食用キノコである「トキイロヒラタケ」が色づくメカニズムを解明 色素化学分野においても新たな研究成果

2024-10-02 14:00
トキイロヒラタケ

近畿大学農学部(奈良県奈良市)応用生命化学科准教授 伊原誠、准教授 福田泰久の研究グループは、埼玉医科大学医学部(埼玉県入間郡)、産業技術総合研究所関西センター(大阪府池田市)との共同研究により、食用キノコである「トキイロヒラタケ」の色を決定づける色素タンパク質の高分解能X線結晶構造解析に成功し、解析困難で長年不明だった発色メカニズムを明らかにしました。本研究成果は、トキイロヒラタケの発色メカニズムを明らかにしただけでなく、タンパク質との結合により化合物の結合の長さに変化が生じて色が変化するという、色素化学の分野でも新たな知見を示しました。
本件に関する論文が、令和6年(2024年)7月24日(水)に、アメリカ化学会が発行する"Journal of agricultural and food chemistry(ジャーナル オブ アグリカルチュラル アンド フード ケミストリー)"に掲載されました。

【本件のポイント】
●「トキイロヒラタケ」の特徴的な発色を決定づける色素タンパク質の構造解析に成功し、従来の説と異なる発色の物質を発見
●発見した物質は、トキイロヒラタケの色素タンパク質内ではゆがんだ構造をとることから、赤色に見えることを解明
●本研究成果は、トキイロヒラタケの発色メカニズムを明らかにしただけでなく、物質が発色する仕組みについても新たな知見を示すものである

【本件の背景】
トキイロヒラタケは、その名のとおり朱鷺(とき)色(少し黄色がかった淡く優しい桃色)の食用キノコです。このキノコは、薄すぎず濃すぎず、ちょうど朱鷺色であることに商品価値があり、色味の維持が非常に重要となっています。トキイロヒラタケの色合いは、色素タンパク質がつくりだしていると考えられており、どのようなメカニズムでタンパク質が色付くのかについては議論が続いていました。
平成6年(1994年)に、先行研究においてトキイロヒラタケの色合いに関与していると考えられるタンパク質が報告されましたが、キノコは細胞内に複数の核が存在するため遺伝子配列の解析が非常に難しく、令和元年(2019年)に色素タンパク質の遺伝子が単離されるまで色がつくメカニズムは正確にわからない状態が続いていました。令和元年(2019年)以降、解析された遺伝子やアミノ酸の配列を元に情報学的アプローチが取れるようになったため、ようやく令和5年(2023年)にトキイロヒラタケの色素タンパク質の立体構造などが明らかになり、発色メカニズムに関する議論も決着を迎えると考えられました。しかしながら、トキイロヒラタケの色素タンパク質は非常にユニークなアミノ酸配列をもつため、情報学的解析の精度はあまり正確ではありませんでした。

【本件の内容】
研究グループは、トキイロヒラタケの色素タンパク質を精製して結晶化させ、X線結晶構造解析※1を行いました。非常に高い分解能で色素タンパク質の構造を明らかにしたところ、タンパク質内部に、発色に必要となる「発色団※2」と考えられる化合物が結合していることが電子密度の状態から確認されました。また、この電子密度は、これまでに発色団と考えられてきた「3-H-indol-3-one」とは全く異なる形状であることもわかりました。そこで、電子密度の形状と色素タンパク質との相互作用パターン、そして精密な質量分析から得た分子式の情報を統合し、トキイロヒラタケの色素タンパク質の発色団が「2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid A」であることを明らかにしました。
この物質は、別のキノコから精製された報告がある既知の脂肪酸で、アルコールなどに溶かすと黄色を呈することが知られていますが、トキイロヒラタケは赤色を呈します。この矛盾を解明するために、分光光度計による解析、スーパーコンピューターを用いた高度な量子化学計算などを行ったところ、「2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid A」は、トキイロヒラタケの色素タンパク質内ではゆがんだ構造をとっているため、化学結合の長さが変化し、赤色に見えていることが明らかになりました。
本研究成果は、トキイロヒラタケの発色メカニズムを明らかにしただけでなく、タンパク質との結合により化合物の結合の長さに変化が生じ、その結果、色が変化するという前例がない知見を示しており、色素化学分野の新たな基盤となると考えられます。

【論文掲載】
掲載誌:Journal of agricultural and food chemistry(インパクトファクター:5.7@2023)
論文名:Crystal structure of the native chromoprotein from Pleurotus salmoneostramineus
    provides insights into the pigmentation mechanism.
    (トキイロヒラタケ由来の天然色素タンパク質の結晶構造から
     色素形成のメカニズムが明らかになった)
著者 :伊原誠1,*、土田敦子2、住田真理奈1、氷見山幹基3、北山隆1、白坂憲章1、福田泰久1,*
    *責任著者
所属 :1 近畿大学農学部、2 埼玉医科大学医学部、3 産業技術総合研究所
URL  :https://doi.org/10.1021/acs.jafc.4c02951
DOI  :10.1021/acs.jafc.4c02951

【研究の詳細】
研究グループは、構造生物学的アプローチによるトキイロヒラタケの色素タンパク質(Pink-colored protein、以下PsPCP)の発色メカニズムの解明をめざしました。
はじめに、トキイロヒラタケより精製した天然のPsPCPの結晶を作成し、X線結晶構造解析により立体構造を明らかにしました。そして精密な構造解析の結果、PsPCPの発色団が2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid Aであり、これまでに発色団と考えられてきた「3-H-indol-3-one」とは異なることを明らかにしました(図1)。

図1 これまで発色団と考えられてきた3-H-indol-3-one(左)と、今回新たに発色団であることが明らかになった2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid A(右)

結晶構造中、2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid Aは、あたかもタンパク質内部の空間に収納されているように見えましたが、細部を観察すると、末端のカルボキシ基※3とアセチル基※4が極性相互作用によりタンパク質中のアミノ酸と相互作用していること、またタンパク質内部の空洞には複数のアミノ酸が飛び出しており、ところどころで2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid Aを押し付けるように相互作用をしていることが明らかになりました(図2・3)。

図2 2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid A(緑色部分)が色素タンパク質内の空間に結合すると、色素タンパク質によってその両末端が、極性相互作用によって固定される
図3 色素タンパク質内の空間に向かってせり出したアミノ酸によって、2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid Aはさまざまな向きから押しつけられ、タンパク質内部の空間での動きに制限を受ける

トキイロヒラタケから精製したPsPCPが赤色を呈するのに対し、PsPCPから分離された2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid Aは黄色を呈することから、タンパク質と複合体を形成することで2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid Aに色の変化が起こると考えられましたが、なぜ色の変化がおこるのかは不明でした。色素分子の色の変化は、一般的に溶媒効果※5で説明できるとされているため、2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid Aの光吸収スペクトルをさまざまな溶媒の条件で分析しました。しかし、一般的に知られている溶媒効果は認められなかったことから、PsPCPによる2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid Aの色の変化のメカニズムはこれまでに知られていないものであると考え、量子化学計算を行いました。X線結晶構造解析で明らかになった2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid Aの立体構造座標を用いて、時間依存密度汎関数法※6による光吸収スペクトルを計算したところ、トキイロヒラタケより精製したPsPCPに近い吸収スペクトル(赤色)であることが明らかになりました。さらに、メタノールに溶解させた際の最安定構造を求め、その吸収スペクトル計算を行ったところ、メタノールに溶解させた2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid Aと近い吸収スペクトル(黄色)を示すことがわかり、PsPCP内部に結合しているときの構造がPsPCPの赤色の発色に重要であることが示されました(図4)。

図4 溶液状態では緩やかなアーチ状の立体構造を示す2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid Aが、タンパク質内部ではゆがんだ構造を取ることを強いられ、赤色を呈色する

2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid Aは、動植物に広く存在する黄色・赤色の色素成分であるカロテノイドと類似した共役二重結合※7を有する化合物であることから、結晶構造が掲載されたデータベースからカロテノイド結合タンパク質に結合したカロテノイドや、単独で結晶化させたカロテノイドの構造データを収集し、2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid Aの化学構造と比較しました。その結果、カロテノイドには共役二重結合中の炭素原子間の二重結合と単結合で結合長に明確な差異が認められたものの、トキイロヒラタケより精製したPsPCP中の2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid Aには、二重結合と単結合で結合長に明確な差が認められませんでした。この様な構造は、ベンゼン環でみられる共役構造に近い構造である考えられます。また、量子化学計算により求めた2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid Aの最も安定な構造では、二重結合と単結合で明確な結合長の差が認められたことから、PsPCPに結合した2-dehydro-3-deoxylaetiporic acid Aは、PsPCPとの相互作用により構造が変化してより長い波長の光を吸収できるようになり、PsPCPが特徴的な赤色を呈することを可能にしていると結論づけました。
本研究成果は、トキイロヒラタケの色素タンパク質に関わる一連の議論を終結させただけでなく、タンパク質との結合により化合物の原子間の結合長の変化が生じ、その結果吸収スペクトルの変化をもたらすという、これまでに例がない知見を与えるもので、色素化学分野の新たな基盤となると考えられます。

【研究者のコメント】
伊原誠(いはらまこと)
所属  :近畿大学農学部応用生命化学科 近畿大学大学院農学研究科応用生命化学専攻
職位  :准教授
学位  :博士(農学)
コメント:本研究ではキノコが作り出した「生」の色素タンパクを解析に使用したため、本研究成果につながりました。もし仮に、一般的な方法に倣い、大腸菌などを使用して人工的に作り出した色素タンパク質を使用していたとすれば、本研究成果にはつながりませんでした。常識にとらわれない研究アプローチは時に研究のブレークスルーを起こします。今後も自由な発想で研究に取り組んでいきたいと思います。

福田泰久(ふくたやすひさ)
所属  :近畿大学農学部応用生命化学科 近畿大学大学院農学研究科応用生命化学専攻
職位  :准教授
学位  :博士(工学)
コメント:色素本体の化合物は、マスタケ等の他のきのこにも存在することは知られています。しかしながら、この化合物を包み込むタンパク質は、トキイロヒラタケだけがもつ遺伝子によってつくられます。この遺伝子は、一体どこから来たのか?「きのこの進化」という側面にも着目して分析している点も、本研究は非常に興味深いと思います。

【用語解説】
※1 X線結晶構造解析:散乱されたX線を観測することで、物質の中の電子の分布を確認し、物質の三次元構造を明らかにする手法。
※2 発色団:有機化合物などが発色するために必要とされる部分のこと。
※3 カルボキシ基:構造式COOH-で表される官能基。カルボキシ基を持つ化合物はカルボン酸と呼ばれる。
※4 アセチル基:構造式は CH3CO-で表される官能基。
※5 溶媒効果:分子の反応性などに対して、溶媒が及ぼす影響。有機化合物の溶液は、溶媒の種類によって吸収・蛍光スペクトルの波長も強度も変化することが知られている。
※6 時間依存密度汎関数法:電場や磁場など、時間に依存する要素のなかで、物質の性質などを調べる手法。励起エネルギー、光吸収スペクトルなどの特徴を明らかにすることができる。
※7 共役二重結合:2つ、またはそれ以上の二重結合が、単結合と交互に存在する結合。

【関連リンク】
農学部 生物機能科学科 教授 北山隆(キタヤマタカシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/804-kitayama-takashi.html
農学部 応用生命化学科 教授 白坂憲章(シラサカノリフミ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1058-shirasaka-norifumi.html
農学部 応用生命化学科 准教授 伊原誠(イハラマコト)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/164-ihara-makoto.html
農学部 応用生命化学科 准教授 福田泰久(フクタヤスヒサ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/169-fukuta-yasuhisa.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/

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