の回数自体を減らすことができます。自然周期法については、患者への負担が少ない代わりに、得られる卵子が少なく、体外受精のたびに採卵をする必要があります。どちらの方法がよりよいのか長年議論が行われており、患者への負担が少ない刺激周期法が望まれているものの、排卵誘発剤投与が卵子の質にどのような影響を与えるのか定量的に検証した研究はありませんでした。

【本件の内容】
卵子の質についてヒトで検証を行う場合、採卵や誘発剤投与の方法が患者ごとに異なり、年齢や治療法など投与法以外の因子も多く存在するため、定量的・統計的なデータを取ることが困難です。そこで、研究グループは、モデルマウスを用いることで安定的なデータを取得し、排卵誘発剤投与の有無が卵子に与える影響を検討しました。まず、同時期に生まれたマウスを2群に分け、一方には通常の誘発剤投与による過剰排卵を促し(刺激区)、もう一方には一切投与せず自然排卵で卵子を得ました(非刺激区)。その後、それぞれの区に対して同じ雄の精子を用いて体外受精を行い、正常な受精卵を確認した結果、マウス1匹あたり刺激区で13.5個、非刺激区で9.4個の受精卵が得られ、刺激区でおよそ1.4倍多くなりました。
さらに、ライブセルイメージング技術により、染色体分配時に異常が生じる頻度(図2)や発生速度(図3)の計測を行ったところ、刺激区と非刺激区で有意な差はありませんでした。
以上の結果から、排卵誘発剤投与により正常な受精卵がより多く得られ、受精卵の染色体分配や発生速度に悪影響がないことから、不妊治療の際には、誘発剤投与により採卵する方が妊娠の機会を増やすために有効であることが示唆されました。

図1 実験の流れ
図1 実験の流れ
図2 刺激区と非刺激区における染色体分配異常の頻度。両群に有意差はなかった。(左)、図3 刺激区と非刺激区における受精卵の発生速度。両群に大きな違いはなかった。
図2 刺激区と非刺激区における染色体分配異常の頻度。両群に有意差はなかった。(左)、図3 刺激区と非刺激区における受精卵の発生速度。両群に大きな違いはなかった。

【論文掲載】
雑誌名:
Journal of Reproduction and Development
(インパクトファクター:2.215 @2022)
論文名:
Effect of ovarian stimulation on developmental speed of preimplantation embryo in a mouse model
(マウスモデルにおける着床前胚の発生速度に及ぼす卵巣刺激の影響)
著者 :
胡桃坂真由子1,2、八尾竜馬3,5、野老美紀子4,5、福永憲隆4、浅田義正4、山縣一夫5* *責任著者
所属 :
1 大阪大学微生物病研究所、2 横浜市立大学附属市民総合医療センター、3 扶桑薬品工業株式会社、4 医療法人浅田レディースクリニック、5 近畿大学生物理工学部

【研究代表者のコメント】
山縣一夫(やまがたかずお)
所属  :近畿大学生物理工学部遺伝子工学科
     近畿大学大学院生物理工学研究科
職位  :教授
学位  :博士(農学)
コメント:生殖補助医療現場では、患者ごとに性質が異なり、かつさまざまな治療法が行われています。そのため、定量的な結果を導くことが困難です。マウスを用いた研究は、定量的・統計的結論を導くことができることから、大きな意味があると考えています。

【役割分担と研究支援】
本研究は、責任著者である近畿大学生物理工学部教授 山縣一夫を中心に実施しました。筆頭著者の横浜市立大学附属市民総合医療センター胚培養士 胡桃坂真由子は、山縣の前所属先(大阪大学)時代の研究員であり、本研究の実験や解析を担当しました。また、実験の立案、計画、論文執筆には、医療法人浅田レディースクリニック研究員 野老美紀子、副院長 福永憲隆、院長 浅田義正が参画し、実験や解析の補佐および統計処理については、扶桑薬品工業株式会社研究員 八尾竜馬が担当しました。
なお、本研究は、文部科学省および日本学術振興会科学研究費補助金や、医療法人浅田レディースクリニック、扶桑薬品工業株式会社からの研究費によって行われました。

【用語解説】
※1 排卵誘発剤:複数の卵胞を発育させて卵子を得る目的で、卵巣を刺激する薬剤。ヒトの排卵誘発剤には、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)やゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)、ヒト下垂体性性腺刺激ホルモン(hMG)、卵胞刺激ホルモン(FSH)など、それぞれの製剤の注射薬のほかに経口薬もあり、それらを組み合わせて使用することで卵巣刺激を行う。患者の状態やクリニックの考え方によって方法は変わるが、複数日、複数回におよぶ注射や経口投与が必要となる場合がある。マウスでは、妊馬血清性性腺刺激ホルモン(PMSG)、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)を一度ずつ投与し、排卵された卵子を回収する。
※2 染色体分配:細胞分裂の際、すべてのDNA情報が複製されて倍になり、染色体という構造になる。それらが均等に娘細胞に分配されることで、正確に細胞が増殖する。受精卵においても正確に染色体分配が行われるが、高齢の胚では分配異常の頻度が上がるという報告が多数ある。
※3 ライブセルイメージング技術:GFPと呼ばれる蛍光タンパク質などを用いて、細胞内におけるタンパク質や構造について、動き・変化を特殊な顕微鏡により生きたまま連続的に観察する手法。
※4 卵胞:卵子は卵巣内において、卵胞と呼ばれる構造の中にある。一個の卵胞に一個の卵子が入っており、卵子の周りを顆粒膜細胞(卵胞細胞ともいう)が取り囲み、卵子に栄養を与えて成長を促している。ヒトでは出生時に卵巣の中に数百万個あった卵胞は成人期に数万個にまで減り、閉経を迎えると極端に少なくなる。自然排卵では、一度に一個の卵子が卵胞から排卵される。マウスでは一度の自然排卵では10個ほどの卵子が排卵され、排卵誘発剤投与により、20~30個ほどの卵子が排卵される。

【関連リンク】
生物理工学部 遺伝子工学科 教授 山縣一夫(ヤマガタカズオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1365-yamagata-kazuo.html

生物理工学部
https://www.kindai.ac.jp/bost/


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