日本語と英語の文法は同時に身についていく

バイリンガル児の文法習得を研究する立教大学 森聡美教授

 バイリンガルにふれる機会が少ない日本では、幼い子どもが日本語と英語を同時に身につけていくことに対し、さまざまな疑問をもつ人が少なくありません。
 今回、ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所(※以下、IBS)ではバイリンガル児の文法習得について研究する立教大学  異文化コミュニケーション学部 異文化コミュニケーション学科の森 聡美 教授に、バイリンガルの文法発達の特徴について伺った記事を公開しました。         

必要な分量のインプットがあれば、自然と二言語の文法が身につく

立教大学 森聡美教授

 立教大学の森聡美教授はバイリンガルの文法習得の研究から、日本語と英語では、文法的な違いがたくさんあるものの、子どもは同時に二つの言語の文法を身につけられると言います。これは、そもそも、子どもの言語は、ことばの知識に関するレクチャーを受けて、その解説を理解して暗記してテストを受けて発達するわけではなく、「親や周囲の人たちとの対話の中で」自然に習得しているから、と森教授。「音声や音韻とコンテクスト(文脈)を合わせることで語彙を習得して、その語彙を組み合わせて文の構造(ないしは文法)が習得される。それはみんなできること」なのです。
 赤ちゃんが二言語を聞いて育つと頭の中はどうなるのかという点も、多様な研究によって、「二つの言語はけっこう別々に処理されている」ことがわかっており、「二言語習得を研究している言語学や心理学の研究者なら誰も反論しないのでは」と言います。二つの言語環境で育つ多くの子どもは、それぞれの言語で必要な分量のインプットと対話する環境が与えられると、おのずと両方の言語の文法構造が身についていくというわけです。

「混ぜる」は「混乱」ではない

 小さいころから二つの言語にふれて育つと、子どもが混乱するのではないか、いう意見を持つ人もいますが、森教授はその「混乱」が、言語使用上、一方の語彙や文法がもう一方の言語に出てくることを指しているのであれば、それは混乱ではなく、ごく自然な言語使用だと指摘します。
 
 バイリンガルの子どもは、原則としては日本語で話すときには日本語の文法を使い、英語で話すときには英語の文法を使うということは研究からわかっています。二つの言語を混ぜて話すことは子どもも大人も同じで、「子どもは、混ぜないことを要求されればできますし、混ぜることが自然な環境であれば、そうなる」という研究結果もあると森教授(Mishina-Mori, 2011)。
 
 基本的には子どもの言語能力が不足しているから二言語を混ぜるわけではなく、相手に合わせて対応しているという研究もあり、「子どもが二言語を混ぜているときには、ただちに『いけないこと』とせずに、なぜそうしているのか、というそのときの環境を分析してみるといいと思います」。

言語発達の遅れは、バイリンガル環境のせいではない

 また、乳幼児期から二つの言語にふれると、ことばの発達が遅れるのではないか、という懸念を耳にすることもありますが、「ことばの発達の遅れ」がいわゆる言語発達遅滞を指すのであれば、それはそもそもその子どもがもっているものであって、バイリンガリズム(二言語使用)とは関係ない問題で、「ことばの発達が遅れたときには、聴覚の問題や自閉症など、二言語環境以外に原因があります」と森教授。
 
 また、言語発達は、モノリンガルでも個人差が非常に大きいことも指摘。「かなり複雑な文を2歳くらいになった時点で話す子もいれば、3歳まで無言を突き通す子もいる。でも、それがその子のその後の能力に影響を与えることはあまりないのではないかと言われています」と森教授は言います。

二言語がそれぞれ影響し合うことは当然

 二言語間の影響は、どちらの言語が優勢か、という二言語間の能力バランスによって違いますが、幼少期から同時に二言語を習得したバイリンガルの場合、二言語間の影響はおそらく大きなものではないと森教授。  「もしかしたら、言語発達の初期段階から二言語を習得した子どもの場合と、一つの言語構造がある程度確立された段階でもう一つの言語を習得した子どもの場合とでは、二言語間の影響の質が違うのかもしれませんが、いずれにしても、何かほかの言語の影響があるからおかしい、という考え方は、一種の差別と言えるのでは、と思います」。
 
 二言語間の影響は、恐れることではなく、子どもでも大人でも、同時バイリンガルでも、あとになって二言語目を学んだ人でも、もう一方の言語の影響は出ますし、さらには母語から外国語(第二言語)への影響だけでなく、外国語(第二言語)から母語への影響も出るのです。つまり、「二言語話者には、二言語話者固有の言語使用があるということ」。バイリンガルの言語使用の在り方を批判することに、あまりメリットはなく、「バイリンガルとモノリンガルは、違っていていいんです」と森教授。
 
 「日本では、バイリンガルだけでなく、マルチリンガルの子どもたちも、今後、おそらく急速に増えるだろうと思っています。例えば、家庭では中国語で話して、日本語も学んで、さらに学校では英語も学ぶ、というお子さんがいることが当たり前になるのでは、ということです。そのような多言語話者である子どもたちを偏見なく受け入れてもらいたいですね。『ネイティブのように』とか『完璧な』とか、日本語や英語がきれいとか汚いとか、そういう表現は使わないような意識が広がればなと思います」。
 
 モノリンガルが圧倒的に多い社会では、バイリンガルの子どもがモノリンガルと同じだと安心し、違うと不安に感じるかもしれません。でも、「その人が必要な言語を、その人の言語環境に合わせて伸ばしていくのがバイリンガル、マルチリンガルにとって大切なこと」(森教授)。
 
「バイリンガルとモノリンガルは、違っていていいんです」という森教授のことばは、すべての人々が心に留め、これから多言語社会で生きていく子どもたちに受け継いでいくべき考え方なのではないでしょうか。
 
詳しい内容はIBS研究所で公開中の下記記事をご覧ください。

■ワールド・ファミリーバイリンガル  サイエンス研究所(World Family's Institute Of Bilingual  Science)
事業内容:教育に関する研究機関
所   長:大井静雄(脳神経外科医・発達脳科学研究者)
所 在 地:〒160-0023 東京都新宿区西新宿4-15-7 パシフィックマークス新宿パークサイド1階
設   立:2016年10 月              
URL:https://bilingualscience.com/  

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